第83話 アフターエピソード(4)苦悩する女王と優しき剣

 ◇


 モレイオス男爵およびその一派が捕まり、厳しい取り調べによってクーデターの全貌が明らかになった後。


「リュージ様のおかげで大規模なクーデターを未然に防ぐことができました。本当にありがとうございます」


 リュージの部屋にやってきて感謝の言葉を述べたアストレアに、


「俺がやるべきことをやっただけだから気にするな。俺はクロノユウシャ。アストレアのつるぎだ」


 リュージは優しい笑みを浮かべながら答えた。


「これで面従腹背の反乱分子を、それこそ一網打尽にできちゃいました。しかもほとんど全員生け捕りです。ものすごい大手柄ですよ?」


「そりゃあ良かった」


「あまりに一網打尽過ぎて、国政が回らなくなるレベルですけどね。あははは……はぁ」

 乾いた声で笑ってから、深々とため息をついたアストレアの顔には、隠しきれない疲労と苦悩が入り混じっていた。


 それもそのはずで、モレイオス男爵は宮廷貴族を中心にかなり広範囲に賛同者の輪を広げていたからだ。

 リュージがいなければ、あわや国家転覆というレベルだった。

 まさに危機一髪である。


 そして彼らを一網打尽にしたということはつまり、かなりの数の宮廷貴族がごっそりいなくなるということに他ならなかった。


「頭の痛い話だが、生みの苦しみとも言える。箱の中の腐ったリンゴは、最初に全部取り除かなければ、他のリンゴも次々と腐ってしまうからな」


「まったくですね。これはシェアステラ王国が前に進むために必要な、避けては通れないステップです」

 アストレアが小さく苦笑した。


 必要なステップと言ってはいるものの、裏切り者が想定よりも多すぎたことに、アストレアがひどく気落ちしていることを感じ取ったリュージは、アストレアを元気づけるべく励ましの言葉を紡ぐ。


「なーに。こういうやからのせいで、能力を発揮できずに冷や飯ぐらいをさせられていた宮廷貴族は少なくないはずだ。経験はなくとも、やる気のある若手だっているだろう。庶民から登用するのもありだ。今すぐには無理かもしれないが、ちゃんとなるようになるさ」


「まったく、リュージ様はいいことを言ってくれちゃいますね。おかげで元気が出てきました」


「それもこれもアストレアが率先して正しい行動をしているからだ。千の言葉で語るよりも、その行動でもって正義と理念を示している。だから悩む必要はない。ちゃんとみんな、アストレアについてくる」


「本当に、本当の本当に元気が出てきちゃいました……ううっ……」


 かつてのリュージからはとても想像できないような温かい言葉をたて続けにかけられて、アストレアは思わず感極まりそうになっていた。


 国難に立ち向かう強き新女王とはいえ、アストレアも人の子。

 それも女の子だ。

 裏切られると辛いし、信頼する相手から励まされると嬉しくて泣きたくなってしまうのだった。


「これからも必要があれば言ってくれ。俺はアストレアのためなら喜んで剣を振るうからさ」

「クロノユウシャさんは本当に頼りになりますね。これからも期待していますよ♪」


「任せておけアストレア。アストレアは俺が守る」

「も、もう……リュージ様ってば、すぐそういうことを言うんですから……」


「え、なんだって? 小声で聞こえなかったんだが」

「なんでもありませーん!」

「いや、なにか言っただろ?」

「ただの独り言でーす!」

「ならいいんだが」


 リュージが少し腑に落ちなさそうな顔で小さくうなずいた。


 とまぁ、こうして。

 この度のクーデターの一件は、リュージの献身的な活躍によって未遂のまま幕を閉じ。

 結果として、シェアステラ王宮は一時的に更なる人手不足に陥ったのだが――。


 若手貴族の抜擢や民間からの登用を駆使して、アストレアはなんとかこの困難を乗り切ることに成功し、これを機に国政改革の流れは一気に加速することとなった。

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