九章 羅刹隊、見参!
国王ハリエットの住まう宮殿を目指し、見事な軍が進軍していた。
整然たる隊列。
乱れることのない歩調。
すべてにおいて兵の練度の高さと将軍の指揮能力の高さをうかがわせる。
先頭に立つのは盟友国スミクトルの
その後ろに付き従うは一〇万を超える戦士たち。
まだ一〇代半ばと見える新兵もいる。失った手足を人工の
これが、
そして、その先頭に立ち、全軍をたばねるがジェイ。諸国連合総将の地位に就任したジェイその人だった。
ジェイはハリエットとアステスが出迎えたことを認めると手をあげて合図した。整然たる進軍をつづけていた軍がその手振りひとつでピタリと静止した。その合図は陣の一番、後ろまでしっかりと伝わっており、前がとまったことに気付かず進軍して衝突する……などと言うことはひとつもなかった。それこそ、一〇万を超える軍がまるでひとつの生き物であるかのように一瞬で静止したのだ。
ジェイが馬をおりた。総将に
ジェイは主君ハリエットに向かい、騎士の礼を取った。声を限りに叫んだ。
「諸国連合総将ジェイ!
「……本当によく戻ってきてくれました」
ハリエットの執務室。
そこに、ハリエット、ジェイ、アステスの三人が集まり、挨拶と報告とが行われていた。
ジェイを迎えたハリエットの表情は喜びと安堵に満ちていた。まるで、愛しい恋人との再会を果たしたかのように。それ以上に喜びに目を輝かせていたのがアステス。
ジェイはハリエットをまっすぐに見据えた。
「おまたせいたしました、陛下。長らく陛下のもとをはなれておりましたことお詫び申しあげます。ですが、その分の成果はあがったことを保証いたします。これより、このジェイ、陛下の
「……はい」
うっとりと――。
ジェイの言葉にうなずくハリエットだった。
ふたりは見つめ合った。無言のまま。ふたりの視線が絡み合い、言葉のいらない空間ができあがる。まるで、いまこのとき、ふたりにとって世界には自分たち以外いないかのように……。
「ごほん、ごほん、ごほん!」
その雰囲気をぶち壊すべく、アステスがわざとらしく咳払いした。愛らしくも美しいその顔にはっきりと不満の色が浮いている。
ハリエットとジェイはそろってハッとなった表情になった。お互い、
「ジェイ総将。まずは陛下に訓練の成果を見ていただくのが先なのでは?」
「あ、ああ、そうだな。で、では、陛下、よろしければ……」
「は、はい……。見せていただきます」
そう語り合うふたりは共に
やはり、ふたりの世界に入っているのだった。
「これは……」
訓練場に集まったら
鬼を食う鬼、
遙か東方の国に伝わるその伝説の
まず、剣も槍ももっていない。鎧すら身につけていない。武器となるのは
「ジェイ総将、これは……」
アステスがジェイを見た。その表情が驚きに満ちている。
ジェイは重々しくうなずいた。
「ハリエット陛下。これが、我が
「格闘歩兵……。でも、これは……」
「陛下。我々は新たな中核軍を編成するにあたり、いままでの戦いを徹底的に見直すことからはじめました」
「えっ?」
「我々は開戦以来、
「どういうことです?」
「
と言って、間合いを開けて戦おうにも、人間よりもはるかに俊敏な
つまり、
間合いの必要な
「な、なるほど……」
戸惑ったままとにかくうなずくハリエットの前で、
それは、騎士同士の模擬戦とはまったくちがった。殴りあい、取っ組みあい、投げあう。剣と剣を打ちあう騎士たちの華麗な戦いに比べれば『野蛮』とも言える戦い。より原始的で、野性的な戦いだった。
ジェイが説明した。
「
「
「はい。この
「……なるほど。ですが、あまりにも軽装に過ぎませんか? 胸から上しか守っていないように思えますが」
「
つまり、
ジェイはそう付け加えた。
「実のところ、これらのことはエンカウン防衛線を行っていた時点で、すでにアステスが分析していたものです」
「アステス団長が……?」
ハリエットはアステスを見た。驚きで目が丸くなっている。
アステスはスッと
「当時から戦いと装備の変更は考えていたのですが、兵士たちに新しい戦い方を仕込む時間もなく、それに……」
「それに?」
「……装備を新調するための資金もありませんでした。王都に対して何度も申請はしたのですが、一度も返答が返ってくることはなく、黙殺されるばかりでした」
「……武器開発の予算の大半は、勇者一行のための装備品を開発するために使われていましたからね。実のところ、その多くが開発班の博士たちの
ハリエットはギュッと拳を握りしめると、悔しさを滲ませながら言った。
『最強の戦士が最強の武器を使い、最強の敵を倒す』
その掛け声のもと、勇者一行ばかりが優遇され、一般兵がないがしろにされてきたレオンハルト王国。しかも、その掛け声すらも表向きに過ぎず、実際には開発班の博士たちが予算の多くを
開発班の博士たちはとうの昔に残った予算を抱えて行方をくらましている。
その報はハリエットも知っていた。きっと、今頃はどこか遠くはなれた土地で自分たちだけの安全地域に籠もり、嵐が過ぎるのをまっているのだろう。
――
そう思って。
ジェイはつづけた。
「しかし、諸国連合が結成されたことで新しい戦い方を身につけるための時間と、新しい装備品を開発・量産するための予算とが
「なるほど。それは頼もしい話です。ですが、あの上衣は単なる厚手の服でしょう? さすがに鎧抜きは守りに不安があると思うのですが……」
「それも、
「ですが、単なる布の服ではあまりにも……」
「もちろん、単なる布の服なら通常の鎧の方がずっとマシです。ですが、かの
「単なる服ではない? どういう意味です?」
「魔力を封じ込めた糸で織りあげられた
「
「はい。魔力を封じ込められた糸は、なまじな金属よりもよほど強靱な素材となります。。その糸で織りあげられた衣服は重鎧以上の防御力を発揮します」
「魔力を込められた糸……。確かに、そんな手法があるとは聞いています。ですが、あれは確か、糸の一本いっぽんに魔力を込めなければならず、とても時間がかかる、大量生産などとても無理だと聞いていましたが……」
「その通りです。従来の方法では。ですが、不可能とされてきた大量生産を可能とする画期的な方法を編み出した人物がいたのです」
「人物?」
「はい」
ジェイはハリエットに向かってうなずくと合図を送った。ほどなくしてふたりの人物が現れた。
ふたりともにまだ一〇代の少女だった。
ひとりはいかにも快活そうな一六、七の美少女で、もうひとりはまだ一二、三歳と思える町娘だった。
ジェイはふたりを紹介した。
「東方の国シルクスの王女サアヤ殿下と、
このふたりこそ――。
後に
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