簡易作戦
目の前で俺の言葉を聞いた警備員は、目をきょとんとさせ、さらに目をぱちくりとさせる。
とりあえず驚いているのだろう。まぁ、当たり前だ。目の前に、真っ黒い犬を肩に乗せた不審者が上空から登場したんだ。そんな反応も無理は無い。
「お、お前っ………!」
「ふっ!」
警備員は、手に持つ警棒を振りかざし、俺に向かって先生攻撃を仕掛けてくる。まだ誰かすらわからない相手に対し、いきなり攻撃しにかかるのはどうかと思うが、今回の場合は良い判断といえよう。
だが…ぬるい。こちらは東京と神奈川で死ぬほど殺し合い続けたのだ。実際死にかけた。
そんな経験を積んだ俺に、素人同然の人間の攻撃など、アリが人間に鼻息をかけるようなものだ。
俺は警棒の攻撃をかわすことなく、その場に立ちつくす。警備員は怯んだと思ったのか、口を歪める。大方、自分の手柄にして給料を増やしてもらおうとでも考えているのだろう。
それが叶うはずもないのに。
「はへ……?」
「ふん……」
先制攻撃と言うのは、リスクとメリットが隣り合わせだ。先制攻撃が決まれば、ダメージレースに優位に立てる。これは間違いないメリットであり、ダメージと言うのはゲームのように回復するわけではない。先制攻撃のヒットは戦闘の勝利に直結する。
しかし、それは先制攻撃が決まればの話だ。先制攻撃とはメリットであり、リスクである。先に攻撃を与えると言う事は、相手のスキルも知らないまま不用意に近づくのだ。あまりにもリスクがでかい。そのまま攻撃を無効化され、手痛い反撃を食らう可能性だってあるのだ。ハイリスクハイリターンである。
よって、相手の情報を知らない限り、先制攻撃が有効だとは限らない。
今回の様に。
「弾かれて……!」
そう、確かに警備員は俺にとって警棒を振り下ろしてきた。しかし、警棒がヒットする部分に俺の反射を使用することによって、警棒を反射したのだ。
反射された警棒は警備員の手を離れ、後ろの地面を転がった。先制攻撃にスキルによる攻撃ではなく、武器を使った殴打を選んだところを見るに、そこまではっきりと戦闘向けのスキルではなさそうだ。事前情報がない敵に関しては、こうやって戦闘の中で細かいところまで分析していく。これも神奈川と東京の経験から学んだ事だ。
「遅い」
警棒をはじかれ、ひるんだ様子の警備員は懐ががら空きだ。スカスカのスカ。どう見ても戦闘慣れしていない。なぜ訓練だけしか積ませず、実戦経験をつませないのか。これもまた俺の経験談だが、施設内の訓練より、血なまぐさい戦いの中の方が、圧倒的に濃い経験ができる。平凡かそれ以下の俺がここまでのスピードで強くなっているのだ。物語の序盤、才能のある主人公より、長年戦ってきたサブキャラの方が強い理由がよくわかる。
隙ができた相手を今更逃すほど、俺は甘ちゃんではない。すかさず右腕を使い、首に向かって巻きつける。そこからギリギリ死なない程度に力を入れて、警備員の身体を拘束する。
「が……あ……」
「まだ気絶するなよ……聞きたいことがあるんだ」
これが俺の作戦。何の変哲もない尋問だ。今の俺では、ここまでが限度だと言う事なのだろう。
「この家には金庫があるはずだ………金庫の場所を教えて欲しい。安心しろ、教えてくれれば解放する」
「ほ、ほんとか……?お、教える……教えるから……」
やっぱり、この警備員、雇われ警備員に違いない。この家の専属ならば、ある程度のプライド位持っているはず。こんなにもさらりと教えると言う事は、この家にそこまで思い入れがないと言う事。この警備員を選んで正解だった。
「そうかそうか………だったら早く、場所を教えてくれないか……? 急いでるんだ」
「あ……そこ…右……」
俺は警備員の指示に従い、庭の中を移動していく。もちろん、警備員の首をしめたまま。
当然だ。案内させている間に逃げられてしまっては困る。警備員には酷だが、首を絞めつけられたまま案内してもらうとしよう。
そんな事をやっていて数分。庭の隅にある巨大な建物にたどり着いた。家とは別で作られており、単純な豆腐建築だ。ビルの上にいた頃もこの建物の存在が確認できていたが、断定できなかった。
「おい……俺は金庫に用があるんだぞ? こんな外にあるものなのか?」
「あ、ああ……ここが間違いなく金庫だ……特殊なエンチャントがついていて、スキルによる干渉を受けないんだと……」
(なるほど……だったら室内でやろうと室外であろうと関係ないわけだ…)
俺は、警備員の話に納得すると、警備員の首をとっとと解放する。
「かはっ……ハァーハァー……」
「よくここまで誘導してくれたな、感謝するよ」
「ハァ……ヘヘッ、そうでしょ……? じゃ、俺はここで……」
「ああ、ありがとう。だから……」
「お前にはもう用はないよ」
「…………へ?」
俺はすぐさま警備員の首をつかむ。解放されたと思ったら、また拘束されたことに警備員は驚きを隠せない。
そんな事は気にもせず、俺は首をつかんだまま、警備員の体をぐいっと持ち上げる。
「じゃあな」
警備員の体を持ち上げた腕を軸に、砲丸投げの要領で庭の外めがけてぶん投げる。もちろん砲丸投げなどやった事はなく、見よう見まねだが、反射を使うことによって、初心者でも3階建てのマンション位の高さぐらいまでは飛ばすことができた。
なぜこんな事をやったのか。理由は至極単純だ。俺がここにいると言う情報を漏らさないため、この一言に尽きる。
もし、このまま警備員を解放していたりしたら、万場家の人間に連絡され、一貫の終わりなんて事もあり得る。
忘れているかもしれないが、此処は万場家の敷地内。情報が伝達した後、対処までのタイムラグは間違いなくほとんどない。家から出ればいいだけの話なのだから。
「さて……これでばれる心配もなくなったわけだから……」
そう言って、俺は金庫のドアをぐいっと引っ張る。まぁ、ここは想定通りといったところか、しっかりと鍵かけてかけてあり、基本的な防犯を怠っていると言うわけではなさそうだった。
「やっぱあれしかないか……よし、"新技"の出番だ」
俺は右腕を金庫に向け、金庫に向かって手を開く。この技を実践で使うのは初めてだ。俺が与えられた2カ月間の猶予。移動期間の間に身に付けた新たなの力。
「行くぞ………"空気反射"」
言葉を発した瞬間。
ドアが爆発した。
音を立て、枠が外れて、さっきまでドアだったものがガランゴロンと音を立て、崩れ去る。俺も、金属相手に打つのは初めてだが、予想通り、金属を破壊する位の威力は持っていた様だ。
これが俺の新技、空気反射だ。
その名の通り、"空気を反射する"と言うもの。
俺が以前、袖女との戦いの時に使ったダストジャンプの応用版と言っていいだろう。ダストジャンプの解説の時、「物質ならば踏める」と言ったことを覚えているだろうか。その反射の性質を利用した新たな力。
つまり、空気も物質だ。空気だって反射できる。手に反射を使い、空気を自覚して反射する。それにより手の周りにあった空気が射出され、疑似的な空気砲が作り出されると言うわけだ。
しかし、その威力はそこらの空気砲の比ではない。大阪への移動中は、騒動を起こしたくなかったため、俺も今知ったが、見た通り金属製のドア位ならぶっ壊せる威力だ。
「さて、と………」
多少音は出たが、この程度ならば何の問題もないだろう。金庫と家は別居で広大だ。大丈夫だろう。
……たぶん。
そして俺は、ゆっくりと金庫の中へ足を踏み込む。中に明かりはなく、薄暗い。埃が舞い、窓もないため自然の光もなく、まるで業者かと思うほどの箱が積み上がっている。
この様子だと、金庫と言うより田舎の倉庫のようだ。
そうやって金庫の中に入っていくと、俺は本日2度目となる壁に直撃した。
(………おい。ちょっと待て、こんなの聞いてないぞ)
金庫と言うのだから、金の象像以外にも、いくつか宝物があると睨んでいたが、こいつは想定外だ。あまりにも量が多すぎる。おかげでどれが金の象像かわからない。しかも全て箱に包まれてあるため、一個一個確認しなければならない。それではあまりにも時間がかかる。確認している間にバレると全ておじゃんだ。透視できるスキルでもない限り、運ゲーを強いられてしまうと言うわけだ。
(まずいぞ………俺の反射と闘力操作でどうにかなる問題じゃない。他の手段を使うっていっても、今の俺の持ち物に解決できるものなんて………)
八方塞がり。結局、運に頼ることになってしまうのか。
そう思われたその時……
「ワン!!」
今まで、いないと錯覚してしまうほどに黙っていたブラックが声を上げた。
気づいて欲しかったのか、かまって欲しかったのかは知らないが、今はタイミングが悪い。少なくとも、犬をかまってやれるほど前向きな精神状態ではないのは確かだ。
「……なんだよ、今はかまってやらないぞ……」
「……ハッハッ」
ブラックは俺の事などどうでもいいというかのように、俺が目を向けるとそっぽをむけ、地面に鼻をつけ、何かを嗅ぎ始める。
まさか、臭いで金の象像の場所を特定しようとでも言うのだろうか。
「………フッ」
思わず笑ってしまう。そんなことで位置が特定できるもんなら、今頃泥棒たちの中では犬が大ブームになっていることに違いない。それが起こっていないと言う事は、そういうことだ。そんな漫画のような展開、起きるわけがない。
(そんなことで金の象像を見つけようもんなら、大阪で1番高いドッグフードを買ってやってもいいね!!!)
そんなこと起きるわけがない。
そんなこと……………
起きるわけ…………
そんな…………
こと………………
………………………………
その時、ブラックが開いた箱の中には。
金の象像と思われる、金でできた象の像があった。
(1番高いドッグフードっていくらなんだろう………)
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