なに言ってんのコイツ

 今日は火曜日。サロンの定休日。そして、明日もサロンは休みだ。


 帰りのホームルームを終え今日もダッシュで帰ろうとしたところ、学校祭実行委員の女子の野々原ののはらさんに捕まった。


紫雲しうんくん。放課後、時間ありますよね?少し残ってもらっても良いかな?学校祭の準備のことでお話があるので」


 面倒事は嫌なので帰りたいです。とは言えず、今日はこの後、何も予定がないので時間は確かにあるし、学校祭の準備と言われれば俺もクラスの生徒だから聞かざるを得ない。

 イジメに遭ってからというもの、こういった学校行事に関わったことが一度もなかったから、話を聞くというだけでも随分と久し振りの体験でもある。

 断る理由も無いし、話を聞くだけなら吝かでないと了承することにした。


「わかりました」

「じゃあ、場所を移させてもらっても良いかな?」


 野々原さんに連れて行かれたのは空き教室。

 そこに数名の女子が椅子に机に尻をついて俺を真っ直ぐな視線を向けて出迎えた。

 その女子の中には依莉愛もいる。


「えっと、初めて話す人が多いと思うんだけど自己紹介はとりあえず置いておいて頼みたいことを先に言わせてください」


 野々原さんじゃない女子が言う。


「紫雲くんってさ、学校祭の準備に参加してないでしょう?一回も」

「はあ……」

「みんな用事があって大変だけどこの問題の多い学年と学級でもさ、良い印象を残したくて頑張ってるのよ」

「はあ…………」

「男子も含めてね。それで、紫雲くんにも事情があって学校祭の準備を手伝ってもらえないって分かってるけどさ、少しくらいはクラスメイトとして協力をして欲しいって思ってるのよ」

「はあ………………」

「それでね、紫雲くんには前日祭と本祭の出し物の化粧と髪のセットをお願いしたいの?やってくれるなら準備とか無くても咎めたりしないからさ。どうかな?」

「えッ……ええッ!?」


 ここに居る女子は俺が母さんのサロンで手伝いをしていることを知っている素振りをチラつかせながら、俺がそういったことを出来ると思って強制に近い協力を要請しているらしい。

 女子たちは真剣でギラギラした眼差しで俺を見据え、その迫力に俺は狼狽えた。

 その中に居る依莉愛は肩を竦めて諦めろと訴えてる。


 そこで俺は考えた。

 メイドと執事。

 化粧や髪型、女子は毎朝自分でしてくるんだろうから本来なら俺がやらなくても良いんじゃないか。

 もし必要だったとしてもヘッドドレスをつける要員か、ヘッドドレスをつけるための調整だけ。

 そこでサロンではできないことをここでできるのかもしれない。

 サロンに居ないのは男性だ。

 ウチのサロン。男性の予約だって受け付けているのに、今はわざわざ当日枠を作って居るというのに一度も男性客が来ていない。

 だが、ここには男子がいる。だったら、この機会を活かせば良いんじゃないか。

 そうすると答えは自ずと出てくる。


「え、あ……んと……。男子の髪とメイクをするんなら良いですよ」


 恐る恐る、そう口にしてみた。


「「「え?」」」


 すると、この場の女子たちが「なに言ってんのコイツ」とでも言いたげな顔をしているので説明する。


「女性の皆様は登校前にご自宅でお化粧と頭髪のセットをされると思うんですよ。それで学校祭の当日って俺はヘッドドレスを取り付けるための調整だけになると思うんですよね。でも、男子の多くはそうでないと思うので、執事に相応しい頭髪とメイクをするべきだと考えました。皆様のお話を聞いてすぐ終わる調整と男子の施術で作業時間としてもちょうど良いかと思いまして」


 説明を終えると空き教室はシーンと静まり返る。


「ま、まあ、言い分としてはそうですね」

「それなら男子とも話してみて決めようか」

「うん。そうだね」


 女子たちで話を纏めると俺は釈放されて、その日は家にそのまま帰った。


 翌日に、女子たちが男子たちと相談して、俺が当日に男子の髪の毛のセットと化粧をすることの了承を取ったので、改めて俺は放課後や土日の学校祭の準備に参加しなくても良いことになった。


 その事を母さんに言う。


「ねえ、母さん。俺、文化の日に学校に行くことになっちゃって、その日は夜しか手伝えなくなったよ」


 元々学校祭に出るつもりがなかったから、サロンで手伝いをするつもりだった。

 母さんもアテにしてたと思うから、伝えなければならない。

 そしたら母さんは急に破顔して──。


「学校祭でしょ?せっかくだから楽しんでおいで」


 涙目だった。

 そんな大げさな!と思うけど、俺、学校行事に参加するのは入学式や卒業式以外だとイジメに遭い始めた小学生の高学年以来だしな。

 それはさておいて、何をするかくらいは教えておかなきゃね。


「いや、何かクラスの出し物で手伝って欲しいって言われたから男子のヘアメイクと化粧をすることになってさ」


 それを言うと、母さんが「男子のメイク?」と身を乗り出してくる。


「なあ、男性向けのメイクとか私も覚えたいんだけど。ヤるんなら写真とか動画とか撮れない?」

「それはわからないけど……」

「わかった。じゃあ、撮れたら撮ってよ。カメラ、買いに行くぞ!付き合え」


 カメラの●●ムラに連れて行かれて、店の人におすすめされるがまま母さんはミラーレス一眼レフデジタルカメラといくつかのレンズを買った。

 俺、要らなかったんじゃないか?


「和音、カメラの使い方、覚えておいてくれよ?店で使うんだからな。もちろん私も覚えるつもりだ」


 家に帰って開封したカメラとレンズを手渡された。

 パソコンで調べながら覚えるか……。


「わかったよ。頑張ってみる」

「覚えたら私にも教えてくれな」


 カメラ、色々触っている内に面白くなって時間をすっかり忘れてた。

 スマホで充分だと思ってたけど、全然そんなことなかったな。

 これを上手く使えたらサロンでカットモデルを使って撮影して良い宣伝にできそうだ。

 しばらくサロンで練習をしておくか。


 それからは通常通りに過ごした。

 まあ、変わったことと言えば、閉店後にカットやセットの練習の他に、母さんや聖愛さん、実弥さんをカメラで撮影してカメラの練習を追加したことだな。

 その中でサイトに掲載する画像に使ってみたりした。


「いっやー、サロンのSNS、勢いで開設してみたッスけど、良いッスねー」

「フォロワーもすぐに付いてかなり増えていますし幸先が良いわね」

「これでウチのサロンのお客様がどのくらいか見えるってのは悪くないな」

「和音くんの写真、ないんッスか?ってさー」

「和音の写真は和音が美容師になってから上げることにしてるんだ。それまでは高校生のアルバイト手伝いでしかないからな」

「ですよねぇ。わたしもアイくんの写真がここに上がってたらとは思うけど、未成年のアルバイトを使うのは社会通念上忍びありませんしね」

「とはいえ、和音の写真は他のSNSで結構貼られるんだよなー」

「それは仕方ないッスよ。和音くんはお客様が写真を撮りたいって言われても断らないんだし」


 俺が練習している向こうで美容師の彼女たちはパソコンを前にワイワイと騒いでる。

 サロン・ド・ビューテのSNSを開設したところ、これがなかなかに好評でフォロワーが次々と増えていた。

 特に実弥さんがお客様とのビスポークを経てする独創的なカットはSNSでウケが良くて人気がある。

 美麗な美容師が揃っているから男性のフォロワーも少しずつ増えてるし、いつか男性客が来るかもしれないねと、女性たちは姦しく言葉を連ねていった。


 俺には関係ない話。そういうことにしておこう。


 学校では、すっかりイジメに遭うことはなくなっていた。

 汚いものを見る目を向けられることはクラスではなくなったし、少しずつではあるけれど、教室で声を出す機会が増えている。

 ここ最近多いのはヘッドドレスのデザインや付け方の相談で、ヘッドドレスには様々なデザインがあるし、髪質によってはすぐ取れてしまったりと合う合わないがある。

 だからヘッドドレスに限らず、キャップやホワイトブリム、リボン、シンプルな髪飾りなどいくつか提案したこともあった。


「男子の……執事の髪型はどうするつもり?」


 ある女子に聞かれたことがあった。

 いくつかデザイン候補があって、執事らしい清潔感のある髪型から三種類から四種類に絞ってスケッチに起こしている。

 それを見せた。


「一応、いくつかデザインしてて、こんな感じにしようと思ってます」


 オールバックや七三分けと言ったスタンダードなものだったり髪を上げて流し気味にしてみたり、男子の地の髪型にも寄るけどそんな感じで纏めている。


「へー。やっぱり乙女ゲーみたいな執事にはならないのね」

「そうですね。過剰に髪を下ろすと執事としては不衛生に見えてしまうので、それは避けたいと思いました。その代わり、メイクで乙女ゲーの執事に近づけようと考えています」

「そう。わかった。男子の反応も楽しみだね。男子って化粧したことないひとばかりでしょ?」

「それはどうでしょう?最近は男性用のファンデーションなども売ってますから学校にはしてこないにしろ、プライベートで化粧をされている方もいらっしゃるかもしれませんよ?」

「それもそうね。じゃあ私は紫雲くんのメイクで男子がどうなるか楽しみにしてるわ」


 と、女子たちと折り合いもそれなりについたし、男子からも撮影の許可を得られたので、あとは当日に頑張るくらいだ。

 そうして平和に日々を重ね、学校祭の前日祭を迎えた。

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