第4話


 まず、最初に話を聞くのは二年五組の担任である松戸まつど完爾かんじだ。予め小林こばやしから話を通していたようで、放課後になると松戸は自分の足で実験室までやって来た。

 松戸は三十代半ばの国語の教師だった。口の周りにモジャモジャの髭を蓄えた熊のような大男で、小林とふみを前に額の汗を何度もハンカチで拭っている。


「なァ小林、浜地はまじは俺の所為で自殺したのか? なァ?」


「……さて。それはこれから調べてみないことには何とも言えませんね」


 小林のつれない返事。

 確か小林は浜地の死の真相を自殺でないと早々に結論付けていた筈だが……。


「松戸先生に伺いたいのはお察しの通り、亡くなった浜地さんについてです。浜地さんから先生にいじめの相談があったことは事実なのですか?」


「……ああ。だが複数人が相手とはいえ、相手は女子生徒だ。毅然とした態度で立ち向かえばいじめはなくなるとアドバイスしたんだが……」


 それを聞いて、ふみ香は愕然とした。

 事なかれ主義で自分では何もしなかった癖に、一丁前にアドバイスしたなどとのたまう神経を疑う。今まで関わりのない教師だったが、ふみ香は一気に松戸のことが嫌いになった。


「それで浜地さんはいじめグループから具体的にどんなことをされていたのですか?」


「……俺が聞いた限りだと、水をかけられたり、靴を捨てられたり、動画を撮られた上で服を脱がされたり。あとは普通に蹴られたり」


「…………」

 思った通り、浜地はかなりハードないじめを受けていたようだ。


「なるほど。では他の生徒からいじめのことで相談されたことはありませんか?」


「いや、相談されたのは浜地からだけだ。他の生徒のことについては知らないな」

 松戸はばつが悪そうに小林から目を逸らした。


「参考までにお伺いしますが、9月9日の午後8時から午後11時まで、先生はどこで何をしていましたか?」


「……お、憶えてないよ。家でテレビ観ながらビールでも飲んでたんじゃないか。何でそんなことを訊くんだよ?」


「そうですか。ありがとうございます。もう戻って結構ですよ」

 小林は素っ気なく言う。


「……なァ小林、俺はこれからどうしたらいい?」


「どうしたらいいも何も、先生のお好きになされば良いではありませんか。先生は別に人を殺したわけじゃないんです。胸を張って堂々と生きたらいい」


     〇 〇 〇


 次に実験室に現れたのは、浜地のクラスメイトの国枝くにえだ雅也まさやだ。

 坊主頭で痩せぎすの内気そうな男子だ。元々いじめグループの標的にされていたのは、この国枝だったという話だ。


「……僕が死ぬべきだったんだ。僕が死ぬべきだったんだ。僕が、僕の所為で……」

 国枝は俯いたまま独りでブツブツ呟いている。ここまでくると性格が暗いというより、少し怖い。


「何故そう思うのだ?」

 小林が国枝に水を向ける。


「そんなの決まってるだろう。浜地は僕を庇った所為で、煙崎たばさきたちの標的にされたんだ。僕が黙って耐えていればこんなことには……」


「確かにそうかもな。浜地がお前を助けなければ、浜地が死ぬことはなかっただろう」


「……ううッ。やっぱり」


 松戸のときもそうだったが、小林は浜地の死の真相が殺人であることを関係者たちにはまだ伏せておくつもりらしい。


 ――一体何が狙いだ?


「とはいえ、浜地が自分の意思で死を選んだのならその責任は本人にある。私にはお前がそこまで思い詰める必要はないように思えるがな」


「……もしかして、慰めてくれてるのか?」

 国枝は少し驚いたように瞬きを繰り返す。


「いや、勘違いさせたのなら申し訳ないが、全くそんな気はない。ところで国枝、9月9日の午後8時から午後11時まで、お前どこで何をしていた?」


「……な、な、なんで!?」

 国枝は今度こそ本当に驚いたようで、目玉が飛び出す程目を見開いている。


 そこで小林は邪悪な笑みを浮かべてこう言った。


「美里、犯人がわかったぞ。浜地光男を自殺に見せかけて殺したのはコイツだ」

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