14の心を耳にして
snowdrop
第一話「はじまりの日」①
春を迎えた始業式当日。
前日までの冷たい雨風に、桜はすでに散っていた。
校庭の掲示板に張り出されたクラス分け表をみたとき、
「高井さん、同じA組だね。よろしくね」
昨年度も同じクラスメイトだった子たちから教えられる。
「こちらこそよろしくね」
深聴は小さく笑みを返す。
もう一度確かめるように、二年A組のクラスメイトの名前を見ていく。
自分の名前を通り過ぎて下まで見たとき、思わずほころんでしまうのがわかった。
始業式後。
教卓を前に立つ男性の先生が、
「みなさん、進級おめでとうございます。ぼくがA組の担任になりました、棚橋です。よろしくお願いします」
中指でメガネのフレームを押し上げて挨拶されると、クラスのみんなから拍手が起こる。
深聴は、手を叩きながら何年ぶりだろうと思い出していた。
幼稚園のときに出会い、自分の名前と同じ『聴』の一字があることをきっかけに仲良くなった。
前回、同じクラスになったのは小学二年だったから、かれこれ六年かしら。
休み時間や放課後、顔を合わすたびに話してきたとはいえ、同じクラスになるのは久しぶり。
こっそり遠くの席に座る彼に、小さく手を振ってみる。
気づくかな。
横目を向けると彼と目が合い、振り返してくれた。
思わず顔がにやけてしまう。
いけない、と口元に手を当てた。
「ねぇ、山田くんって、ちょっとちがうよね」
前の席に座る女子たちの話し声が聞こえる。
「うん。ちょっと大人っぽい。緊張する」
「だよね。しゃべれるかな」
「えーっ、どうだろう」
カズくんが大人っぽい?
前の席の子からまわってきたプリントを、深聴は笑顔で受け取った。
たしかに、学生服を着ていると大人びて見える。
彼を気にしている子たちがいる教室では、話しかけないほうがいいかもしれない。
始業式の初日なのに、午後には授業がある。
学校が終わってから話せるといいな。
そんな考えをしている素振りもみせずに深聴は、はじまったクラスメイトの自己紹介へと耳を傾けた。
「手を洗ってくるね」
休み時間。
近くの子たちに声をかけて、深聴は教室を出た。
廊下を一人で歩きながら、ため息がこぼれそうになる。
幼稚園や小学校のときは、まわりの目を気にせず、気軽に話せていたのに。
同じクラスになった意味がない。
中学生って面倒だな。
「はぁ……あ」
ため息が聞こえたあとの、驚きの声。
自分から出たのかと一瞬、勘違いする。
向かい側から歩いてきた彼と目が合った。
お互いとっさに、周囲を確認する。
幸い、誰もいない。
とはいえ、誰かが教室から出てくるかもしれない。
ここはまずいよっ。
深聴は必死に目で訴える。
彼も何かしら目で訴えていた。
ついてこい、と言っている気がしてうなずくと、彼は腕を大きく振りながら背を向けて廊下を走りだす。
深聴も、遅れまいと追いかけた。
階段を駆け上がり、三階から屋上へと通じる扉の前にたどりつく。
誰もいない場所にくると、
「カズくん、同じクラスになれたねっ」
「なれたなれたよ、ミキ。久しぶり~」
お互い顔を突き合わせて、両腕をぶるんぶるんと振り回しては声を上げた。
「六年ぶりだよ」
「だよなっ」
うれしさのあまり、他の言葉が出てこない。
いっぱい話したいことがあったはずなのに。
「休憩時間は十分。短いけど、なにを話したらいいのやら」
深聴は思っていることを口にすると、
「そうだよな」
「教室だと話しかけにくいもんね」
「そうなんだよ」
「でも学校が終わったら話せるんだけどね」
「そうだな」
「って、わたしばっかり話してるじゃない」
「オレ、相槌しか打ってねぇ~」
にやけながらお互い、気持ちを言葉に出していく。
深聴はあらためて、目の前の幼馴染をみた。
黒い学生服姿の彼を間近で見るのも久しぶり。
遠くに歩いているのを見かけたことはあっても、話すときはいつも学校外。私服で会うことがほとんど。
中学一年だったときは学生服が大きくて、着られているみたいだった。でも今はすっごく似合っている気がする。
「そういえば、ミキの制服姿って見るのは久しぶりだな」
照れた顔で彼がつぶやいた。
「そうかもね」
「中一のときより、似合ってる」
「ありがと。カズくんもすっごく似合ってるよ」
えへへへ、とお互いに笑い合っていると、スピーカーからチャイムの音が鳴り響く。
「予鈴だ。いそいで戻らなきゃ」
「そうだねっ」
二人は、あわてて階段を駆け下りていった。
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