第17話
七月に入り、ミーティングの為に会社に出向き、正午前に退勤をした後一つ隣の駅の近くにある喫茶店に入り、店内の一番奥の席に着いてノート型パソコンを取り出し原稿の推敲をした後初めから読んでいき一時間ほど経った頃に文末まで読み終えると深く息を吐いた。
ひと通りの物語を書き終えて安心したところでコーヒーを注文し、それを待つ間にスマートフォンに一通のメールが届いていたので開いてみると、
「『
「『今は落ち着いている』」
「『良かった。浅利さん今週の土曜日ご飯食べにいきたいです。いかがですか?』」
「『ああ行こう。どこにしようか?』」
「代々木上原に知り合いのフレンチ料理店があるんです。今からでも予約間に合うので、そこにしませんか?』」
「『良いよ。そこに行こう。十八時にしよう』」
「『はい。新宿駅で待ち合わせしましょう。よろしくお願いします。』」
「『久々に会えるのが楽しみです』」
思わず顔がほころんだ。この一ヶ月間がとても長く感じて依那に会いたくてたまらない気持ちが湧き上がっている。凪悠のことも話せば彼女も理解してくれるはず。淹れたてのコーヒーを啜りながら、背中にのしかかっていた鉛の塊が溢れ落ちていくように身体が軽くなっていった。
店内にいる客の穏やかな表情を見て僕もそっと笑みが出た。
店を出ようとした時にスマートフォンの着信が鳴り非通知の番号から来ていたがそのまま出てみると相手は片山からだった。彼は何かに焦っている様子の声を発してきたので何があったか尋ねてみると、一緒にいる凪悠が急に倒れてしまったようですぐに病院に来て欲しいと言われたので、そこからタクシーを拾い彼の自宅の近くにある所へ向かった。
病院へ着き産科の待合室にいる片山の姿を見て愕然とした様子だったので、声をかけてみた。
「片山さん」
「浅利さん……処置室に凪悠さんがいるので中に入ってください」
「あなたは?」
「ここで待っています」
僕は何が起こったのかわからないまま看護士に声をかけて処置室に入ると、ベッドに横になる凪悠の姿を見て肩に手をかけて呼んでみたが、振り向いて僕が視界に入ると同時に目を潤ませていた。
「駄目だった」
「何があった?」
「子宮が緊縮したみたいで、自然流産したって……せっかく母親になれると思っていたのに……」
「嘘、だろ……?」
僕は背中を
それからして凪悠が起き上がり少しだけだが落ち着いた頃に病院を出て、片山と別れた後自宅に着いた。寝室で寝ようかと声をかけたが、いつも通りにしていたいと返答して、ソファに座らせてから夕飯の支度に取り掛かった。
食事ができると再び彼女を呼びテーブル席に座わせて、ゆっくりと噛んでいきながら料理を食べる姿を見て報われない思いのまま僕も一緒に食べていった。
書斎に入りスマートフォンに依那からの着信があったので折り返し電話をかけてみると、彼女はすぐに出てくれた。
「どうした?」
「この次の日に会う前に浅利さんの声が聞きたくなった」
「そうか。僕もちょうど倉木さんがどうしているのか考えていたよ」
「なんか、声のトーンが低い。何かあったんですか?」
「いや、何もないよ。ここしばらく仕事が立て込んでいて疲れがたまっていたんだ」
「そう。私もこの間新作の品評会があって慌ただしかった」
「お互いに忙しくしているけど、今度会う時までこの時間を有意義にしていたいよね」
「はい。あなたの声を聞いて落ち着きました。会いたくて仕方ない」
「僕もだよ。倉木さんに会いたい。会ったら色々話をしよう」
「私も楽しみにしています。じゃあ、また近いうちに連絡します。おやすみなさい」
「おやすみ」
電話を切りスマートフォンを机に置いて部屋を出ようとした時、ドアの前に凪悠が立っていた。話し相手は誰かと聞いてきたので依那だというと、振り切るようにリビングへ行ったので後を追うと彼女は涙目になりながらソファに座った。
「こういう時にどうして話ができるの?」
「ただ近況の話をしただけだ。向こうも忙しくてなかなか連絡が取れなかったんだよ。それに、依那さんもお前の事心配しているって話していた」
「それはそうとして二人が私を置き去りにして親しくしているのが正直苛立ちが出る。ずっと言えなかったけど、私だって彼女に嫉妬している。海人が……離れていくのが本当は嫌」
「凪悠。お前も自分で決めたことだろう。後戻りはしないほうがいい。今子どもがいなくなったから神経質になっているだけだ。そのうち落ち着くからとにかく今は……」
「男は子どもを産まないから女性の痛みなんて知らないでしょう!?今だったらあなたより片山さんの傍にいたい……」
「それなら彼に電話しろよ。俺が必要ないなら彼を頼れよ。まずは身体を休ませろ。今日はもう部屋で休んでいてくれ」
「そうする……当たり散らしてごめん。先に寝ているよ」
凪悠はそういうと寂しそうに一人で寝室に入っていった。本当は肩を貸してやりたいくらいだが、僕らはもうすぐで他人になる。お互いに甘えてばかりもいられないし、表明したことは尊重すべきことだと痛感していった。
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