第36話

イングリッドがまず始めたのが、囮を帝国側に送り込んで、敵軍を誘き出すということ。


 テレビのドッキリで定番中の定番といえば落とし穴。

 領地に到着した次の日から穴を掘りまくってもらったので、大きな落とし穴が3つ、第六師団が到着するまでに作り上げる事が出来たのだ。


 深さは三メートルほどのすり鉢状の落とし穴で、なかなか自力で抜け出す事が出来ないように工夫を凝らした。この落とし穴に60〜80人程度がドンッと落ちるように仕掛けるのはなかなか難しかった。


どうやら囮役が無事に帝国兵を誘き出す事に成功したらしい。


「帝国に協力してくれるという子爵がこちらの方に向かっておりますので、街の近くまで案内させて頂きます」


帝国軍としてはヴァルベリー平原で王弟エルランドとぶつかり合う前に、公爵領の大きな街に帝国の兵を秘密裏に送り込み、占領下としておきたいと考えている。


 平原で王弟の軍を挟み撃ちとした後に、雪崩れ込むようにしてエヴォカリ王国の王都まで進軍を果たす。

 王都では民衆に反乱を起こさせるように手筈が済んでいるし、王宮にも多くの間者を潜ませている為、簡単に王都も王国も落とす事が出来るだろう。


「皇帝の意思に反してアリヴィアン皇子が兵を動かした時にはどうなるものかと思ったが、全ては皇子の思うままに進んでいく。全ては神の差配によるものであったのかもしれないな・・」


 そう思いながら帝国の将校が自分の部下八十名を引き連れて森の中を進んでいくと、いきなり足元が崩れ落ちて地面の下へ吸い込まれるように落ちていった。


 どうやら先が丸まっている棒や梯子などで押されているようで、地上に残った部下たちも次々と穴の中へと落ちてくる。あっという間の事で剣を引き抜く暇さえなかったのだ。


 そうして泥に塗れながら呆然と上を見上げると、油が勢いよく撒かれていった。柄が長い柄杓も使っているため、全員に満遍なく油がかかるようになっている。


 どうやら、この穴の中で火炙りとなるようだ。


 攻城戦を経験した者は誰しも油をかけられる恐怖を知っている、火種を投じられただけで全身が炎の塊と化す事になるのだ。


 誰しも炎の恐怖に慄いていたところ、穴の上を覆い尽くすような布がかけられてしまった。そのまま放置される事になった一団が、恐怖に慄き続けたのは言うまでもない。


                ◇◇◇


 大人数を一気に落とし穴でズボッと落とすのは非常に難しい。

 穴の上に竹と若木で組んだ網のような物を置いて、土と草を被せていく。案内人が歩くところだけ一本の木が渡してあるけれど、それ以外の所は非常に足場が心許ない事になっている。


 バラエティーよろしくズボッと落ちればそれでいいし、一部の人間だけが落ちるだけで、多くの人間が落とし穴から逃れたとしても構わない。すぐさま梯子を持った部隊が飛び出し、敵をあっという間に押し出すようにして穴の中へと落としていくからだ。


 剣を引き抜く暇も弓を引く暇も与えない、魔法を使ったところで何の足しにもなりやしない。この世界には魔法で宙を浮くなんて芸当が出来る人間が居るわけもないのだから。


「あっははっはっは!落とし穴って落ちる瞬間が最高!まじで最高!あの、ヒュッと下に落ちていく時の顔がいいんだよな〜、エルランド様やハリエット嬢に見せたかったな〜!」


 油をかけて恐怖を煽った後に、布で落とし穴に蓋をしたイングリッドは、

「これで2日放置することになります〜」

と、周りに宣言したのだった。


 水も与えず二日も放置すれば、穴の中の奴らは火炙りの恐怖と喉の渇きで大分弱ることになるだろう。

 イングリッドの予想通りでいけば、今回のエヴォカリ王国への侵攻作戦は、ゲームの攻略対象者だとかいうアリヴィアン皇子の独断によるものとなるのだろう。


 だとすれば、今、現在、皇帝が麻薬によって状態異常を起こしているため、こちらの手の者が皇帝を回復させるために向かっていると言えば、捕まった奴らは色々と考える事になるだろう。


帝国内で一番権力を持ってるのは皇帝であり、現在の皇帝は周辺諸国を飲みこみ、今の規模にまで帝国を成長させた覇王とも呼ばれる人である。ポッと出のアリヴィアン皇子か、それとも皇帝か、どちらを選ぶかなんてちょっと考えるだけで分かるだろう。


皇帝は我こそ一番、子供などおまけ程度にしか考えないような人物だと聞いている。であるのなら、正気に戻った皇帝がアリヴィアン皇子を放置しておくのかどうか・・・


 穴の中の帝国人は大きな叫び声をあげているけれど、森の中なので何の問題もない。他の二つの落とし穴も、一つは上官一人だけが落っこちたそうだが、残った兵士は全員、長梯子部隊が叩き落としてしまったらしい。 


 帝国領から公爵領に侵入してきた帝国の部隊は近隣の街を制圧していく予定で居るので、二日三日、連絡が遅れたとしても何の問題もないのだった。



 イングリッドが思うに、誰だって好きで麻薬に関わっているわけじゃない。

いつの間にか雁字搦めとなって身動きが出来なくなり、抜け出すことが出来なくなっている。


 子爵や男爵の奴らは多額の借金を作ってしまったが故にはまり込んだ沼であり、彼らは沼で泳ぎながら楽しい思いをしてきたのだろうが、同じように楽しめるやつらばかりではないだろう。


 浮かばれないのが、彼らに巻き込まれた親族たちという奴で、何も好き好んで、敵国である帝国の言いなりになった上で、麻薬の精製や売買になど手を出していたわけではない。


 当主である公爵が認めることであるし、自分たちが公爵の命令を受けて帝国に手を貸しているのだが、帝国から魔鉱石を仕入れる際には生きた心地がしなかっただろう。


 上に命じられ、帝国から運び込まれたものが国を窮地に陥らせるものであると分かった上で、アハティアラ公爵領へと運び込む。


 上の人間はふんぞりかえって甘い汁を吸うだけ、大変な思いをするのは分家のしかも三男や四男の使い捨てにして良いような者ばかり。

 それでも男爵や子爵に逆らえない、彼らの後には公爵の後ろ盾があるのだから。

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