第6話 弓月のお願い
「ひどいなぁ。何で逃げるの?」
結局、あたしは弓月さんに追いつかれてしまい、海岸道路の脇に自転車を止めるはめになった。
「す、すみません! 考え事してて……」
言い訳しながらあたしは俯いた。
じりじりと後ずさり、黒い物の怪からなるべく遠ざかろうとしていたら、弓月さんに顎をつかまれてクイッと上を向かされてしまった。
「ねぇ七海ちゃん、俺、何かきみに嫌われるようなことした? そんな風に怯えられるとショックなんだけど」
弓月さんはこんな時でも笑顔だ。でも、その笑顔がなんだか怖い。
「…………でもまぁ、きみが見える人なら、怯えられる心当たりはあるんだけどね」
怖い笑顔から一変、弓月さんは少し困ったように眉尻を下げた。笑顔には違いないのに、何だかとても悲しそう。
弓月さんの言う「見える人」とは、あたしのような「霊感がある人」のことだろう。霊感がある人なら、弓月さんの中にいる物の怪が見えるから、怖がられても仕方がない、という意味なのだと思う。
「────で、なんで俺を避けるの?」
「ええっと、それはイケメン恐怖症だからで……」
「そんな嘘ついてもダメだよ。七海ちゃん、嘘つく時だけすごく挙動不審だもん」
「きょっ、挙動不審?」
「うん」
弓月さんはにっこり笑う。
なぜこんなに爽やかに笑えるんだろう。あたしは石で頭を殴られたくらいショックを受けているのに。
「ごめんごめん。七海ちゃんがあまりにも素直だから意地悪しちゃった。ちょっとそこに座らないか? 実は、きみにお願いしたいことがあるんだ」
弓月さんはそう言うと、海岸道路から浜辺へ下りる階段を二、三段降りた所に座り込んだ。
あたしは黒い物の怪の気配が恐ろしくて、今すぐ自転車に乗って帰ってしまいたかったけど、さすがに先輩を置いていくことは出来なかった。
物の怪つきでも、弓月さんは葵ちゃんのお兄さんだし────。
お願いという言葉も気になるし、あたしは仕方なく、弓月さんから二人分くらいの間をあけて階段に座った。
「七海ちゃんはさ、七海ちゃんのひいお爺さんが、この町の出身だって話は知ってる?」
「あ……はい。この間、両親がそんな話をしてました」
「そうか。それなら話は早い。実はね、うちの爺さまが、きみを俺の許嫁にしたいらしいんだ」
「へ? い、許嫁、で……すか?」
あたしはびっくりして、弓月さんの顔を直視してしまった。
「うん。そうなんだ。いきなりこんな話、びっくりするよね?」
目が合うと、弓月さんはとろけるような微笑みを浮かべて首を傾げる。
あたしは視線を外したいのに、身体がコチコチに固まってそのまま動けなくなってしまった。
「この間の歓迎会も、うちの爺さま的には、顔合わせのつもりだったみたいなんだ」
「へ?」
「いつの時代だよ、って思うよね? 都会で育った七海ちゃんにはわからないと思うけど、田舎はまだ古い風習が残ってるんだ。特にうちの爺さまはね……七海ちゃんのお婆さんがこの町を出て行かなかったら、うちの爺さまと結婚するはずだったらしいんだ」
「え、あたしの、おばあちゃんが、先輩のおじいさんと、ですか?」
「そうなんだ。込み入った事情があって、うちの神社には霊能力のある人が必要でさ、きみのお婆さんにはその素質があったみたいなんだ」
「おばあちゃんに……霊能力が?」
聞いたことはなかった。おばあちゃんはあたしがまだ小さい頃に亡くなっていたから、ほとんど話を聞いたことがなかった。
「たぶんね、七海ちゃんのお父さんに診療所の医師になって欲しいってお願いしたのは、七海ちゃんと俺を結婚させるためだと思うんだ」
「ヒィェッ…………コン……」
変な声が出た。
でも、次の瞬間にはスンっと心が落ち着いて、弓月さんのお願いというのがわかった気がした。
「ごめんね。七海ちゃんには出来るだけ迷惑をかけないようにするつもりだけど、近々、爺さまが、正式に話を持っていくと思うんだ」
「わかりました! 先輩のお願いというのは、その話を私から断ってくれってことですよね?」
あたしはビシッと背筋を伸ばして弓月さんの申し出を快諾しようとした────なのに、弓月さんはにっこりと微笑みながら首を振る。
「ううん。その反対なんだ。七海ちゃんのご両親は絶対に反対すると思うから、七海ちゃんの意見を聞かれたら、俺の許嫁になっても良いって答えて欲しいんだ」
にこにこ笑顔を崩さない弓月さんの前で、あたしの頭は真っ白になった。
「ソレ…………ゼッタイ、ムリデス」
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