意味を持つこと

「ふーっ、ふーっ……」


 砂利での訓練を初めて10分ほど。さすがの袖女も耐え切れなくなったのか、大量の汗とともに膝をついてしまった。


「よし……ここまでだな」


「は、はいぃぃ……」


 訓練というのは、最後にくたくたになってこそ、初めて意味を持つ。教えているこちらとしても、そうなってくれた方が教えがいがあるというものだ。


(それにしても……)


 俺の思いついた砂利での訓練は、やはり効果的面だったようだ。今ではこんな状態になっている袖女だが、成功はしなかったものの、最後の方にはなかなか良い動きをしていた。今頃、袖女の体は普段使われていない筋肉を酷使したせいで、悲鳴をあげていることだろう。


「明日には筋肉痛になってそうだが……そのためにもきっちり耐えて訓練してもらうぞ。もう時間はないんだから」


「は、はい……」


 俺はそう言いながら、汗だくになった袖女に汗を拭く用のタオルとスポーツドリンクが入ったペットボトルを渡す。それらを受け取った袖女は、すぐさまペットボトルのキャップをはずし、首元を伝う汗を拭き取りながら、スポーツドリンクを喉に通した。


「今のお前は体力もなければオーラもない。ギリギリの状態だ。夜までにきっちり体力を回復しといておけよ」


 それを聞いた袖女は、ペットボトルのキャップから口を外し、俺に対する疑問を投げかけてきた。


「はぁ……はぁ……それにしても、どうしてこんないきなりやってくれるようになったんですか?」


「ん……? そりゃあ……」


 グリードウーマンとの戦いを経て、チェス隊メンバーの情報が少しでも多く欲しくなった……なんて、ばか正直に言えるわけがない。袖女ならもしかしたら協力してくれるかもしれないが、今俺たちがいる間は訓練所、観客スペースにいる神奈川兵士に聞こえてしまったら大惨事待ったなしだ。


「……頼まれたからな。いちど約束したことは守る主義なのよ。俺って」


「……ふぅん、そうですか」


(こりゃ嘘だってバレてるな……)


 袖女のジト目に、嘘がばれてしまっていると察しながらも、俺は訓練所の出口を開けて……



「キャー!!!!」



「田中様ーー!!!!」



「サインくださいー!!!!」



 出口から雪崩のように、神奈川兵士たちが降り注いできた。









 ――――









 同時刻、黒のクイーンの執務室。


 黒のクイーンである私は現在、執務室でパソコンとにらめっこしていた。


「ふー……このファイルを送信して……これで最後ね」


 そんなつまらない時間も今、ようやっと終わり、私は椅子の上で両腕を肩より上に上げ、背骨を伸ばしていた。


「全く、近頃の若い子たちの活躍には驚かされてばかりだわ」


 先日のグリードウーマンによるテロは、神奈川本部周辺に少なくない被害を及ぼした。止める者がいなければ、さらに被害は大きくなっていただろう。


 だがそこは最大派閥である神奈川。もともと本部にいたチェス隊メンバーと、最近うなぎ登りで評価を上げ、男性ランキング3位に位置している田中伸太。彼らのおかげで何とか被害を最小限にとどめることに成功した。


 チェス隊メンバーも素晴らしい活躍をしてくれたことは間違いない。だが、今回の事件で1番の活躍をした注目の的はと聞かれれば、間違いなく田中伸太だと断言できる。


「彼の素性をもう1度洗い流す必要がありそうね」


 私は再びパソコンに顔を近づけ、にらめっこを始めた。

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