第22話 深層突入

 ……静寂。


 深層に足を踏み入れた時、そこにあったのは静寂。ただそれだけだった。

 周りを見渡してみると、皆が困惑しているようだった。


 だけど、美しい。

 写真で見た一本の大樹とその周りを囲む森の木々。

 非現実的で幻想的な光景だ。


『どういうことだ……?』


 先頭に立つ一人の男はそう口にした。

 俺を含む大勢の者も同じことを考えていた。


 深層に入ったらすぐにバケモノと戦闘になると思っていたからだ。

 しかし、そこにそのバケモノの姿はない。それどころか魔物が一体も見当たらない。目の前には非現実的な姿をした森はある。だから、場所を間違えているわけではないだろう。


 隠れているか、眠っているのかもしれないな。


『ユウさんとサリナさんって方はおられますか?』

「「はい!」」

 

 先頭に立つ男が俺とサリナのことを呼んでいたので俺たちはその男の前まで行く。

 まあ、俺たちが情報を公開したのにその場所に何もいないとなると、まず最初に俺たちから話を聞くよな。


『あの写真のバケモノが見当たらないんだが、どう思う?』

「そうですね、俺の予想だとどこかに姿を隠しているか、眠っているかのどちらかじゃないですかね」

『なるほどな。たしかに、そうかもしれないな。もし、眠っているのだとすれば、今が絶好のチャンスではあるな』

「そうですね。まずはあのバケモノを皆で探しましょう」

『そうだな』


 俺とサリナは元の位置に戻る。

 そして、俺たちは皆で手分けしてバケモノを探すことにした。出来るだけ音を立てずに探す。


 俺も皆と同様にバケモノ探しを始めようとしたら、サリナが俺の服をぎゅっと掴んでいた。


「サリナ、どうかした?」

「ユウくんは気にならない?」

「何が……?」

「あのバケモノのこと。たしかに元々深層に生息していた魔物より強いのは分かるよ。でも、だからといって無防備に何もせずに眠るかな?」

「どういうこと……?」

「もしかしたら、何体か魔物を従えて自分が眠っている間は自分を守らせているんじゃない? 私の予想でしかないけどね」

「なるほどな。たしかにその可能性もあるな。みんなに伝えに行こう」

「うんっ」


 サリナの考えを他の人たちにも伝える。

 皆、その考えを聞くと納得して周囲の警戒を一層強くした。


 たしかに改めて考えてみると、当たり前のことかもしれないな。眠りについている間はどんなに強い魔物でも自分で身を守れない。そんなときの為に他の魔物を従えて守らせる。

 当り前のことでもひりついた空気の中では気付きづらいことだ。それでも、サリナは気づいた。これは、かなり凄いことだと思う。


 こんな緊張した状況の中でも冷静でいることができるのは、冒険者やダンジョン配信者にとっては強みになる。

 俺はサリナに関心しながら周りを注意深く警戒していた。


(少しの違和感も見逃さないようにしないとな)


 少しずつ大樹へと近づいていく。

 この大樹は本当に幻想的な姿をしている。

 こんなに大きな木を今まで見たことがない。それに、この大樹の葉は虹色の輝きを放っているのだ。


 その美しさもあって、警戒はしているつもりなのだろうがその美しさに関心している人たちも多いみたいだった。


 彼らを見て俺はある生物を連想してしまった。


 それは、チョウチンアンコウという深海魚だった。


 チョウチンアンコウという魚は、光の届かない暗い海の底で、頭から細長く伸びた突起物の先端についている発光器をほのかに灯して、小さな魚を呼び寄せて捕食するという話を聞いたことがある。


 今、この状況がまさにそれと同じなのではないか?


『うわぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!! 出たぞぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』


 一人の男が叫び声を上げた。

 何が起きたのかと見てみると、最悪なことに俺の予感は的中してしまった。


 大樹の虹色に輝く葉は、葉じゃなかった。


 それは――


『気をつけろ! その木の葉は魔物だァ!!!』


 葉に姿を変えた魔物だった。

 それに加え、大樹が大きすぎるあまりその魔物は小さく見えていたが、実際には俺たち人間と同じくらいの大きさをしていた。


 その魔物たちが男の叫び声によって一気に地面に降りてくる。


 虹色の葉の姿をしていたが、地面に降りてくるのと同時に姿を変えた。

 いや、姿を変えたというより戻したのだろう。きっと、これが本来の姿なのだ。


 その魔物は、馬の姿をしており、額の真ん中には刃のようなものが生えていた。


(馬の姿をした魔物が葉に姿を変えていたって、どういうことだよ……)


 額から刃……。

 バケモノに従うことで力をもらったのだろうか。


「そいつらは、恐らく力をもらっている! 今は眠っているかもしれないバケモノから力を! その証拠にそいつらの額を見てみろ! その刃に注意しながら戦うぞ!」


『本当だ。額から刃が生えてやがる』

『写真で見たバケモノの翼も刃でできていたよな』


 俺は大きな声を出して皆に注意喚起をした。


 馬の魔物たちは鼻息を荒くして、今にもこちらに向かってきそうな目つきで睨んでいる。

 全員、武器を構え、臨戦態勢に入る。




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