第7話

この時のフィリッパは知らないようだが、レクネン王子にはフィリッパの他にも親密になっている令嬢が何人もいた。


 子爵家や男爵家という身分が低い家の令嬢ばかりとなるため、周りも放置しているところがあったのだ。


公爵令嬢であるフィリッパは、男爵令嬢である母が愛人の立場の時に産み落としている事もあって、公爵家に籍は置いていたとしても扱いとしては庶子という扱いになる。


 要するに身分は低い、つまりは、何かあったとしても揉み消せるし、抹消しやすい存在という事になる。


「母上、王太子である私が父の後を継いで王位を継承する事は十分に理解していますが、私はもう、息が詰まって仕方がないんですよ」


 王国の唯一の王子として生まれ出たレクネンは、幼い時から王国を背負わなければならないという重圧に苦しんでいるような子供だった。


「王族としての責任は果たします、ですが今は、自由な空気を吸いたいのです」


 十五歳となって成人の儀式をすれば大人としての自覚が芽生えるだろうと考えたものの、落ち着く様子もなく月日だけが流れた。そうして王宮を訪れる蝶と戯れながら、正式な婚約者を迎える事になった息子の姿を見つめて、王妃ペルニラは頭を抱えこんでいた。


「妃殿下、イングリッド嬢をお連れいたしました」


 王子との面談をせずに、王立図書館へと移動したイングリッドを自ら迎えに行った王弟エルランドが、複雑な面持ちで戻ってきた姿を見て、王妃もまた、その美しい顔に複雑な表情を浮かべていた。


 王妃の専用サロンには、すでにカルネウス伯爵家の当主イエルドが来ており、その場で立ち上がって恭しく辞儀をしている。


「王国の輝ける月であるペルニア妃殿下にご挨拶申し上げます」


 王国では国王を太陽、王妃を月として称するのだが、美しいカーテシーをするイングリッドを眺めた王妃は、この娘こそ月の化身のようだと思い、密かに微笑を浮かべた。


「顔をお上げなさい、イングリッド、貴女には本当に申し訳ないと思っているの」


 亜麻色の髪を結い上げた王妃は年齢を感じさせない女性であり、王国の薔薇と称されるだけの美しさを持つ。

 イングリッドが月光のような儚げな光だとするのなら、王妃は真夏の太陽のような輝きを持った王国で最高位の女性となる。


「叔父様も、お久しぶりにございます」


 イングリッドの銀色の髪色は叔父であるイエルドと全く同じもの。顔立ちは全く似ていないものの雰囲気が似ている二人は、お互いに目線を交わすと微笑を浮かべる。

「手紙ではやり取りをしていたが、直接顔を合わせるのは姉の葬儀が最後だったから10年ぶりか」

「もう、それほどになりますか」


 アハティアラ公爵はイングリッドの母が亡くなるとすぐに、後妻として男爵家の娘であったフレドリカを公爵邸に招き入れた。

 そのフレドリカが連れてきた娘は、公爵との間に出来た娘だという。


 公爵は実子として公爵家の籍に入れたいようだったが、庶子扱いに留めたのが王妃ペルニアだった。


 公爵の後妻となったフレドリカは、多くの高位の貴族令息を魅了し、今の国王をも虜とした事で、一時は魅了の魔道具の使用も噂された人物となる。


 王妃はフレドリカの排除に全力を尽くし、それが理由で国王との間に禍根を残しているのもまた事実。そのフレドリカの娘が最近、息子のレクネンに接近しているという話は聞いてはいたが、今日は、婚約者となるイングリッドに見せつけるようにして、白昼堂々と庭園で接吻をしていたというのだ。


「イングリッド、貴女には不快な思いをさせてしまったわね」

「いいえ、不快な思いなど何もしておりません」


 王妃のサロンはガラス張りで出来ており、冬でも春の花が咲くほどサロンの中は暖かい。冬を越えて春となり、サロンの外に植えられたカサランの薄桃色の花が満開に咲き乱れている。


 開け放った窓から入り込む風が清々しく、舞い散る花びらの幾枚かは、サロンの中へと入り込んできた。


 色とりどりのケーキや焼き菓子が並べられたテーブルには、王妃、王弟、イングリッドとその叔父のイエルドしかおらず、侍女や護衛は声の届かぬ場所まで下がっている。


「妃殿下がお覚悟を決めるきっかけの一つとなれば幸いとも思っておりました」


 意味がわからないといった様子の王弟エルランドにイングリッドが微笑を浮かべる。


「この国は沈みかかった泥船ね」


 王妃の言葉に、伯爵とイングリッドが小さく頷く姿を見て、ますます困惑した様子となるエルランドを見て、王妃は花開くような笑みを浮かべた。


「ねえ、エルランド、これから話す内容は、私も十分に調べた上での話になるの」


 王弟エルランドは二十一歳、王妃のただならない様子に気がついた様子で、精悍な顔をますます引き締めて王妃の美しい顔を見つめる。


「その話を聞いた上で、貴方は実の兄である国王に付くか、義理の姉となる私に付くか、即座に判断しなさい」


 大きく見開いた義弟の顔が思いの外、幼く見えて、王妃はその美しい顔に苦笑を浮かべたのだった。

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