第346話 ドワーフ愛人ジゼルさん

「どうぞこちらへ」


 案内されたジゼルさんの部屋、

 意外と狭いし物が多いというかゴチャゴチャしていて、

 よくわからないけど何か爽やかな香水の匂いで満ちている。


(人のつける香水じゃない感じ、何だろうこれ)


「ええっと、どこへ座れば」

「いきなりベッドで構いませんというか、そこしかありません」

「あっはい、では失礼して」


 ベッドも何というかおかしなもので、

 木組みみたいなので囲まれていて寝相悪くても落ちない感じ、

 ようは蓋の無い大きな棺桶、なんて言ったら縁起悪いな。


「入って良いんですね?」

「むしろ、入るしかもうありませんよ」

「わかりました……」


 何か言い方に引っかかったが、

 言われた通り中に入る、なんだこれ、とたんに圧迫感を感じる。


(見えない何かに包み込まれたような、少し怖い」


「……入ってしまいましたね」

「えっ、どういう……あれ?」


 なんとなく圧迫感の正体に気付いた、

 囲んでいる木の衝立みたいなのから独特の匂いがする、

 それが僕を包み込む感じ、何だか身体の動きが鈍くなるというか。


(寝起きで動きたいのに動けない感じに似ている)


「ミスト様、とうとう入ってしまいましたね」

「それってどういう」

「これはドワーフの文化なのですが、ドワーフは愛する異性を自分の巣へ入れた瞬間に、

 もう『自分のものにしてしまった』という意識が成立するのです」


 ……ちょっと言っている事がはっきりとはわからないが、

 ようは『部屋に入った以上、もう私の恋人ですよね』みたいな感覚か。


「それってドワーフには重要な事なんですか」

「はい、その相手を『所持』した事に等しくなります」

「だとすると、僕はどうなっちゃうの」「私の旦那様という事になりますね」


 すごいなドワーフの恋愛感情、

 巣へ引き込んだらその瞬間に、つがいになっちゃうのか。


「じゃあ僕は」

「特に部屋だけであればまだ言い逃れはできますが、ベッドだともう『おしまい』ですね」

「おしまいって!」「ドワーフ的にはもう完全に夫婦です」


 ちょっと怖い。


「そんな文化があるんだ」

「しきたりに近いですね」

「で、でもジゼルさんって準愛人、まあ第九夫人ではあるけど」


 バスローブを脱いでベッドに入ってくるジゼルさん。


「安心して下さい、これはドワーフの話です」

「という事は」

「他のドワーフには渡さない事が確定しただけです」


 つまり人間と人間の仲に関してはセーフってことか。


「じゃあ僕が他のドワーフの女性に浮気なんかしたら」

「ソフィー様やベルル様のおっしゃるような『お仕置』では済みませんね」

「なら、どうなるの」「はい、『処刑』ですね、斧で頭を」


(怖えええええええええええ!!!)


「あは、あはは、あはははは」

「ですからドワーフ相手の浮気だけは、絶対に絶対にしないで下さい」

「わかりました……」


 うん、今後一生、ドワーフに関してはジゼルさんだけだ。


「それで、お風呂で言いそびれた話ですが」

「あっはい、僕の出したふたつの質問というか疑問というか」

「まずひとつ目、私がミスト様の準愛人になった理由と言うか気持ちですが」


 愛の巣で密着してくるジゼルさん。


「まずドワーフの文化として、男性ドワーフは女性ドワーフよりより強く、

 女性ドワーフは男性ドワーフよりより強く、という意識があるのです」

「ええっと、それはお互い、相手より強くなりたいって事?」

「ドワーフ同士はそうですね、ただ相手が弱い別人種、特に人間の場合は……」


 耳元で囁いてくる。


「より弱い人間を好みます」

「つまり、男ドワーフは弱い人間の女性が、女ドワーフは弱い人間の男性が好みと」

「はい、そういう事になります」


 こ、これは僕は喜んで良いのだろうか?


「あとこれもドワーフの文化なのですが」「はいはい」

「ドワーフが異性を落とす時、どれだけお金や家を用意できるかというのがあります」

「あー金持ちが有利なんですか」


 そこのあたりは人間同士にも、共通するものはあるな。


「大雑把に言うとそうですが、実際に用意したうえで恋人になって欲しいと言うなり、プロポーズするなり」

「じゃあ一生懸命、相手の家を用意してもライバルがより立派な家を建てていれば」

「負けますね、そのうえ建てた損ですね、実際は次の相手に使い回しますが」


 つまり一度フラれても次のターゲットに


『貴女のために建てましたぁー!』


 って言っちゃうってことか、相手がそれ知ってたらどうなるんだろ。


「ええっと、その理論で言えば」

「ミスト様は私を大金で身請けし、このような大きな鍛冶屋を作り、

 冒険者ポークレットファミリーとして渡していただいた素材も、お金に換算すると、それはもう」

「待って待って待って、それって用意したのは」「領主様です!!」


 ……結果的にというか、結局は僕が用意した事ってなるのか。


「じゃあドワーフ的には」

「十分、心を打ち抜かれています、幸せで骨抜きにされている状況です」

「げ、現金なものだね」「それがドワーフですから、もちろん全員がとは言いませんが」


 でもスタンダードって事ね。


「それでも本当に良いの? 人間だけれども」

「そうですね、異種族、特に人間と結婚する時は、できるだけ若い相手の方が良いとされています」

「強さとか関係なく?」「はい、ドワーフは人間よりそこそこ長寿ですから、エルフ程ではありませんが」


 そうなんだ、じゃあジゼルさんからすると今、年齢が半分くらいの僕が丁度良いのかな。


「ええっと、見た目とかは、顔とか」

「ドワーフからしてみたら人間の顔は年齢を除けば全て同じ顔ですよ」

「あっ、そうなんだ」


 それは喜んで良いのか?!


「他にも理由はいくつかありますが、そうですね、ドワーフと人間の……」

「いや、もうお腹いっぱい、ありがとう、じゃあ本当に僕の事が」

「ええ、大好きです、ですからこうしてドワーフ的に巣へ引きずり込んで、これから」


(捕食するってか!)


「えっとじゃあ、その前にもうひとつ」

「はい、ソフィー様ベルル様がミスト様を愛する一番の理由、そのヒントですね」

「お願いします、あっ、直接の答えは言わないで下さい、我がままでごめんなさい」


 ちゅっ、と僕の肩にキスしてくれたジゼルさん。


「今までお教えした私がミスト様を愛する理由の中に、

 似たようなものがあると言えるかも知れませんね、はい」

「ええっと、何個か言った、その中に」

「違うと言われれば違いますが、似ていると言われたら、似ているかも知れません」


 なんだろそれ、ええっと、儀式的な事?!


(ソフィーさんベルルちゃんが僕を愛するのは、何かの儀式……?!)


 幸せの絶頂にある僕を神の生贄に捧げるため、とか?!

 そういえばベルルちゃん、『ある意味、餌になっているのはミスト様』みたいなこと言ってなかったか?!

 盛大な結婚式で愛を誓った瞬間、神様が出てきて『幸福で満たされた人間が一番のご馳走だ』とか言って……


(いやそれ魔王じゃん! でも天使と悪魔は紙一重って言うしぃ)


「あの、ミスト様?」

「ご、ごめん、酷い推測をしてた」

「んもう、教えるべき事は教えました、ですから……」


 ん? 肩を僕に向けてきた。


「まずは、私の肩にキスを」

「あっはい」

「そしてその後は唇を……ミスト様、愛しています」「はい、ジゼルさん……」


 ドワーフの準愛人と愛し合ったが、

 恐ろしい推測が頭をよぎって集中するのに時間がかかった

  だめ貴族だもの。  ミスト


 僕が神様のお供え物だったら、女神マルシー様に助けてもらわなくっちゃ!!

 とはいえ返事が『私より上位の存在が相手ですから無理ですね』とか『もう用済みです』とかだったら……


「んもう、ミスト様っ」

「あ、愛してますっ、ジゼルさあぁあんっ!!」

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