29. 子供孕ませるのが大好きなんだ

 でかい日本家屋の門扉の前に、リムジンが止まった。

 運転手が後部ドアをあけると、地味な色合いの着物を着たばあちゃんが降りてくる。


「お帰りなさいませ、奥様」


 ツナと凛々花が並んで挨拶する。

 ばあちゃんは二人をじろりと見ると、「うん」とだけ言って、門の中へと入っていく。

 敷地に入っても、玄関まではまだかなりの距離がある。

 職人によってよく手入れされた日本庭園。

 星多や愛想美の部屋がある離れや、ツナや凛々花が住む裏手とは違って、こちらは政治家や企業人を招くことも多い正門だ。その分、かなり外見にこだわった造りになっている。

 ばあちゃんは満開に咲いたシャクナゲの前で足を止め、後ろに控えている二人に声をかけた。


「今日、山橋に会ってきたわ。県会議員やってる男での、何代も前からの地主でいくつもビルとかマンション持ってる奴だ。まあ、うちほどではねえが、金持ちではあるな。そいつが、お前らの身元引き受けてもいいって言ってきた。個人情報で悪いが、お前らの写真とだいたいの経歴教えてきたわ。気に入ったみたいでの、是非うちにこいとさ。急いでるみたいだから、一週間以内にはきてほしいと言っとった」


「…………」


 ツナも凛々花も返事をしない。

 ばあちゃんは、二人の方を見もせずに続ける。


「ツナも葉山も、家族の借金のためにうちで働いとるんだろ、山橋はうちよりいい給金だすと言っとった、利子分負担してもいいとまで言っとったぞ」


 ばあちゃんはシャクナゲの花に手を伸ばすと、それを乱暴にちぎりとる。


「花と同じで、若いときっつーのは一瞬だ。特に、女はの。ここで安月給で愛想美と星多のお守りして過ごすか、山橋んとこいって家族の借金早くチャラにするかだ。ただの、覚悟はしとけ」

「覚悟……ですか」


 ツナは沈痛な面もちで聞く。もうなんとなく、察しはついているのだろう。

 だって、ツナや凛々花の家族の借金は十万や二十万という額じゃないのだ。利子の負担だけでかなりのものがある。

 そこまでするほどの価値がツナと凛々花にあるとしたら、一つしかないではないか。


「ああ。山橋はの、あいつ……悪い癖での。子供孕ませるのが大好きなんだ」


 ずっと下を向いていた凛々花がびくんと身体を震わせる。その様子をちらりと見て、なおもばあちゃんは続ける。


「いいか、あいつのとこ行くんなら、覚悟しろよ。覚悟して、腹決めて、家族のためなら自分を犠牲にしてもいいっていうんなら。この話、要は山橋の家に嫁にいくようなもんだ、山橋は見てくれ悪いし、金だけの男だども。山橋んとこの嫁みたいになって子供育てていく覚悟あるんなら、借金はずっと早く返せる」


 ばあちゃんはそこまで言って、口をつぐむ。

 三人の間に静寂が流れた。

 聞こえるのは、人工の池に落ちる滝の音だけ。

 かなりの時間がたってから、ツナは静かな声で言った。


「奥様。わたくしはなんの力も知恵もない子供で、なにもわかりません。奥様、教えてください、どうするのが正解だと、奥様はお思いになりますか?」

「山橋んとこ行け」


 ばあちゃんは、即答する。


「家族のために身を粉にできるってなら、愛想美とか星多みたいなお人好し相手にしてぬるま湯つかるんじゃなくて、苦労しねばな。ただな、本当に覚悟しとけ。……あれは、人じゃねえからな。一種の、怪物だ」

「わかりました、行きます」


 ツナは、迷いのない瞳でまっすぐばあちゃんを見た。

 そして、はっきり、言った。


「その方が良いというなら、怪物とも結婚します。子供も産みます、育てます」


 そんな女給の声を聞きながら、凛々花は黙って俯いたまま、身じろぎもしない。

 ばあちゃんはやっとツナの顔を見て、


「あのな、子供産むのは簡単だが、育てるとなると一生もんだ。その後ずっと責任を……」


 そこまで言いかけて、しかしばあちゃんは続きを言わなかった。いや、言えなかった。

 なぜなら、ばあちゃんの前に星多が飛び出てきて、怒鳴ったからだ。


「ばばあ!」


 帰ってきたばあちゃんに詳しい話を聞こうと、星多は庭のすみに隠れていたのだ。

 しかし、こんな話を聞いてしまっては、さすがに冷静ではいられなくなった。


「このばばぁっ! てめえっ! ふ、ふ、ふ……」


 あまりの怒りで星多の脳味噌がエラーを起こしたのか、うまく言葉がでてこない。


「ふ、ふ、ふ、ふ、ふ、……ふざけんなっ!!」


 やっとそれだけいうと、星多は凛々花とツナの手をとり、


「いくぞっ!」


 と引っ張っていった。


「でも、お仕事が……」

「なにが仕事だ、馬鹿っ! 先輩たちは……奴隷じゃない! 俺が……俺が……!」


 二人を強引に連れ去ろうとする星多の背中に、ばあちゃんが鋭い声を飛ばす。


「星多! 自分で一銭も稼いだことねえガキが、知った風な口きくんでねぞ! その娘が売られるのがいやだったら、すぐに二千万、耳揃えてこいやっ」


「入れ歯喉につまらして死ねババア!」


 星多は怒りにまかせて大声で叫び、二人をぐいぐいと引っ張って自室へと連れ帰った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る