第26話

知識の塔へとやって来たイングリッド、まずは自分で『黒色火薬』の生成を行おうとしたのだが、

「ドレスは色々と危ないから、男物の衣服を貸してくれないか?」

と、エルランドに向かって言い出した。


 火薬の生成を行うということで、自分の叔父となるカルネウス伯爵に男物の衣服を所望したらしいのだが、あえなく却下された為、将軍位に就くエルランドを頼る事としたらしい。


 この世界は魔法を中心に戦争を行っているという事もあって、大きな魔力を持つ女性は騎士職に就いて戦場にも出たりするわけだ。一応、イングリッドが着ても問題ない衣服といえば、思い当たらない事もないわけで・・


「おお〜おお〜宝塚とか言っちゃうあたり、ハリエット嬢もまさか、まさかの異世界転生しちゃいました系ってやつ〜?」


 紺地に銀糸の刺繍が入ったフロックコートに漆黒の胴着(ジレ)、純白のズボンに膝丈の漆黒のブーツ姿のイングリッドは、ハリエット・オーグレーン嬢の両手を握り、上下にぶんぶんと振っている。


 淑女の中の淑女とも言われた令嬢は死んだ。

 本当は死んでいないかもしれないけれど、死んだと思った方がエルランド的にはスッキリする。


レクネン王子の婚約者筆頭であったイングリッドは、家族から放置され、精神的にも虐げられ続け、王子からもつれない態度を取られ続けた末に、毒を盛られて倒れてしまった。


 その時にイングリッドとしての可憐な何かが死んでしまって、前世、麻薬の売人だったなにかが表に出てきたのだ。


 ガチ中のガチである売人は、

「アレッち〜、マテッち〜、黒色火薬についてミカエル様に説明してやって〜、ドルッちはとりあえず自分なりに魔法じゃなくて火薬を使用した銃火器の使用方法を考えてみてよ〜。ちょっとうちらは茶〜してくっから、あとはヨロ〜」

と言って、休憩所という名の武器担当であるドルフの執務室へと移動していく。


 知識の塔の叡智とも呼ばれる三人を○○っち呼び?

 塔の長であるミカエル様は様付けだから良しとすべきなのか?


「エルランド様も尋ねたい事があるんでしょ?早くしてよ〜」

 こちらを振り返ったイングリッドがヒラヒラと手を振っていた。


 武器開発の担当責任者となるドルフは庶民の家なら丸々一個は入るだろうと思われるほどの広さの執務室をあてがわれていた。

 実験場の目の前にあり、工作途中の武器が山のように置いてあるここは、機密が山盛りとなった場所なのだが・・・


「ハリエット様〜、ドーナツと紅茶でいいかな〜、ドルッちドーナツしか置かない性質だからごめんだけど、味だけは保証するよ〜」


 イングリッドはハリエットとエルランドの前に紅茶とドーナツを置いていく。


「あのさ、私とエルランド様は前世の記憶を持っているんだけど」


 ドルフの執務室には、年季が入った応接セットが申し訳程度に置かれており、イングリッドはハリエットの隣に座りながら、

「ハリエット様って宇宙飛行士かなんかなのかな〜?」

と、問いかける。


「イングリッド、なんでハリエット嬢が宇宙飛行士なんだ?そう考える根拠はなんなんだ?」


 エルランドはハリエットについてはオーグレーン侯爵家の令嬢という事と、レクネン王子の婚約者候補として名を連ねているという程度の事しか知らない。


 毒を飲んでから生まれ変わる前の記憶を取り戻したという事を塔の長であるミカエルに報告した所、

「私も、前世の記憶を持っていると思しき人物については心当たりがあります」

と、ミカエルが言い出した。


 エルランドとイングリッドは、前世の記憶持ちというならフィリッパではないかと思い込んでいたのだが、完全に想像の枠外にいる人物が現れた事になる。


「えっと・・宇宙飛行士じゃなくて、保育士だったんですけど・・・」

「え!保育士!嘘でしょう!」


 ハリエット嬢の言葉にイングリッドは仰天した様子で目を見開いた。


「エルランド様は元自衛官で、僕は生まれ変わる前は麻薬の売人だったんだよね?だとしたら、次に来るのは宇宙飛行士あたりだと思っていたんだけど!」


「だからなんで宇宙飛行士なんだよ?宇宙飛行士だと思った根拠はなんなんだよ!」


「いや・・レアな職業で取り揃えられているのかと思ったから・・・」


 麻薬の密売人(しかも中南米を拠点としたガチな仲買人)はレア中のレアだけど、自衛官はそうでもないと思うぞ!と、エルランドは胸の前に腕を組みながら、心の中でつぶやいた。

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