二八章 文明をもつ鬼たち
「がははははっ! 愉快、愉快! まさか、
集落の
杯ではない。
酒樽だ。
それも、大のおとなが二~三人、入れてしまいそうなほど大きな樽だ。それを両手でもって一気にあおる。ごうごうと、まるで滝の流れるような音をさせて中身を喉に流し込む。
さすが鬼。
そう言いたくなる豪快さだった。
集落の
『家』と言っても壁もなければ、天井もない。まるで、鳥の皿巣のように土が盛られており、そのなかがそれぞれの鬼の私的空間、つまり『家』に相当するのだそうである。その『家』のなかには椅子どころか敷物ひとつなく、地べたに直接、座り込んでいる。都市育ちのアーデルハイドたちには相当に違和感のある『家』だったが、これが
周辺に広がる草原はやはり、
そして、
「人間……
アーデルハイドが尋ねた。
「うむ」
集落の
鬼らしく角と牙を生やし、
この装身具は位の高さとともに財力の豊かさを示すためのものでもあるのだろう。隠すことなくさらけ出されている股間を見ても、そそり立つ男性器がないところを見ると女性であろう。
アーデルハイドはつづけた。
「でも、あなたたち
「人間は弱いからな。まわりを壁で囲って風雨から守ってやらなくてはならん。わしらはちがう。わしらは鬼だ。常に我と我が身を風雨にさらし、この身を鍛えあげねばならん。そうでなければ、人間たちを守ってやれんからな」
「人間たちを守る?」
「そうだ。この
「食糧を提供って……やっぱり、そう言う意味なの?」
「さ、さあ……」
アーデルハイドの後ろでカンナとチャップがヒソヒソと語をかわした。カンナの言う『そう言う意味』とはもちろん『人間を食べる』という意味だし、人の世を襲う
そこへ、召使いの鬼が大皿いっぱいに山盛りとなったもてなし用の料理を運んできた。やはり、鬼らしく衣服はなにも身につけていない。入れ墨の数は少なく、装身具はなにも身につけていない。やはり、装身具は身分の象徴らしい。
アーデルハイドたちの前に置かれた皿には木の実や果物、野菜などが山と盛られていた。アーデルハイドたの食べる分、というよりは、アーデルハイドたちを食べるための付け合わせ、と言った印象。それぐらい
「本来、客人に対しては、我らの郷土料理を振る舞うものなのだが……」
集落の
「人間の口には合うまいと思ってな。
「お心遣い、痛み入ります」
「なんの、気にするな。遠方よりの客人、当然の礼儀だ」
そう言って『がはははははっ!』と、豪快に笑う
その
「あ、あの肉ってやっぱり……」
「と、とりあえず、考えない方がいいんじゃないかな?」
カンナとチャップがヒソヒソ話を繰り返す。
「言い遅れたな。わしの名はスモオ。この集落の長をしておる」
「アーデルハイドと申します。こちらのふたりはカンナとチャップ」
アーデルハイドはそう自己紹介したあと、スモオに尋ねた。
「スモオどの。あなたはわたしたちを食べようとは思わないのですか?」
あまりにもまっすぐな問いかけ。この状況下でこの単刀直入さ。カンナやチャップでなくても肝の冷える思いをしたことだろう。
「うん?」
「わたしたちの国は
ああ、と、スモオは得心したようにうなずいた。
「かんなぎ部族のものたちがおぬしらに迷惑をかけているそうだな」
「かんなぎ部族?」
「我ら
「あなたたちはちがうと?」
「むろんじゃ。わしら、かんぜみ部族は文明化した
「契約?」
「先ほども言ったとおり、この
人間の貴族が狐狩りを楽しむために、管理された森のなかに狐や兎をはなすようなものか。
アーデルハイドはそう納得した。
「しかし、わしら、かんぜみ部族の祖先はそこからさらに一歩、踏み込み、人間たちと契約を交わした。それが先ほど言った条件、『
スモオは残念そうにつづけた。
「
「わたしたちに迷惑をかけている。その認識があおりならなぜ、かんなぎ部族とやらを放置しているのです?」
「たしかに、迷惑だろうと思ってはいる。だからと言って、わしらがおぬしたちを守る義理はない。それとも、おぬしらはわしらに飼われる
「いえ、そんなことは望みません」
「ならば、自分の身は自分で守ることじゃな。あらゆる野生の生物はそうしておるのだ。人間だけが例外のはずもあるまい。食われるのは弱いからじゃ。おのれの弱さをこそ責めるのじゃな」
それはなんとも鬼らしい、しかし、一面の真実を含んだ『野性の掟』だった。
「では、わたしたちが自分の身を守るため、かんなぎ部族を全滅させたとしても、あなたたちはかまわないのですか?」
「いっこうにかまわぬ。むしろ、あっぱれ、見事なりと讃えよう。か弱い人間の身で
スモオはそう言い切った。その
「もし、わしら
スモオの問いに――。
アーデルハイドは迷うことなくうなずいた。
「会わせていただきます」
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