「それなら……エデンヤード! どう? 素敵でしょ?」

「ひどい目にあった……」

セイレンは祝宴会場が見渡せる城のテラスにいた。


「ひどい目? 何がひどいの? 私との結婚?」

アリシアがセイレンをにらむ。


「いや、そうじゃなくて……」

セイレンは慌てて言い訳した。

「いきなり結婚を祝福されるなんて、驚いただけだよ。君との結婚が嫌だとか、そんなことは思ってないよ」


「本当に? 私は思ってるわよ」

アリシアは冷たく言った。

「私は人族の王なんかと結婚する気はないもの。私は魔王であり、皇帝であり、自由でありたいの。あなたと結婚したら、私のプライドが傷つくわ」


「そうか……」

セイレンは落胆した。

「でも、君は私のことを好きだろう? 私は君のことを好きだよ」


「好きだって? 何を言ってるの? 私はあなたを憎んでるわ。あなたは私の敵であり、ライバルであり、邪魔者よ。あなたが好きだなんて、とんでもないことよ」


「分かったよ。その話はまた今度に」


「今度は無いわ」

アリシアはにべもなく言い返す。ちょっときつく言い過ぎたかしら……アリシアがセイレンを見ると、セイレンは真剣な顔をしてこちらを見ていた。



「呪魔法……」

セイレンは言いかけたところで、アリシアの手を握った。アリシアは驚いてセイレンの顔を見たが、セイレンは真剣なままだった。

「呪魔法は、人族と魔族が協力することで発せられる強力な力だ。ネビュラに対抗できる唯一の力だった。でも、ネビュラがいなくなった今、呪魔法は危険な存在になってしまった」


「危険……?」

アリシアはセイレンの言葉に疑問を感じた。

「呪魔法は私たちの力だわ。私たちが使えば、どんな敵も倒せる。それがどうして危険なの?」


「君は忘れているのか? 呪魔法は、人間界と魔界の両方の力を使う。そのバランスが崩れれば、大きな災厄を引き起こす可能性がある。それに、呪魔法を使える者は、私たち以外にもいる。もし、悪意を持った者が呪魔法を使おうとしたら……」


「そんなことはあり得ないわ。私たちは最強の呪魔法使いよ。誰も私たちに敵わない」

アリシアは自信満々に言った。


しかし、セイレンは首を振った。

「それは過信だよ。私たち以外にも、強力な呪魔法を使える人族と魔族がやがて現れる。それが無力な人族や魔族に向けられたら……」


「じゃあ、どうすればいいの? 呪魔法を封印するの?」

アリシアは不満そうに聞いた。

「それは嫌よ。私は呪魔法が好きなの。あなたと一緒に使うときは特にね」


セイレンはアリシアの顔を見て、微笑んだ。

「私もそう思うよ。私も君と一緒に呪魔法を使うのが好きだ。だからこそ、呪魔法を守りたいんだ」


「守る? どうやって?」



「人族と魔族がともに住む場所を作るんだ。そこで、私たちは呪魔法の正しい使い方や管理方法を教えることができる。そして、呪魔法を悪用する者や暴走させる者を防ぐことができる」

セイレンはアリシアの目を見つめながら、真剣に語った。彼は、ネビュラとの戦いで得た呪魔法の力に責任を感じていた。


呪魔法は、人族と魔族が協力することで発せられる強力な力だが、同時に危険な力でもあった。呪魔法を使うには、強い精神のつながりが必要だったが、そのつながりが切れたり乱れたりすると、呪魔法は暴走してしまう可能性があった。それは、惑星全体に大きな被害をもたらす恐ろしいことだった。


「そうか……それなら、私も賛成よ」

アリシアはセイレンの言葉に少し考え込んだ後、小さく頷いた。彼女もまた、呪魔法の力に責任を感じていた。彼女は、イシュタラ帝国の最強の魔王として、自分の国や民を守るために戦ってきた。しかし、ネビュラとの戦いでセイレンと協力することで、自分の敵だった人族とも共通の理解や感情を持てることに気づいた。


「でも……どうやって作るの? 人族と魔族が仲良く暮らせる場所なんて……」

アリシアは素直に疑問を口にした。彼女は、人族と魔族の間には深い溝があることを知っていた。長年の争いや偏見や恐怖が、両者の間に壁を作っていた。それを壊すことは簡単ではなかった。



「そうだ、まずはその場所に名前をつけよう。人族と魔族がともに住む場所だから、平和と調和を意味する名前を」


「名前か……それなら、私に任せて。私は、名付けるのが得意だから」

アリシアはセイレンの提案に乗った。彼女は、自分の国や民や魔物に名前をつけるのが好きだった。彼女は、自分の名前にも誇りを持っていた。


「じゃあ、どんな名前にするんだ?」

セイレンは興味津々に聞いた。彼は、アリシアのセンスに期待していた。


「ええと……人族と魔族がともに住む場所だから……それなら……エデンヤード! どう? 素敵でしょ?」

アリシアは自信満々に答えた。彼女は、エデンという言葉が人族の伝説にある楽園を意味すること、ヤードという言葉が魔族の言葉で庭園を意味することを知っていた。


「エデンヤードか……確かに素敵だね。人族と魔族の楽園だね」

セイレンは感心して言った。彼は、アリシアの命名が人族と魔族の文化を融合させていること、人族と魔族の和解を象徴していることに気づいた。


「そうでしょ? 私は天才だからね」

アリシアは得意げに言った。



「じゃあ、私たちがエデンヤードの最初の住人になろうか」


「えっ……最初の住人? 私とあなたが? またそんな話をあなたは軽々しく……」

アリシアがセイレンを見た。彼の眼は真剣だった。


「これは冗談じゃない。本気で考えていることなんだ」

セイレンはアリシアをまっすぐ見つめて話す。

「私はもうアヴァロンの王ではない。後継者に王位を譲ったんだ。だから、エデンヤードの領主として、人族と魔族の共存を目指したい」

セイレンはそう言って、アリシアの手を握った


「でも、私はまだ魔王よ。イシュタラの皇帝よ。私がここにいると、魔族たちが混乱するかもしれない」

アリシアはセイレンの手から逃れようとしたが、強く引き寄せられた。


「それなら、魔王も辞めればいい。後継者に帝位を譲ればいいんだ」

セイレンはそう言って、アリシアの顔に近づいた。


「そんな……簡単に……」

アリシアは言葉に詰まった。彼女は魔王として生まれ育った。魔王としてイシュタラを守ってきた。魔王としてセイレンと戦ってきた。魔王でなくなったら、彼女は何になるのだろうか?


セイレンはアリシアの言葉に気づき、彼女の手を取り、優しく微笑んだ。

「アリシア、君はただの魔王じゃない。君は、最強の呪詛力を持つ皇帝であり、私とともにネビュラを打ち破った英雄でもある。そして今、私たちは人族と魔族の橋渡しを担うことになる。エデンヤードの共同領主として、私たちは互いに協力し、共に生きることが求められる。だから、君が私とともにいることは、とても大切なことなんだよ」


アリシアはセイレンの言葉に耳を傾け、心の内に深く刻んだ。彼女は少しだけ不安そうな表情を浮かべつつ、静かにうなずいた。

「分かった。私もエデンヤードで人族と魔族が共に暮らす未来を見据え、私たちに課せられた使命を果たすため、魔王の座を後継者に譲る」

アリシアはそう言いながら、自分自身に向けても言葉を強く語りかけた。


セイレンはアリシアの決断に感動し、彼女を労い、励ました。

「素晴らしい決断だよ、アリシア。私たちは共に、人族と魔族が平和に共存する未来を切り開こう」


二人は、力強く手を取り合った。それは、新たな歴史の始まりを告げる契約の瞬間だった。

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