第36話「説教くさくて聞く気にならない。おまえは俺の先生か?」

「単刀直入に聞きます。カイゼル神父を殺したのはリュージ様、あなたですね?」


 翌日の朝――というには遅く、昼というには早い時間に。

 アストレアは部屋にやってくるなり開口一番、強い口調でリュージを問い詰めた。


「そうだが? それがどうかしたか? 189、190……」


 しかしリュージは片手腕立て伏せを継続しながら、顔だけをアストレアに向けると、どこ吹く風で飄々ひょうひょうと言葉を返す。


「カイゼル神父は、次の大司教の候補にも名前があがるほどの清廉潔白な人だったんですよ?」


「そんなことは俺には関係ない。あの事件の関係者は全員殺す、俺の目的はそれだけだ。それに神父1人で済ませただろう? おまえとの約束はちゃんと守ったはずだ。よし、両腕200回と」


 日課のトレーニングを終えたリュージが立ち上がった。


 リュージの上半身は裸で、その鍛え上げられた肉体にアストレアは一瞬目を奪われてしまう。

 新進気鋭の若き女王とはいえ、アストレアも男性の身体とか裸とか筋肉が気になるお年頃であるから、それもまた仕方のないことだった。


 しかしアストレアは邪な考えを頭の隅へと追いやると、さもそんなことは微塵も考えていませんよと言わんばかりのお澄まし顔をして、言った。


「そうですけど……ですが今までリュージ様が手にかけてきた相手は、私の父をはじめ、殺されても仕方がないような誰が見ても分かる悪人ばかりでした。ですが今回のカイゼル神父は、それはもう評判のいい人だったんです」


「罪を犯しながらその罪をつぐないもせず、あろうことか隠してのうのうと生きてるクソ野郎がいて。誰も裁いてくれないから、俺が自分でそいつを裁いた。それがたまたま、あの評判のいい神父さまだったというだけだ」


「ですが――」


「神さまがちゃんとそれ相応の報いを与えてくれれば、俺が手を下す必要もなかったんだよ。まったく神さまってやつはひねくれ者で、妙に悪人に甘いから困ったもんだよなぁ? とても信じる気にはなれないぜ」


「ううっ、相変わらず言葉が軽いですね……すぐにでも教会本部と折衝して、代わりの神父さまに来てもらわないといけません。ああ……また仕事が増えちゃいます。睡眠時間がさらに減るかも……」


 激務続きのアストレアの表情からは既に生気が失われつつあった。

 誰もが同情するであろうアストレアの様子を知ったリュージは、


「女王は大変だな。まぁ頑張れよ」

 しかし特に興味もなさそうに、当たり障りのない言葉をさらっと告げた。


「他人事みたいに言わないでくれません!? あなたが殺したんですよ!?」


「なんだアストレア。今日はえらくつっかかってくるな。職業差別か? 品行方正な神父さまは特別ってか? あいつは神の前では何人なんぴとも平等だって言っていたぞ?」


「誰もそんな話はしていません。例えば私の父ライザハットは王でしたが、討たれるべくして討たれたと今でも思っています。ただ――」


「ただ?」


「人は時にあやまつものだと思うんです。決して間違いを犯さない完璧な人間がいたとしたら、きっとそれは神さまと呼ばれる存在なのではないでしょうか――って、聞いてます?」


「説教くさくて聞く気にならない。おまえは俺の先生か?」

「ううぅぅっ!」


 まったく聞く耳を持ってくれないリュージに、アストレアははしたなくも子供のように地団太を踏んでしまった。


「前にも言っただろ。お前はお前の正義を貫けばいい。ただし俺も俺の正義を貫く。俺たちの正義が交わる必要はないし、どちらかの正義を譲る必要もない。俺の正義は俺が決めるし、お前の正義はお前が決めろ」


「これまたはっきりと言い切りましたね」


「俺たちは互いの正義を、完全ではないにしろ認めあって協力してるんだから、今さら議論なんてしても有益な答えなんて出るはずがないだろ。するだけ時間の無駄だ」


「まぁそうなんですけどね。実際リュージ様があれこれやらかしてくれたおかげで、主だった守旧派は一掃され、反乱分子は口を閉じ、わたしは労せず改革を進められるわけですし。まさにWin-Winです」


「よく分かってるじゃないか」


「ちなみになんですけど、改革の邪魔をする者を私がこっそり暗殺して回っていると、守旧派は戦々恐々としているみたいですよ。特にグラスゴー商会を壊滅させた一件の直後から、抵抗勢力が完全に鳴りを潜めましたから。怖いんでしょうね」


「キリング・クイーン・アストレアの面目躍如だな。血塗られた苛烈な女王として、後世の歴史家もさぞ筆が進むことだろうよ」


「はぁ、こんな形で後世に名前を残したくないんですけども。リュージ様と話して、今日はなんだかどっと疲れたような気がします。まだお昼からもいっぱい会議が残っているっていうのに……」


 アストレアが大きなため息をついた。


「そんなお前にこれをやろう、この前のケーキの礼だ」


 と、悲壮感すら漂わせているアストレアに、リュージは机の上に置いていた小袋を開けて丸薬を取り出し、手渡した。


 直径5ミリほどの小さな黒い丸薬だ。

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