第2話
「まいったなア」
役に成り切りながら。コスプレイヤー、チュウは呟く。
五月の新緑、なんてものではない。
暑い。暑さだ。
「なーろー!!コートなんて着てられっか!」
コート、コンクリートとレンガの織りなす素敵な道路へばーんっ!!
そんな奇行をしても周囲は気にならない。
なぜなら。
おいおい、そこは薄い肌色のあれ着ないと撮影もレイヤーもコスもなにもかもNGだろ、そっちは、!!!!!おる!夢がおる!!!!!あとで話しかけよう!!!!!夢の二次元が今!
息をして酸素を吸い二酸化炭素を吐いて、完璧に計算尽くされた病みのメイクで、しかし、このもはや初夏なんてものぶっちの暑さの中で!!!!!
きっと体中に冷えピタ〈大人サイズ〉を貼って頑張っているに違いな、って!!!!!
小型扇風機ーーーーー!!!!!
推しが!推しが!!小型扇風機?!アリ寄りのアリ!!うそ、そんな、チープに見せかけて利便性だけは追求するもの使う?!
やだ、うそ、つぎは、わたしも使おうじゃないか!!!!!
心の声のうるさいファンとレイヤーのそれぞれ。あるいは融合体のようなものが、激しく、魂から燃えていた。
レイヤーによってはこの気温でも長袖長ズボン、おまけにコート。と、見せかけてちゃっかりユザワヤで似た色の生地の薄地を使って手作り。
もう、どうにでもして。
いや、そんなことより!
夢デートの相手が見つからない。連絡は取り合っていたはずなのにまるでどっかの君の名は。みたいなワンシーンのようにスマホのメッセージやり取りが文字化けして全てが消えていった時には焦り。
そして、
「ウイルス……?!!え、え!!!!!」
およそ今成り切っているコスのキャラクターが逡巡しないようなあらゆる自身の検索履歴にとにかく、都内でも有名なコスの聖地で頭をぶつけたくなった。いや、ぶつけたいは言い過ぎた。なんだったらこの場合、スマホを投げつける方がキャラっぽいのだが、お宝のたくさん詰まった、まだ生存しているかもしれないスマートフォンを荘厳な湖に。盛大でいて、慎みを込めた庭を持つ日本家屋に。ちょっとお邪魔しちゃった野良猫ちゃんに。
当たり散らすわけには、いかねえッ!
オレはイマ、憧れのキャラクターに扮するコスプレイヤー。略してレイヤーのチュウなのだから!
帽子を被り直し、これまた景観を損ねない和風の喫茶かと言うようなお手洗いで全体とループタイの色合い、そう、夜鍋して使った渾身の出来の小道具達を整え始める。
いったい、わたしのスマホになにが?
「?」
おもわず息を呑む。
写真が画面に映っていた。
「ここは……」
湖付近の、撮影場。まだ足を踏み入れても、ましてや撮影したり、レイヤーの仲間から画像が送られてきた、なんてこともない。
夢デートのてがかり?!
時間に遅れるわけにはいかない!
でも、確か相手は。
「着物……だけじゃ、」
着物を着て夢デートしようね!そんな明治大正系でチュウさんと歩きたいの!
それが夢デート。
夢の中だけでもキャラクターとデートしたい。
そうだ!コスプレイヤーさんに頼んで夢のデートを実現してもらおう!もちろんお金を払って、もしくはいろいろ決め事を作って楽しんで!
ふたりだけの夢のデートを!!
オタクとは、そういう設定、設定と言ってしまっては幻想もない。快楽と現実と理想をこねて、重ねて使ってしまうが。
現実にするのが上手いのである。
(湖エリアの掘立小屋エリアのあーとにかく広いいそがなきゃ)
美貌に、美貌のメイクを重ねて。さらに先ほどの手洗い場でお色直しを済ませたコートに、洒落た帽子、手作りのループタイ。そして、少しだけ身長が高くなるよう選んだブーツを鳴らして。
汗をかき。シャツを濡らし、艶めいた色っぽさを出しながら。
待っててください!!夢デートの!
しまった、データ飛んで名前ごと!
またスマホを見る。
今度は瞳の大きな赤い着物のぽってりした唇のレイヤーが写る。
「?」
深夜に見てはホラーだが、明るく青々と木々が茂り、時折り吹く風にこの街に来て良かったと思う野良猫のような自分は。
「この人だな」
じゃあ、なりきりましょうか。
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