第3話 恋人の条件

 時間は二人が恋人宣言する前日の事。

 

 それは明日奈が透に向かって悠馬に対する提案を行った時の話。

 

「……アンタさっきも悠馬に言い負かされてたみたいだけど、私と一緒に悠馬を悔しがらせるためにニセモノの恋人関係になってみない?」


「は? 君さあ、今自分で何を言ってるのか分かってるのかい? 大体――」


「――いいから! やるのかやらないのかだけはっきりしなさい」


「何でそんな事を…… ていうかさ、君って俺の事――」


「ええ、知ってるでしょ? 







 

 

 

 

 私ね…… 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 貴方の事が…… 















 死ぬほど…… 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だあああああああいっ嫌いなの。理由は…… 言わなくても分かるわよね?」


「いや、さすがに理由までは知らないけど…… 俺の事を嫌っているのはなんとなく分かってた。面と向かって女性から嫌いと言われるのは初めてだから結構傷つくんだけどね……」


「ふーん、分からないんだ……。 なんで私がこんな鈍感ヘラヘラ男に……」


「ひどい云われ様だね」


「うっさい! アンタが傷つくとかマジでどうでもいいの。私の目的は悠馬だけ…… だから……」


「なんでそこまで悠馬に固執するのさ? 君達って別れてるんじゃないの?」


 透の何気ない一言が明日奈の琴線に触れたようで、今にも人を刺殺してしまいそうな表情をしている。

 

「ふざけないで! アンタが! アンタがそれを言うの!? 誰のせいだと思ってんのよ…… 全く……」


「いや、知らないけどさ…… 大体、俺の事が嫌いなら他の奴に頼めばいいじゃないか」


「ダメ、アンタが適任…… ていうかアンタ以外に務まる奴がいないから」


「それってどういう……」


(ダメだ、コイツは何も気付いていない。何でこんな女の前だけヘラヘラしてるだけの男にあれだけの女の子達が靡くのか全く理解できないんだけど…… どう考えても悠馬の方が上よね。まあ、悠馬はカッコイイというよりカワイイの部類なんだけどね)


「今は知らなくていいわ。それと期限をつけましょう」


「期限って恋人関係のって事?」


「そう、何時までもアンタと仲良しこよしをしたい訳ないじゃん。そうね…… 高校卒業まで…… 三カ月って所かしら」


「まあ、期間的にはちょうどいいか。まあ、悠馬を悔しがらせるのは面白そうだからやってもいいけどさ…… 明日奈はどうしたいんだ?」


「どうとは?」


「仮にさ、明日奈の思惑通りに事が進んだとして…… まだ分からない事があるんだけど……」


「何よ?」


「悠馬にその作戦を仕掛けたとして、それで何が達成できるのさ? 何が目的なのさ?」


 つい先程ブチギレかけていたかと思ったら、今度は笑い出した明日奈。

 

 さすがの透も感情の忙しい明日奈に苦笑いをしている。


「刻み込むためよ」


「刻む……?」


「ええ、そうよ。悠馬の記憶に…… 私という存在を未来永劫忘れなくさせてやるために刻むの。その結果が…… 例えどんな結果を招こうとしても…… ね…… 分かるでしょ? 人間って幸せな出来事よりも不幸な出来事の方が忘れにくい生き物なのよ。そうしてトラウマの一つでも植え付けてやればいつでも悠馬は私の事をいつでも思い出すでしょ…… フフッ、私って罪なオ・ン・ナ」


 そう語る明日奈の表情に後ろ暗いものを感じて若干恐怖を感じて後ずさりする透。

 

(一体何が明日奈をここまでさせるんだ…… 悠馬…… 明日奈と一体何があったんだ)







 そして時は変わって悠馬が不登校になった後のお話。

 

 あれ以来、悠馬は一度も登校する事はなかった。

 

 そしてそのまま時間は流れ――

 

 全国高等学校サッカー選手権大会で一回戦負けとなってしまった。

 

 理由は明白。精神的支柱であり、司令塔、キャプテン全てを兼任していた悠馬が突如不在のまま大会に臨む羽目になったからだ。

 

 急遽代理でキャプテンを務めた透だったが、思うような連携が取れずに敗退してしまった。

 

 試合後のロッカールームはまるでお通夜の様な状態になっていた。

 

「みんな、すまない……」


「いかに高峰先輩に頼り過ぎていたかがよく分かった試合でしたね」


「いや、悠馬がここに居ない理由は俺の……」


 全員そんな事気付いているし、分かっている。

 

 それでも透を責める事はしない。いや、責められるわけがない。

 

「一条先輩が誰と付き合ったとしても、試合に来れない程のショックを受けるなんて誰も思わないでしょう。まあ、相当気まずいとは思いますけど…… 貰い事故の様なモノだと思いましょうよ」


「そういえば、担任の先生が何度か高峰先輩の家に尋ねたんでしたっけ?」


「あぁ…… でも結局は体調が悪いの一点張りで顔を一度も出さなかったとか」


(クソッ、つまらない自己満足を満たすための行動一つでこんな大事になってしまうなんて…… 悠馬…… 会ってもらえないとは思うけど、年が変わる前に一度行って詫びを入れるべきだろうな)





 試合後の翌日

 

 透は高峰家に向かっていた。その最中に一つだけ懸念事項があることを思い出していた。

 

「そういえば悠馬の家の隣が明日奈の家だったはず…… 面倒だから、かち合わなければいいんだけど……」


 地図で見る限りは丁度今いる地点辺りのはずだからと家の表札を見ながら高峰家を確認すると……

 

 その目に映ったのは「喜多川」と書かれた表札だった。

 

「こっちは明日奈の家じゃないか。ということはここの隣か」


 隣の家の表札を確認すると確かに「高峰」と書かれていた。

 

 いざ目の前にすると緊張してインターホンを押す前に深呼吸する透。

 

 決心してインターホンを押すと、すぐに「はーい」と甲高い声が家の中から聞こえて来た。

 

 数秒後に開かれたドアから出て来た人物はどう見ても女性だったが、顔が……

 

「えっ、悠馬?」

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