第86話 アフターエピソード(7)チョコレートケーキ・リベンジ(3)

「自分で言うのもなんですが、このチョコレートケーキは素晴らしい出来映えではないでしょうか?」


 焼き上がったばかりのチョコレートケーキを前にして、興奮を隠せないアストレアに、


「文句無しにいい出来だ。よくやったなアストレア」

 リュージも満足顔でうなずいた。


「生地の膨らみ方もふわふわで完璧です。これはお店に並んでいるものと比べても、遜色ないのでは?」


 アストレアは上から見たり、横から見たり、斜めから見たり、さらには画家がやるように両手の人差し指と親指で作った四角形を通して見てみたりと、様々な角度からチョコレートケーキを観察する。


 アストレアとしては、それだけ改心の出来映えだった。


「間違いなく店売りのケーキとも、張り合えるだろうな」

 子供のように目を輝かせて力説するアストレアに、リュージは小さく苦笑する。


「では、後は冷えるのを待って、表面をチョコレートでコーティングするだけで完成すね」

「いや、せっかく作ったんだ。今すぐ食べよう」


「今すぐですか? まだ熱いですよ? チョココーティングもしていませんし。溶けちゃいますもん」


「さすがにコーティングはできないが、出来立てのチョコレートケーキも美味しいんだ。ふんわりしていて、あったかくて、けっこう癖になるぞ?」


「それは初耳でしたね。ですが本当なんですか? ホットで食べるチョコレートケーキなんて、聞いたことがありませんけど」


「あまり世間一般には知られてはいないみたいだな。ま、せっかく焼いたんだから、アストレアにも出来立てをぜひ食べてみて欲しいんだよ。ここは騙されたと思って、試しに食べてみてくれないか」


「ふふっ、リュージ様が私を騙すとは思ってもいませんよ」


 アストレアが楽しそうに笑う。


 少し前までのリュージならいざ知らず、今のリュージはアストレアに対して極めて誠実だ。

 なのでアストレアとしては、リュージに騙されるなんて思ってすらいなかった。


「しかもこの食べ方は、切った残りを後でチョココーティングして食べることで、違う味が楽しめて2度美味しい。つまりお得なんだ」


「むむっ。ひと焼きで2度美味しいだなんて、これはまた実に魅力的ですね。今の私には断る理由が猫の額ほども見当たりません」


 アストレアの賛意を得たリュージは、これまた当然のように用意されていたケーキ包丁を使って、一片の乱れもない美しい断面でケーキを切り分ける。


 こと刃物の使い方に関しては、ケーキ作りよりもはるかに熟練の域にあるリュージだ。


「ほい、切れたぞ」

 リュージは出来立てほやほやのホットなチョコレートケーキを小皿に載せると、アストレアに差し出した。


「それでは、いただきます……。ふわぁ、これは美味しいです! こんなにふわふわなチョコレートケーキは初めて食べました!」


 たった一口食べただけで、アストレアが子供のように目を輝かせた。


「だろ?」

 この反応にはリュージもご満悦。

 してやったりの笑みを浮かべた。


「リュージ様が焼きたてをぜひ、とお勧めしてくれたのにも納得です。チョコレート味のホットケーキとでも言いましょうか。なるほど、チョコレートケーキにはこんな食べ方もあるのですね」


「焼きたてのチョコレートケーキは、一般人は食べられない、ケーキを焼く人間だけの特権だな」


「ふふっ。公明正大を信条とする改革派の女王が、裏でこっそり特権を享受して焼きたてチョコレートケーキを食べているなんて国民に知られたら、大変なことになりますね」


 アストレアが冗談めかして楽しそうに笑う。


「食べ物の恨みは恐ろしい。人は食べ物にはうるさいからな。意外と足元をすくわれるかもしれない」


 しかしアストレアとは対照的に、リュージは妙に真面目な声色で答えた。

 もちろんリュージも、本気でそうとは思っていない。


 が、しかし。

 食べ物の恨みが恐ろしいことも、リュージはよく知っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る