94 ヘッツ要塞



 ラータ将軍の第三軍とともに、俺は馬車馬に直接騎乗して東に向かった。


 もちろん、キッサとシュシュも一緒の三人乗りだ。


 なにしろ、俺は馬の手綱なんて握ったこともないからな。


 そのへんはキッサに全部まかせた。


 しっかし、馬に乗れない騎士ってのもかっこ悪い。


 そう思ったので、たまにはキッサに手綱を貸してもらって少し練習もしておこう。


 いずれにせよ、軍用馬じゃなくて馬車用のでかい馬だからなあ。


 あんまりかっこよくないよなあ。


 のちに、馬車馬騎士との異名もとることになるなど、この時の俺は知るよしもなかった。


 いやあ、かっこ悪いなあ。



「……一万人の軍隊の進軍となると、なかなか壮観ですね……」



 キッサが言う。


 たしかに、一万人もの軍隊がそう広くもない街道を行く陣容はなかなか壮観だ。


 だけど、これは危ない。


 せっかくの大軍も、狭い道を細長く行進するのは、けっこう危険なことなのだ。



「そうはいっても他に道はないからね」



 ラータはのんびりとそう言っていた。


 もちろん、なんの手当てもしていないというわけじゃない。


 馬離れした能力を持つイアリー馬を駆るイアリー騎士団が、先行して偵察している。


 現在のような細長い隊列を組んでいる場合、横からの突撃を受けるとあっさり壊滅してしまう。


 そんなことのないように、ヴェルを中心としたイアリー騎士団が念入りに偵察をしているというわけだ。


 ちなみに俺のいる場所は行進する軍の先頭。


 俺の戦闘能力もそうだが、キッサの索敵能力も高く評価されてこの配置になった。


 俺たちの総大将、皇帝ミーシアは中央より前よりの場所。


 一番軍が厚くしてあって、なにかあったら俺もすぐに駆け付けられる距離だ。



「はぐ、はぐ、軍隊のごはんも、おいしいね」


「おいおい、それは今食うもんじゃないぞ……」



 馬上で九歳幼女のシュシュが、大きなパンにかじりついている。


 こいついつでも食っているな。


 そのうちあっという間に成長しちゃいそうだ。


 うん、そのときが少し楽しみだな。


 それまでに死なないようにしないと。


 騎士たる俺が戦闘で死ぬのは誉れかもしれないけど、それはこの九歳のシュシュの死も意味する。


 それを考えると、なんとしても生き残ってやる、という気分になる。


 キッサがいつも妹のシュシュのことを気にかけていたけど、いまや完全に俺も同じ気持だ。


 俺は一人っ子だけど、本当に妹ができた気分ってやつだな。



「エージ様、あと数カルマルトで要塞に近づきます」



 ヘッツ要塞。


 西方からの侵略にそなえて、帝都の西、天然の山と川に挟まれた要衝に作られた要塞だ。



「難攻不落の要塞って聞いたけど……」


「うん、なにしろ私が設計した要塞だからね」



 いつのまにか、騎馬のラータ将軍が隣にいた。



「もともとここには小さな砦があったんだけど、なかなかいい地形だったからね。私が奏上して要塞をつくらせたんだ。背後に切り立った山、手前に川。中には千人の兵。一年は持つ兵糧。自分でつくらせた要塞を、自分で攻略しなきゃいけないとはね。正直頭が痛いよ」



 この要塞の主はヘンナマリ派で、何度か伝書カルトで投降をよびかけたが、まったく応じなかった。


 どうも、自分の要塞の堅牢さにかなり自信を持っているみたいで、帰ってきた返事は、『帝都に行きたくば要塞ごと私をふみつぶしていけ』だったそうだ。



「どうしようかなあ……エージ、君ならどうする?」


「そうですね……まずはこの目でその要塞を見てみないと、なんとも言えません」



 と言っては見たものの、別に俺は軍事学を学んだことがあるわけじゃないから、見てもわけわからんけどな。


 偵察隊の情報によると、他に敵影なし。


 ラータは徹底して偵察を重視しているらしく、もっとも優秀な将校はむしろ主力部隊よりも偵察任務につかせるタイプらしかった。



「戦闘に勝つのは兵士の集団活動によるものだからね」



 ということらしい。


 実際、ヴェルも今やっているのはまさに偵察活動だ。


 伝書カルトは魔石を呑み込んだハイラ族であるキッサがいないと使えないので、通信法術を使って一時間おきに情報を送ってくる。


 前にいったが、この通信法術ってやつは送る側と受け取る側が同時に法術を展開しないといけないので、急変を伝えるのには向かない。


 ので、俺が戦った騎兵旅団と同じく、火炎狼煙を持たせてある。


 火炎狼煙ってのはつまり打ち上げ花火だが、俺が見たようなのは夜にしかつかえないので、昼間はその名のとおり煙を発するタイプのものを使うらしい。


 ま、地球上でも使われてきた普通の狼煙だ。



「閣下、このあたりの騎士にはヘンナマリ派はいないんですか?」


 俺がラータ将軍にそう訊くと、


「いないね、というよりもこのへんはね、要衝だから直轄地になっている。第六軍の管轄だね」



 たしか、前にキッサやリューシアに聞いた話だと、帝国の軍制は騎士たちの家臣団を除けば第一軍から第十軍までの軍があり、そのうち主力は第一軍から第三軍まで。


 第四軍から第十軍までは治安維持や防衛のための比較的小規模な軍、ということだった。


 ほかに近衛軍もいたが、それは反乱軍によってほぼ壊滅状態だ。


 さてその第六軍が防衛するヘッツ要塞。


 実際目にしてみると、「こりゃ大変そうだ」というのが素人目にもわかった。


 まず、急な斜面の山に沿うように建築してあり、そこからは攻撃不能。


 また、その要塞を囲むようにして広い幅の川が流れている。


 ここは北の街道と南の街道が交わる場所で、まさに交通の要衝。


 ここを抑えなければ、イアリー領からの補給路が分断されてしまうことになる。


 補給路を断たれるというのは軍にとっては死と同義だ。


 要塞には千人の兵。


 こちらはその十倍以上の兵力がいるけれど、もたもたしていると東からヘンナマリの増援がきてしまう。



「さて、こんなことになるなら、こんな立派な要塞、つくらなきゃよかったよ」



 苦笑しながらラータが言う。



「エージ卿、君ならこの要塞、どうやって攻略する?」

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