天国からの遺書
桜花 御心都
これを拾ってくれたあなたへ
私は今、天国に向かっている。一体どんな書き出しをしているのだと思うだろうが、本当のことだから仕方がない。このまま天国というところで幸せに暮らすのだと思う。まぁ、どんなところかはわからないが。
正直に言うとなんで死んでいるかはわからない。私が記憶しているのは、目の前に私の体があって、それを潰すように天上からエスカレーター(トムとジェリーに出てくるやつ)が出てきたところからである。誰かに押されたわけでもなく自分で歩けと命じたわけでもないが、勝手に足が動き出してエスカレーターに乗った。このエスカレーターはかなり遅く、見た感じではあるが天国まで時間がありそうだったので、恐らく死ぬ間際に持っていたであろうこの日記とペンであなたが読んでいる文章を書いている。もし、拾ってくれたなら、この日記を家族に渡してほしい。私以外誰も乗らないのにも関わらず恐ろしいほどゆっくりと進んでいるのはきっと、神様がこの日記に残された人への言葉を送れという啓示だ。だから、これを読んでいるあなたには悲しんでいる――これで笑っていたら泣くが――家族に笑顔を届ける仕事をまかせたい。これから天国へ行く私からの一生で一度のお願いだ。
これを読んでいるあなたにも、どうやって死んだのかわかっているなら伝えたいところではあるが、申し訳ないことに覚えていない。まぁ、無理に思い出そうとして思い出せないのはよくあることなので、この日記が書き終わるまでに理由が出てくればいいかなくらいの気持ちでいてくれると有難い。始めにも書いたが、それまでの記憶が全くないのだ。唯一わかるのは私が家で死んだことくらい。理由はこの日記といつものペンを握ってエスカレーターに乗ったから。私はルーティンがあり毎朝、五時十五分に起きて五時半から日記を書き始める。六時から息子と娘、嫁の朝食を作ったあと七時に家を出ていく。どうして嫁が朝食を作らないのかと疑問に思う人もいるかもしれないが、私の嫁は非常に朝が弱いのだ。早く起きることはできないし、起きてから動き出すまでに時間がかかる。朝に寝ぼけながら神庭って動こうとする彼女が本当に可愛い……いや、惚気ている場合ではないか。朝が弱い代わりに夜はめっぽう強く、私が朝に強い代わりに夜は弱いこともあって夜の彼女に勝てたことは一度もない。もう、二度と夜の彼女に戦は挑まない。まぁ、もう挑むことはできないのだが。話が逸れてしまったが、日記は家族旅行に出かけるとき――出張の時は家に置いていく――以外は外に持ち出さないため、死亡場所は家、推定時刻は朝の五時半から六時までだと考えられる。また、今日の分が書きかけだったことを踏まえれば、五時四十五分前後だろう。
まだ死因については思い出せそうにないので、ここからは家族に向けて書くことにする。なので、読み飛ばしてもらってもかまわない。私も読まれるのは恥ずかしいので読み飛ばしてくれると有難いが立場上、我儘を言えないのでこれ以上は言わない。
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