18. 目の前数センチのブラチラ
この家にしては狭い居間が、
狭いとはいっても、この家にしては、である。
あの柔道場みたいな和室ほどは広くないという意味で、普通の家庭で育った星多にとっては十分広く感じられる。
この部屋では六人が掘りごたつ式のテーブルを囲んでいるのだが、あと十人くらいなら余裕で入れそうだ。
六人とは、
神道寺家では、ばあちゃんの方針で、家族も使用人もこだわらずに一緒に食事をとることになっているのである。
まさかあの
星多にとって太陽の女神である憧れの先輩と一緒にブレックファースト。
ああ、なんて素敵なシチュエーション。
とはいってもばあちゃんとか愛想美とか、大黒様みたいな大黒も一緒なんだけど。
さらにいうとブレックファーストなんていいもんでもなく、焼き魚と味噌汁と漬け物の、純和風な朝ご飯なんだけど。
ちなみに専属の料理人がいるということもなく、食事当番は持ち回りになっている。シフト制になっていて、ほとんどはお手伝いさんがつくるのだが、その中に愛想美と星多の名前まであったのには驚いた。
「自分の食う分くらい、自分でつくれるようでなければ一人前とはいえねえ」
という、ばあちゃんの教育方針であるらしかった。
愛想美に聞いたところによると、ばあちゃんは子供に贅沢させるのが大嫌いで、むしろ若いうちはなるべく苦労させるべきだと思っているそうだ。
今日の朝食は大黒が作ったらしく、大きな身体を揺らして、
「どう? おいしいですか、星多さん? おかわりは?」
ニコニコと味を聞いてくる。
正直、めちゃくちゃうまい。かつお節と昆布からきちんとダシをとったという味噌汁は香り豊かだし、自分で漬けたという野沢菜の漬け物も、最高にうまい。
「おいしいですよ、大黒さん。おかわり、もらえますか?」
大黒は上機嫌に、
「はいはい、あ、私お浸し持ってくるから、凛々花ちゃんおかわりお願いね」
「はーい」
メイド服の凛々花が星多のもとに茶碗をとりにくる。
というか、朝からメイド服なのか。
もちろん、メイド的な仕事をしている、というかそのものなのだから、ある意味で実に正しい。けど、どうしたってこの部屋には似つかわしくない。
畳、掘りごたつ、座布団、そしてメイド。
違和感どころか、サイケデリックですらある。
「じゃ、星多くん、お茶碗」
そのメイド、凛々花がフリフリのエプロンドレスのフリルを揺らしながら、笑顔で星多のもとにくる。
よかった、少しは慣れたのだろうか、凛々花の表情は昨日までより明るい。
「凛々花先輩、お願いしま……す?」
その時、星多の目に飛び込んできたのは、大好きな憧れの先輩の笑顔……ではなく、その胸元だった。
おかしい、昨日見た時には、凛々花の襟は大きな白いリボンタイで飾られていたはずだ。
それが、今日は、ない。
リボンタイがないだけならどうということもないのだけど、しかし。
黒いブラウスの胸元のボタンが外れていて、その下にブラウスの黒と対照的な、白い柔肌が見えるのだった。
思わず息をのむ。
目は凛々花の白い肌に釘付けだ。
先輩はそんなに胸が大きくないから谷間はないけど、でもこれは……。
谷間はなくても柔らかそうな肉の丘の裾野はちらりと見えていて、むしろそっちの方がリアルな艶めかしさがある。
茶碗を持ったまま固まる星多。
もちろんその視線は凛々花の隙だらけの胸元に固定されてピクリとも動かない。
も、もう少しで、し、下着が見えちゃうかも……。
ゴクリ、と生唾を飲み込む。
先輩はいつも身なりはきちんとしていて、こんなことは今までなかったのに。
慣れない住み込みの仕事でうっかりしていたのかもしれない。
たぶん、本人は気づいてないかもしれないけど、俺が言うのもなんだよな。愛想美にでも指摘してもらおうか……。
と思っても、愛想美の席は広いテーブルの向かい側で、こっそり耳打ちするわけにもいかない。
「あれ、星多くん、どうしたの?」
そんな星多の気持ちを知ってか知らずか、凛々花は屈託のない笑みで星多から茶碗を受け取り、炊飯器のあるキッチンへ。
星多はほっとして、息を吐いた。
ちらりと愛想美を見ると、寝癖のついたぼさぼさの髪のままで、パクパクとご飯を口に運んでいる。
ふと目が合って、
「なによ」
低い、不機嫌そうな声。
「いや、よく食べるなあと思って」
「食べないと成長しないでしょ、成長期なのよ」
「もう高二だろ、諦めろよ……」
「私は身体がちっちゃいから成長期も遅いのよ、これから身長も伸びるし、……浮くようになるんだから」
浮く? なんの話だ?
まあしかし、この様子だと、愛想美は凛々花の胸元に気がついてないようだ。
じゃあ、自分で言うしかないか……。
「はい、星多くん、おまたせ」
そこに、凛々花が戻ってきた。
星多の後ろから手を伸ばして、ご飯が山盛りになった茶碗を星多の前に置く。
ってことはつまり、開いた胸元が星多のすぐ目の前にくるわけで。
星多の眼球から十センチのところにくるわけで。
網膜から入ってきたその光景は、視神経を通り抜けて星多の脳の、最も原始的な部分を直撃しちゃうわけで。
そして。
「ひぅっ」
喉から、変な音が出た。
だって、ブラウスのボタンが、さらに一つ、外れていたのだからっ!
凛々花の湧きたつ乙女の匂いまで感じられる距離、網膜からの距離現在八センチ、そしてそしてなだらかな白い丘陵、薄桃色のこれは……。
ブラだ。間違いない、ブラジャーだ。
母親のものを除けば直接見るのがこれが初めて。
しかもそれは憧れの凛々花先輩のもの。
もっというと、装着中。
「ふひぇ」
思春期まっさかりの高校生、そりゃ変な声もでるってもんだ。
「ん? あれれ? どうしたのかな、星多君? いっぱい食べてね。あ、そうだ、今日のお昼は私が作らせてもらうことになってるからね、それも楽しみにしていてね」
コクコクと頷き、凛々花が持ってきてくれたご飯に手をつけるが、星多はもちろん、もう味なんて感じられなくなっているのだった。
心臓がドキドキする。
星多にとって、凛々花は書道部の部室で陽光みたいな笑顔を見せてくれる女神様なのだ。
その女神様の、目の前数センチのブラチラ。
花柄だった。
生ブラだ。
凛々花がその場を離れても、星多の脳内SSDに刻まれたそのメモリーは消えない。というかおそらく一生消えない。
透明感のある白い肌、女子特有の柔らかな脂肪が作り出すなだらかな隆起、それを優しく包み込むかわいらしいピンク色の布。
ああ、天国の丘がそこにあった。
脳内デスクトップの壁紙決定である。
頭の中がお花畑状態でフリーズしてしまった星多に、
「……あんた、どうしたの、鼻息荒いよ」
愛想美が不機嫌そうに言う。
「い、いや、何でもない……。あーメシがうまいなー」
煩悩を食欲で紛らわそうと、ご飯を口の中に詰め込む。
そんな星多の様子を見ながら、愛想美はなおも不機嫌そうに呟いた。
「まったく、わかりやすいわね……。どっちもわかりやすすぎるわ」
そしてキッチンへと戻っていく凛々花の後ろ姿を見るのだった。
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