第5話 尋問開始

「それでは尋問を開始します」


 高峰家のリビングは突然某裁判ゲームの様な展開になっていた。

 

 悠馬の母親は手にあるはずの無い木槌ガベルを持ってる体で振り下ろし、「コンコン」と口頭で補完している。


「悠馬はサッカー部ではどうなのかしら? あの子ってあまり学校の事を話さないからちょっと気になるのよね」


 答えやすい内容に安堵した透はすらすらとまるで自分の事の様に悠馬を語り始めた。


「キャプテンとして部員を上手くまとめています。戦術眼もありますし、最終ラインを上手くコントロールしてる上に――」


 何分経過したのか分からなくなる程に悠馬のサッカーに対する熱を語る透を見てついつい微笑んでしまう母親。

 

「あら、そんなに悠馬の事を見てくれていたのね。ウフフ、透君はとっても楽しそうに話すのね。母親として嬉しいわ」


 透はハッとして我に返る。ついサッカー熱が入ってしまい語っていたが、悠馬を無くしたサッカー部の限界を思い出し意気消沈してしまう。

 

(でも、結局は悠馬ありきのサッカー部だったんだよな…… それをこの間の選手権で痛感したし……)

 

 透は悠馬が不在だったから勝てなかったとは言う事は出来なかったため、なんとか話題を逸らそうとした。


「サッカーに関してはそんな感じでして…… そういえば今年の文化祭で悠馬君が校内女装コンテスト三連覇達成したんですよ」


 悠馬の母親は目を爛々と輝かせて、聞きたそうにしている。

 

「何それ何それ! ちょっと聞かせて頂戴」


 男が女装するのには抵抗があると思っていたが、悠馬は女装に抵抗がないタイプだった。

 

 当時はあまり気にしていなかった透だが、よくよく考えれば珍しいと思った。

 

 悠馬が元々女顔ということもあり、クラスの女子もノリノリで悠馬にメイクを施していた。

 

 完成した悠馬の女装は知らない人が見たら、紛うことなき「女性」なのだ。

 

 ただの笑いを提供するネタの場かと思いきや、悠馬というガチ勢が参加しただけで会場は一気に大盛り上がりとなる。

 

 むしろ「何故女子が女装コンテストに参加してるのか」などと言われるまである。

 

 コンテストは悠馬が圧倒的な優勝を飾った後、長期休みが入るまでの数か月間は男子生徒から悠馬に告白される回数が一気に増える。

 

 一方で女子生徒はというと…… 悠馬を『同性』として見ている節があるため、告白される事はほぼない。

 

「――というわけでして、悠馬君が男子生徒から告白された回数は俺が女子生徒から告白される回数と同じくらいかもしれませんね」


「はぁ~、うちの子がねえ。私にそっくりだからモテるでしょうね! とは思ってたけど、そっちからモテモテだったんだ」

 

 何故か、わざわざ自分との比較をしてしまう透。

 

 それは悠馬をライバル視しているから例え、異性だとしても同性だとしても悠馬に負けられない気持ちがあるからこそだったりするが……。

 

「ところでさ…… 明日奈ちゃん、いい子でしょ?」


 まさかそんな台詞が出て来るとは思わなかった透は感情を隠し切れずに引きつった笑いで「えぇっ」と答えてしまう。

 

 素で出してしまった表情に気付いた透は「ヤバッ」と思い、急いで作り笑顔で取り繕って「いい子ですよ」と言っても時すでに遅し。

 

 その表情を見逃さなかった悠馬の母親は獲物を捕らえた肉食獣の様な目つきで追撃する。

 

「今ので貴方と明日奈ちゃんの関係性がなんとなく分かったわ。取り繕うなら、もう少し感情をコントロールする術を覚えないとダメよ」


 二人の真の関係性を見破られた透はパニックになりかけて「いやっ、その~」、「なんというか……」などと何か言おうとするも言い訳が思いつかない。

 

 観念した透は大きく深呼吸をして「悠馬君に言いますか?」と恐る恐る聞いてみるも、悠馬の母親からは予想外の反応が返って来た。


「まっさかー、そんな二人が何で付き合ってるのかまでは知らないけど、こんな面白い事情を話すわけないでしょ」


「お、面白い…… ですか? ど、どうしてそんな事を……」


 息子が不登校になったと思われるキッカケを作った理由に対する母親の回答とは思えず、透は「この人の頭は正気か?」と思っていた。

 

「だって、恋ってそういうものでしょ? 自由であっていいし、障害があればあるほど燃えるわ。自由とは言ったけど、公序良俗の範囲内でお願いね。それにね……うちの子はその程度で参る程やわじゃないから安心して頂戴」


(やわじゃないって…… 自分の息子が実際不登校になってるのに? 一体この人の自信はどこから出て来るんだろうか……)

 

「それに透君と初めて話して思ったけど、結構キミおもしろいよね。王子様系の見た目している割にはキャラはあまり一致して無いから、そのギャップもいいね」


「そ、そうですか? そんなこと言われたのは初めてです……」


「悠馬から聞いたけど、モテモテなのに今まで特定の彼女作ってなかったんでしょ? 真面目に恋愛・・・・・・とかはあまり考えないタイプなのかな? 本気で好きになった子とかは見つからなかったのかな?」


(真面目に…… 恋愛……? 本気で……)


 その言葉をきっかけに透の頭にハンマーで殴られたような衝撃が襲い掛かり、頭を抱えだす。

 

 その時、透の頭の中に過去の記憶が一部甦った。

 

 

 が駆けつけた時には既に事は終わっていた

 

 『いやあああああああ! 熱い! 熱い! 痛いよおおおおお!』

 

 女子生徒が頭と顔を両手で抑えて地面に転がりながら悶絶している。

 

 教師達は別の三人の女子生徒を取り押さえていた。まるで逮捕された犯人の様に。

 

 『ち、違う! 私達はただ脅かそうとしただけ! あの子が暴れるからこんな事になったの! 本気で火を着けるつもりはなかったの!』

 

 僕は立ち尽くしてみている事しか出来なかった。

 

 未だに忘れられない、あの光景を…… 人間の焼けた匂い…… 叫びと悲鳴……

 

 あぁ…… 僕の…… 僕のせいだ…… 僕と付き合ったからこんな事に……

 

 



 透は突然苦しそうに胸を抑えだし、胃からこみ上げる何かを口を抑えて我慢しようとする。

 

 それを見た悠馬の母親がギョッとして透に近づいて背中を擦る。

 

「ちょっと、透君! どうしたの? 大丈夫? 気持ち悪い? トイレに行きましょう」

 

 悠馬の母親に支えられながら向かったトイレの入り口でドアを開けて嘔吐してしまった。

 

 数分間便器から離れられずにいたが、悠馬の母親がトイレの外で待ってくれていた為、あまり時間を掛けられないと思い、少し落ち着いたタイミングでトイレから出る事にした。

 

 悠馬の母親は心配そうな顔で透の背中を擦っている。


「透君大丈夫? 客間があるからうちで休んでいきなさい。ねっ?」


「いえ、悠馬君も俺に会いづらいでしょうから…… 今日の所は帰ります」


「大丈夫? 無理しないで…… もしかして私が変な事を聞いちゃったから? だとしたらごめんなさい」


「ち、違いますよ。ただ…… 体調が悪かっただけです。悠馬君のお母さんは何も悪くなんかないです。悪いのはちゃんと体調管理できなかった自分ですから……」


(そうだ…… 悪いのは僕……


 あの時動けなかった僕……

 

 見ている事しか出来なかった僕……

 

 だから僕は…… 俺は…… 女の子と本気で付き合う事を辞めた)

 

 

 

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