アイツのきもち

うにたん

第1話 企み

「一条君、頑張ってー」


 複数の女子生徒からによる黄色い声援がボールを持っている選手に注目される。

 

 一条君と呼ばれた男子生徒は金網の向こう側にいる女子生徒に手を振って答えている。

 

 ―― 一条 透

 ポジションはフォワード。どの高校にもいるであろうサッカー部のエースで所謂モテ男。

 

 高校に入学して女子生徒から告白された回数は数知れずだが、全て断っている。

 

 本人曰く「俺は皆の共有財産だから特定の誰かのモノにはならないのサ」との事。

 

 成績も優秀で後輩にも優しく、一見非の打ち所がない様に見える彼にも天敵がいる。

 

 その天敵は一旦プレーを中断して、透に近づき微笑みながらだが苦言を呈している。

 

 その天敵の名は――

 

 ―― 高峰 悠馬

 ポジションはセンターバックでキャプテンでもある。文武両道で成績は常に学年三位以内をキープする秀才でもある。

 

 容姿は中性的で髪型と服装を変えれば美少女と見間違われる。毎年文化祭で行われる校内女装コンテスト三年連続覇者でもある。

 

 男子生徒から告白された事もしばしば……。

 

 完璧モテ男かと思われた負けず嫌いの透が唯一、自分が勝てない男だと思わせた人物でもある。

 

「ほら、集中、集中。サイドから縦のカウンターを想定した練習なんだから透君がちゃんと動いてくれないと皆が動けないでしょ」


「君達も応援するのはいいけど、練習中だからあまり大声を出さないで貰えるかな?」


「「は、はーい」」


「悠馬…… 彼女等は純粋な気持ちで俺を応援してくれてるんだよ。その気持ちを踏みにじってはいけないよ」


「個人競技だったら動きを止めるのは君一人だからとやかく言うつもりはないけど、サッカーは団体競技だからね。さっきも言ったけど、周りに影響が出る行動は控えて欲しい。分かってくれるかい?」


 二人の言い争いを見ていた女子生徒たちは鼻息を荒くして二人のやり取りを交互に目で追っていた。

 

 加熱した二人の口論により徐々に縮まっていく物理的な距離……。 それは最早プライベートゾーンを飛び越えて恋人の距離感と言っても差支えない程に縮まっていた。

 

「こ、これは…… 何のご褒美なの?」


「ナ、ナマモノはダメよ……。私達にはまだ早すぎる」

 

 女子生徒たちの見る観点が変わってきて頬を赤らめて両手で顔を覆いながらも指の隙間から二人のやり取りを見つめている。

 

 一方、透はぐいぐい迫ってくる悠馬の顔を見つめて気付いた事がある。

 

(悠馬の奴、思ったより睫毛長くないか? 唇もぷるぷるしてる…… それに……頬から顎に伝って滴る汗が色っぽくすら感じてしまう。 それより何で男からこんないい匂いがするんだよっ)


 最早、透には悠馬の説教など耳には入っておらず、その辺の女子生徒よりも女性らしい悠馬に心臓の鼓動が高鳴ってくのを自覚していた。

 

(ちっ、違う違う! 俺はノーマルのはず! くっ、悠馬の奴め…… どこまで俺に恥を掻かせれば気が済むんだ)


「透君、僕の話をちゃんと聞いてる? 妙に顔赤いけど大丈夫? もしかして熱でもあるんじゃないか?」


 透は自身の額に伸ばそうとする悠馬の手を払いのけた。


「い、いや…… 大丈夫だ。練習に戻ろう。君達もすまなかったね」


「「いえ、大変いいものを見させて頂きました。練習頑張ってください」」


「いいもの? なんか鼻血出てるけど大丈夫?」


「なななななんでもないです。気のせいです。ちょっと保健室にでも行きますねー」


 女子生徒たちはそそくさとその場から去ってしまった。

 

「お、お大事に―」


 その様子の一部始終を遠巻きから見ていたひとりの女子生徒がいた。

 




「おつかれっしたー」


「お疲れ様でしたー」


「うん、お疲れ様。選手権ももうすぐだから頑張っていこうね」


「「はい!」」


 練習を終えた透は水場で汚れを落としていると、先程の光景を思い出して独り言をつぶやいていた。

 

「はぁ~、悠馬のせいで性癖がバグりそうだぜ…… どうにかして一矢報いる方法はないか……」

 

 そんな負け惜しみの様な、恨み言の様なセリフを淡々を吐いていると一人の女子生徒から話しかけられた。

 

 それは、先程遠巻きから見ていた女子生徒でもある。


「透、ちょっと話があるんだけどいいかしら?」


「明日奈? なんで俺なんだ? 悠馬じゃだめなのか? お前たち幼馴染・・・なんだしさ」


 ―― 喜多川 明日奈

 悠馬の幼馴染。高校1年生までは関係良好で周りから夫婦の様な扱いをされており、本人も満更ではなさそうだったが、二学期辺りから態度が急変。

 

 遊馬とはあまり口を利かなくなっていた。というよりも明日奈から一方的に悠馬を避けている節があるとクラスメートは語る。

 

 一方で悠馬は明日奈と話をしようとするものの、先述の理由から会話が碌に出来ず、関係改善には至っていない。

 

「うるっさいわね、アンタさっきも悠馬に言い負かされてたみたいだけど、私と一緒に――」

 

「は? 君さあ、今自分で何を言ってるのか分かってるのかい? 大体――」


 透から悠馬と明日奈の関係について口を出されそうになると、「その先は言わせない」という勢いで被せてくる。


「――いいから! やるのかやらないのかだけはっきりしなさい」


(いまいち彼女の考えてる事が分からないんだよなあ…… 高校一年のときまではおしどり夫婦の様な関係だったくせに、いつからか悠馬と一緒にいる機会が大分減っている気がする)


 いまいち明日奈の考えてる事がわからなかった透だが、悠馬を悔しがらせるチャンスであればと思い、明日奈の策に乗る事にした。

 

 その結果…… あんなことになるなんて思いもよらなかった。

 

 

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