第38話

時間は少し遡る。


 王妃から王子失格宣言を受けたレクネンは、次の王位はエルランドが継承するのだろうと考えた。王国は国家存亡の危機に瀕している、このような時代に王位を継承するのなら強い王でないと国が滅びる事になる。


 母に置き手紙だけを残して王宮を脱出したのは、普段のレクネンではありえない暴挙とも言える。だけどハリエットの言う通り、身分を剥奪された上で平民落ちをして城下に放逐される事になるのなら、今から城を出たって何の問題もないと考える事にしたわけだ。


「ハリエット、侯爵からの連絡によると、すでにオーバリー子爵は捕まえたんだよな?」

「そうですね、オーバリー子爵には麻薬の中継地となっている拠点を全て吐き出してもらわないと非常に困るのですが、なかなか強情な所があるようですね」


 馬車に乗る前に侍従が知らせてくれたところによると、麻薬の統括役を担っていたオーバリー子爵としては、王国が帝国に滅ぼされるのは決定事項となっているらしい。王国が倒れるまで我慢をすれば良いとでも思っている節があるようなのだ。


「拷問をしてでも吐かせるつもりですが、とりあえず、一度、殿下には王都を出てオーグレーン侯爵領まで移動して頂いた方が良いと思うのですが」


 ハリエットは推しがデブのおじさんに貞操を暴かれる事がないよう、安全に領地まで移動させないといけないと考えていた。


 今の所、王子を誘拐してしまったような状態だが、王弟エルランドに事情を説明した手紙を送っているので、何とかしてくれるだろうとハリエットは気軽に考えていた。


 王弟エルランドと自分は前世の記憶を持つ友達である。どの物語でも、モブであれば前世を共有する人とはズッ友でいられるはずなのだ。


「あー・・本当に、ヒロインとか悪役令嬢なんかに転生しないで、名前も出てこないモブに転生、モブ転生しておいて良かったー」


 先ほどの話を聞いている限り、王宮内は帝国の間者がうじゃうじゃいるような状況なのだろう。だとするとレクネン皇子は廃嫡、身分剥奪からの平民落ち奴隷エンドを迎える前に、暗殺エンドを迎える可能性も大なわけだ。


「ハリエット嬢、私はとりあえず侯爵領に行く前に、カルネウス伯爵邸を訪れたいと思うのだが」


「えええええっ!カルネウス伯爵邸ですかぁ!」


 カルネウス伯爵はイングリッドの母方の叔父であり、今現在、イングリッドは伯爵の世話を受けている事になる。


 王子が頑なに見舞いや面会を断られていた事は知っていたけれど、こんな追い込まれた状況で伯爵邸に行きたいだなんて!


「そこまでイングリッド嬢に会いたかったんですね!愛する婚約者候補筆頭様ですもの!その気持ちわかります!わかります!」


 何せ、イングリッドの気持ちを動かす為に、当て馬行動をしまくった王子である。拗れた王子は愛するイングリッドを最後に一目だけでも見たいとか、そんな事を考えているのかもしれない。


「愛だわ・・・」

 ハリエットが一人で感極まっていると、レクネンが冷静そのものの様子で言い出した。


「イングリッドに会いに行くのではなく、私はイエルド・カルネウス卿に会いたいのだ」

「姪御さんを私に下さい的なやりとりをしたいとお考えなんですね!」

「なんでそうなる!」


 怒りに目を見開きながらハリエットの子リスが驚いたような顔を見つめると、大きなため息を吐き出した王子は、

「私のやり方が間違っていたのは十分に理解しているし、王宮を出て王太子の座を失ったようなものなのだ。イングリッドはとうの昔に諦めた」

歯軋りギリギリ言わせながら言い切った。


 歯軋りする推しも素敵だわ!


 そんな事を思いながらハリエットがうっとりと見つめていると、レクネンは胸の前に腕を組み、長い足まで組み替えながら、眉間に皺を刻み込んだままの様子で言い出した。


「要するに、帝国の差配により今、王国は麻薬が蔓延しているような状態なのだろう?麻薬を運ぶのは水路を使う、我が国には水の国と呼ばれるだけあって河川が縦横無尽に走っているのは間違いない事実。何処を拠点として麻薬を運んでいるのかという所が問題で、その部分については子爵を拷問にかけて吐かせようとしているという。であればな、拷問は君の父君に任せてしまって、私は別方面からアプローチしたいと考えているのだ」


「別方面てどの方面ですか?」

「カルネウス伯爵家が何で金を儲けているかは君でも知っているだろう?」

「王国中を網羅した物流業で伯爵家は成功をした」

「そうだ、水路を使った輸送に特化したカルネウスは王家も頻繁に利用をしている。そのカルネウス伯爵が、麻薬の流れについて全くの無知なんて事があるだろうか?」


 ゲームの内容に則るようにして動いていた王子はクソだった、ハリエットだってクソだなと思う事も度々だった。ただ、好きな娘に見せつける為に、乙女の唇を奪いまくるのはどうなんだ?と思わない事もなかったのだ。


 それが一体どうしたのだろうか?

 王宮を飛び出しただけで、その金色の瞳は叡智に輝き、真相を暴くためにと自ら率先して動こうとされている。


「最高だわ!」

 

 ハリエットはレクネンの手をぎゅっと握りしめた。


 父が領地に移動したから自分も移動しなければいけないと思い込んでいた節がある。すでに物語から外れた身、しかもモブ、何をしたって問題がないといえば問題ない。


 何せ王弟様が前世の記憶を共有するズッ友(勝手に認定)なのだ!

 今のハリエットに不可能はない!

 であるのならば、推しの望みの通りにするのが真のファンであると言えるだろう。


「侯爵邸には向かわずに、今すぐにカルネウス伯爵邸に向かって頂戴!」


 馬車の小窓を開けながら御者に命じると、御者は何の疑問を持つ様子もなく、頼もしい様子で一つ頷いてくれた。

 先触れなど一切出していないけれど構うものか!推しのためだもの!怒られそうになったらイングリッド様のお名前を出してしまいましょう!


 イングリッド様は前世の記憶を共有するズッ友(勝手に認定)なのだ!きっと良いようにしてくれるのに違いない。

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