89 傀儡



 みな黙って湯船につかっている。



「…………」


「………………」



 いくつもの大きな乳房がぷかぷかとお湯に浮かぶのを、横目で見ながら、俺も黙る。


 しばらくの沈黙。


 いい湯加減なのが救いだ、もし熱い風呂だったら湯疲れしていただろう。


 一分ほどたってから、ミーシアが、



「うん、そうだね……」



 と力なくいった。


 彼女だってわかっているのだ。


 皇帝という地位の重さ、その責任の重さ。


 自分のために何人の人間が命を落としたか、何人が生活を破壊されたかを。



「陛下。私としましては。帝都に残されたものたちを助けたいと思います」



 俺はそう言った。



「うん……」



 小さな声で答えるミーシア。


「でも……今は、セラフィが皇帝になってるんでしょ? きっとセラフィなら私よりもずっとうまく皇帝やれるよ」



 セラフィというのは、たしかミーシアの遠縁にあたる皇族だ。


 今は、反乱をおこしたヘンナマリの傀儡として皇帝を名乗っているらしい。


 だが、国家の象徴たる二つのマゼグロンクリスタルはまだミーシアの耳に下がっているわけで、それを手に入れ、おそらくはミーシアの命を奪うまでは、ヘンナマリは俺たちを狙うことをあきらめないだろう。


 たとえ、このあと俺たちがイアリー領にはいり、帝国が分裂状態になったとしてもだ。



「閣下」



 俺は第三軍の将軍、ラータに尋ねる。



「たとえば、この後、帝国が東西に分裂した場合、どちらが有利になりますか?」


「そりゃ、むこうだろうね。版図自体は向こうのほうが広くなるし、人口もそうだ。今はまだ様子見の諸侯がたくさんいる。今日の午前も陛下に勅書をたくさん書いてもらったし、今はそれをあちこちにばらまいてるけど、すぐに態度を決める領主は多くないだろうね。ただし、それは今の時点での話であって、分裂状態が確定したあとは……私の見立てでは、かなり不利になるだろうね。国力で押しつぶされるのが目に見えてるよ」


「なら、……」



 俺は、うつむいているミーシアにはっきりいった。



「やはり、ここですぐに攻勢に出るべきです。そしてヘンナマリ派と決戦を行い、勝利する。たとえそこでヘンナマリを殺害なり捕縛なりできなくとも、勝てば諸侯は一気に我々の側につくはずです」



 ヴェルもすぐに頷いて、



「ま、そのとおりね、今回の場合、時間は私たちに味方しないわ」



 ミーシアはうなだれて、



「でも……セラフィと闘うなんて……もうマゼグロンクリスタルをセラフィに渡して、私は隠居してもいいのに……」



 本人がそれを望み、その通りになるならそれでいいかもしれないが、誰がどう考えたって、ヘンナマリがミーシアを生かしておくわけがないし、よくて一生幽閉だ。


 俺はヘンナマリの顔を思い浮かべる。


 性格の悪そうな表情と声、青い髪にエメラルドグリーンの胸当て、そして下半身ハイレグ。


 ハイレグって。


 あいつもきっとリューシアと同じ穴のムジナで、変態に違いない……。


 と、ミーシアを説得する言葉がふと浮かんできた。



「陛下、陛下はセラフィ殿下と仲がよろしかったんですよね?」


「え? うん、皇族の中では一番親しくしてたけど……そう思ってたのに……セラフィは私じゃ皇帝が務まらないと思ってたのかなあ……」


「救出しにいきましょう」



 と俺は言った。



「はあ? 救出って……誰を……?」



 ミーシアが首をかしげる。



「ああ、なんということだ!」



 俺は声を張り上げた。



 その場にいた全員がビクっとして俺を見る。


「あのセラフィ殿下が! ヘンナマリにとらわれてしまった!」


「おお」



 ラータがぽんと手を打った。


 俺は続ける。



「きっと今頃はどこか薄暗い部屋に閉じ込められて、無理やり唇印だけおさせられてる状態に違いない! ヘンナマリの思惑はわかってる! 自分が皇帝になりかわる、いや、自分の系統を皇統に差し替えようとしている! 陛下、ヘンナマリが次にしようとしていること、わかりますか?」


「え? いや、わかんない……」



 俺はヘンナマリの耳に飾られたラスカスの聖石が、青く光っていたのを思い出した。



「ヘンナマリは! 不敬にして不遜にも! セラフィ殿下に自分の子供を生ませようとしている!」



 とたんにミーシアの顔が青ざめる。



「いや、いまごろ殿下の子宮にはすでに……」


「だめだよそんなの!」



 お湯から立ち上がって叫ぶミーシア。


 ええと、そんなふうに立っちゃうと、裸なんだからつつましやかなおっぱいが丸見えなんですけど。Aカップなんですけど。


 お肌すべすべだなあ、陛下。


 いや、それは今はどうでもいい、あとで反芻しよう。



「セラフィがかわいそうだよ」


「はい、ですから助けにいきましょう! ラータ閣下、ヴェル卿、エステル卿、我々でおかわいそうなセラフィ殿下を助けにいきましょう!」


「もちろん!」


「そうすべきだろうね」



 みんな口々に賛成の言葉を発する。



「陛下、よろしいですね? これから我々でセラフィ殿下救出のための作戦をたてます!」


「う、うん、みんな、セラフィを助けてあげて? ……なるべく早く」


「はい、今すぐならまだ間に合うかもしれない! お風呂からあがったら、さっそく作戦会議をしましょう!」



 実際、口からでまかせの仮定だったが、正直、ヘンナマリがセラフィに子供を生ませるというのはかなりありそうなことだ。


 そうすれば自分は次期皇帝の聖石母となり、帝国内で権力をより確実なものにできる。


 聞いた話では、ヨキ殿下とかいう、宮廷内でも力を持つ皇族がほかにもいるらしいし、権力争いとしては、セラフィ殿下の子宮をヘンナマリとヨキ、どちらが奪うか、というのもひとつの争点だろう。


 その前に俺たちが帝都を奪還し、ミーシアの友人であるセラフィを助けるのだ。



「決まりですね。では陛下、我々に湯伽をさせてください」





 

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