第64話「お前には覚悟が足りてない。正直、失望したぞ」

「おいおい、偉そうに持論を語っていたくせに、こうも手も足も出ないのか? 拍子抜けだな」

「クソ――っ!」


「あれから4か月も経ったってのに、まるで成長していないな。正直がっかりだぜ」

 サイガが小馬鹿にしたように笑いながら刀を振るう。


 しかしリュージは苦しい状況に追い込まれながらも、サイガの一瞬の隙を突いてみせた。


「神明流・皆伝奥義・十ノ型『シシオドシ』!」


 それは鮮烈なるカウンターの一閃。

 相手の攻撃の勢いを利用し最良のタイミングで放たれた一撃は、1+1を2ではなく、相乗効果で3にも4にも飛躍的に膨れ上がらせる――!


 リュージは、サイガが連続斬りの中でほんのわずか大振りになった極小のワンチャンスを突いて、神明流の誇る逆転の一矢いっしを放ったのだ――!


 だがしかし、


 ギィィィン!


「おっとと、危ねぇ危ねぇ。お前のその天性の勝負勘はさすがだな。オレじゃなかったら今ので終わっていたぞ? だがそれを防御するなんて、さすがオレだな」


 サイガはそれすらも──体勢をやや乱しながらではあるが──なんなく受け止めて見せたのだ。


 そのまま2人はほんのわずかつば迫り合いをすると、どちらからともなく、刀を押し合うようにして距離を取った。


「ハァ、ハァ……相変わらず嘘みたいな強さだな。しかもまだ本気じゃないんだろ」

 リュージが肩で息をしながら、愚痴をこぼすようにつぶやく。


 気が付けば――致命傷こそまだないが――リュージは身体のいたるところを斬られて出血していた。

 逆にサイガはまったくの無傷だ。

 文字通り傷一つついていない。

 それどころか汗ひとつかかずに涼しい顔をしている。


 リュージが全力で戦っても、まるで大人と子供がチャンバラごっこでもしてるみたいに、いとも簡単にいなされてしまう。

 そんなことはサイガを相手にしたとき以外に、リュージは経験したことがなかった。


 師であるサイガの圧倒的な実力を改めて見せつけられて――分かっていたこととはいえ――リュージは舌を巻くしかなかった。


 だから――。


「おいおいなに言ってんだ? おまえこそオレを相手に、手を抜いてるんじゃねえよ」

 サイガの放ったその一言は、リュージにとってあまりに予想外だった。


「手を抜いている、だって?」


 サイガの言葉の意図が分からずに、リュージは思わず首を傾げてしまう。

 リュージとしては、サイガを相手に手を抜いているわけがないというのが、正直な気持ちだったからだ。


 いまだ理解の追いついていないリュージに、サイガは告げた。


「ったく、分かってねぇみたいだから言い直してやる。リュージお前、オレを殺す気がないだろ?」


「そんなの当たり前だろ、師匠を殺すだなんて――」


「おいおい、舐めてんじゃねーぞリュージ。このオレを殺さずにどうにかしようだなんて、お前いつからそんなに強くなったんだ? うぬぼれるのもたいがいにしろよ?」


 サイガの強い言葉が、リュージのぬるい言葉をぶった切った。


「ぅ――っ」

 その静かな口調の中に込められた得も言われぬ凄みに、リュージは思わず気圧されてしまう。


「なぁリュージ。お前は復讐のためなら何でもするって、オレに言ったよな? そのために7年もかけて、命がけで神明流の修業をしたんだよな? なら何を悩む必要がある? さっさと邪魔なオレを斬ってしまえよ」


「それとこれとは……。だって、師匠は師匠じゃないか」


「はぁ? なんだそりゃ? ぬるいんだよお前、ぬるすぎだ。飲み忘れた熱燗あつかんってくらいにぬるすぎて、とても飲めたもんじゃないぜ。有り体に言えば、お前には覚悟が足りてない。正直、失望したぞ」


「なっ、そんなことはない! 俺にはちゃんと覚悟がある! 絶対に復讐を為し遂げるっていう覚悟が! 姉さんとパウロ兄の仇を取る覚悟が、俺にはある!」


 覚悟がないというあまりに見当違いなサイガの物言いに、リュージは思わず声を荒げて反論する。


「ははっ、師匠だから斬れない――なんて甘い考えを、覚悟なんて言えるかよ」

 しかしサイガはリュージの言葉を、バッサリと全否定して切って捨てた。

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