第13話 成人式① ~透の過去~
今日は一生に一度の成人式の日。
参加者は着慣れないスーツ、振袖、袴などと豪勢に自分自身を包み、かつての同級生たちとの再会を喜んでいる。
人によっては、あまりの変貌に驚きを隠せないもの、当時は陰キャ、陽キャ、と言われていた人達が数年の後、性格が逆転しているなどもよくある話である。
しかし
今日はそんな性別が逆転した…… 彼から彼女になった一人の人間が数年ぶりに友人達の前に姿を見せる特別な一日である。
そんな彼女が現場に向かっている最中の話。
(悠馬…… 今日来るんだよな…… 何でだろう、凄い胸がドキドキする。久しぶりに会うからかな)
胸の高鳴りを抑えて、到着を待つ透にオードブルと言わんばかりに高校時代の同級生達が透を見つけて押し寄せていた。
久しぶりの再会に高校の同級生たち…… ほぼ女の子が彼の周りに集中している。
そして…… 若干遠目から彼を見ている中学の同級生たち。
彼の…… 彼がキッカケによる、とある事件が当時の中学を騒がせたため、少々絡み辛い所はある。
その事件をキッカケに女子のみならず、男子まで避けるようになり、中学の終盤ではほぼ孤立してしまっていた。
彼も被害者ではあるのだが…… それを解ってて尚、当時は避けてしまっていた事を今となって悔やむ同級生たち。
謝りにいくべきだろうか…… それとも折角の雰囲気を潰したくない為に見て見ぬ振りをするか……。
皆が悩みに悩んでいると、一人の女子がほっとした表情をしながら独り言のように呟いていた。
「一条君、笑ってる…… あんな事があったから、てっきり塞ぎ込んでいるのかと思ったけど良かった」
不幸にも、その呟き女性の隣を偶々通りがかった一人の威圧をかける系女子大生に聞かれてしまっていた。
その女子大生は呟き女性の事を獲物を見つけた猛獣の如く射程距離内に入れていた。
「ねえ、貴方…… 今の言葉の意味について教えてくれないかしら?」
「えっ!? だ、誰ですか……」
「誰って…… 貴方が今話題に出したポンコツゴミ虫の……(元)彼女なんだけど……」
威圧をかける系女子大生こと明日奈は明らかに透の事を知っているであろう女子に嫌々…… 本当に嫌々だが、(元)彼女である事を明かす事で透の情報を抜き出して弱みを握れないか考えていた。
「ポン…… 本当ですか? 彼氏の事をそんな呼び方します? それに…… 彼の彼女さんなら周りからどういう目で見られるか…… どんな目に会うか分かるんじゃないんですか?」
胡散臭そうに明日奈を見る透の中学時代の知り合いであろう女子は明日奈を試すかの如く質問をしていた。
中学時代の経験から高校でも恐らく同じ目に会うだろうという予測から聞いていたのだが、そんな質問は明日奈にとって全く意味をなさない為、鼻で笑っていた。
「高校時代に(仁王と呼ばれ始めてから)私を敵に回そうというバカはいな…… あー、でも一人だけいたかしら……。あのゴミムシの(嘘)彼女になってから一度だけ嫌がらせがあったわね。でもね、何故か
透は高校時代も当然モテており、明日奈が表向き彼女になった事から嫉妬に狂った女子による何かしらの嫌がらせを予測していた明日奈の某中学時代からの同級生が細工をして罠を張っていたのだが…… これはまた別のお話。
当り前じゃない事を当たり前の事の様に話している明日奈に引きつった笑顔で「す、凄いですね……」と答える事しか出来なかった透の中学時代の同級生は本当かどうかは分からないけど、嫌がらせを苦にもしない彼女さん(?)なら話してもいいかなと軽い気持ちで考え始めたが、話した相手がまずかった。
(ククク、これでアイツの弱みを握って悠馬から引き離してやるのよ。悠馬にすり寄る寄生虫め……覚悟しなさい)
「この話は一人の女子生徒が中学校時代に一条君と付き合った事から始まった話になります――」
一条透は中学校時代から色んな女子生徒から告白されていたが、全て断っていた。
みんなが諦めた頃に一人の女子生徒が告白して透が首を縦に振った事が全ての始まりだった。
他は断っていたのになぜ彼女だけ? という問いに彼は『目力が他の女子と違っていた。彼女は他の女子たちと違って本気の目をしていたから』と言っていた。
それに加えて他の女子より容姿に秀でていた部分、太陽に当てるとキラキラ輝くような美しい黒髪も相まっていたというのもあるだろう。
他の女子は半分諦めたような…… 受けてくれたらラッキー程度のある意味博打の様な告白だったようだ。
だからこそ目から彼女の本気具合が伝わったのだとか。
交際は順調だった。ある事件が起きるまでは……。
周りの女子はどうせすぐに別れるだろうとタカをくくっていたらしいが、それどころかどんどん仲良くなっていく彼女の方に嫉妬していった。
ある程度の嫌がらせは覚悟していたらしいので、モノを隠されたり、他の男に節操がないだのよくある噂を流されていた。
透ももちろん、嫌がらせが無くなる様に動いていたらしいが、嫌がらせはどんどんエスカレートしていった。
そして決定的な事件が起きた。
業を煮やした女子生徒が三人が彼女を放課後に呼び出して、頭からオイルを掛けて脅しをかけたという。
彼女はそれで怯まなかったらしいが、更にそれに腹を立てて、ジッポを着けて脅したところ、暴れだした拍子に弾いたジッポが彼女の頭に落ちて引火したというものだった。
彼女の悲鳴に駆けつけた教師が彼女の頭部から火を急いで鎮火された後に緊急搬送された。
頭部のほぼ全体、顔の半分が火傷を負い、片目は失明という重傷を負ってしまった。
「何よそれ…… 笑えないんだけど……」
「わ、笑おうとしたんですか?」
「そういう意味じゃないわよ! 続きをお願い」
加害者の三人は退学になったうえに、殺人未遂ということもあって少年刑務所に移送された。
加害者に対する措置はそれで終わったとしても、被害者の苦悩はここから始まる。
いくら加害者が逮捕されようが、反省しようが、罪を償おうが、被害者の身体が元に戻る事はない。
加害者はいずれ社会復帰する。
彼女等は五体満足の身体で罪を償った後、反省の大小はあれでも人生を謳歌できるかもしれない。
被害者は身体と心がズタズタに壊された後、はたしてどれだけの人間が社会復帰できるのだろうか? そして人生を謳歌できるのだろうか?
透の彼女も例外ではなかった。
透は当然お見舞いに行く。
しかし、彼女は彼を歓迎しなかった。
第三者視点から見たら、透も被害者なのかもしれない。何しろ、愛しの恋人がこんな目にあってしまったのだから。
しかし、彼女の視点からすると透は加害者扱いだったのだ。『お前と付き合ったからこうなってしまったのだ』と……。
彼女が幾ら恨んでも、憎んでも、本当の加害者たちは既に逮捕されているのだ。やり場のない怒りを向けた先には透しかいなかったのだ。
愛を語っていた口からは怨嗟の声が……
愛しの彼を慈愛の心で見ていたその目からは憎悪が溢れ出ていたのだ……
病院を抜け殻の様な表情で出て行く透。今ここで明日奈に説明をしている彼女らがお見舞いに来た時に、部屋の外から二人のやりとりを聞いて、抜け殻の様な透を見て、恐怖のあまり逃げ出してしまったのだ。
「私達は最低です。怖くなって逃げてしまった…… それ以来、一条君を腫物の様に扱って…… 卒業しました」
「件の彼女はどうしてるのかしら?」
「入院中に大きな病院に移転するという事で、引っ越しました。行先は…… もう皆は関わろうとはしなかったから分からないです」
(なるほど、これで合点がいったわ。アイツが高校時代に特定の彼女を作らなかった理由。上っ面の人付き合いだけで、誰とも深い仲にすらならなかった理由。本来であれば女性恐怖症になってもおかしくない。それでも周りの女性はアイツを放っておかないでしょう。だから、アイツは心を殺す必要があった…… 女性が近くに居ても生きていける処世術を本能的に身に着けたのかもしれないわね)
「ふーん、それで貴方はどうしたいの?」
「せっかく会える機会が出来た訳ですから…… 謝罪したいなって……」
その言葉に明日奈の眉間に皺が思いっきり寄っていた。仁王様が降臨してしまったのだ。
「はぁ? 謝罪? それをアイツが要求したとでも言うの? 自分達から自分勝手にアイツを遠ざけておきながら、自分勝手に近寄って、自分勝手にトラウマを抉って、上っ面の『ごめんなさい』で気持ちよくなるのは貴方達だけよ。独りよがりの自慰行為はやめなさい。虫唾が走るわ」
(チッ、何で私がアイツを庇う様な言い方を…… まあ、当時中学生では出来る事も殆どないわよね。ちょっとキツくいいすぎたかしら)
「な、なんでそんなひどい言い方……」
「まあ、貴方には情報を提供してもらった恩があるわけだし、協力する事は吝かではないけど…… ただ、今はそのタイミングじゃないわね。少なくともそれだけは分かる」
「どうしたらいいんでしょうか?」
「時が来たら連絡するから、まずは連絡先を交換しましょ――」
明日奈が透の過去を事情聴取しているタイミング、透が高校時代の同級生(主に女子)に囲まれている時、一人の美女が成人式が執り行われる現場に到着した。
「透君、明日奈ももう来てるかな……」
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