第四章 兎とナイフ

68 包囲網

「痛っ! え? なに? なになに?」



 地面に頭をぶつけたミーシアが飛び起きた。



「陛下、敵襲かもしれません……頭、大丈夫ですか?」


「え、頭は大丈夫だけど。それより敵って……?」


 


 不安そうな顔で俺とヴェルの顔を交互に見る少女帝。



「そうかもしれません……キッサ!」



 俺はキッサに叫ぶ。



「キッサ、もっと詳しく見れるか!?」


「はい、やってみます! 我を加護するキラヴィ、我と契約せしレパコの神よ、我に闇の向こうを見せしめよ!」



 夜の闇の中、キッサがその方向に向けて二本の指を差し、詠唱する。


 彼女は遠視・透視・暗視の法術を使えるのだ。



「北東から……騎馬兵……三〇〇ほど……距離五カルマルト!」



 つまり、五キロ先ってことか。



「旗の紋章とかは見えるか?」


「羽の生えた犬? のようなものが描かれてる紋章です……」



 それを聞いて、ヴェルがちっ、と舌打ちをして、



「ジュリー・ア・ケイビー・ギャルビン! ギャルビン騎士団か……なるほど、あいつはヘンナマリとは遠い親戚ね……敵襲! 皆戦闘態勢に入れ!」



 と山賊たちに大声で叫ぶ。



「生き残れたらアルゼリオンの爵位と旧領の復帰を約束するわ! 一生山賊で終わるか、誇りある騎士として貴族に復帰するか、今ここで決めなさい! ……いいわよね、ミーシア」


「え、うん、いいよ、まかせる」



 あっさりと答えるロリ女帝陛下、まあ当然だ、下手すりゃすべてが終わるかもしれないのだ。爵位や領地の一つや二つ、どうってことない。


 山賊たちは慌ただしく武装を整える。


 しかし、三〇〇か、ヴェルと俺がいれば、なんとかなる……かな?


 いや、楽観視は禁物だ。



「キッサ、それだけか? 他にはいないか?」


「見てみます!」



 キッサは目を見開き、ぶつぶつと口の中で呪文を唱える。


 かすかに残る炭火、その明かりで、キッサの白くて長い髪が、汗で額にはりついているのが見えた。


 キッサはしばらくいろいろな方向を探索し続けていたが、突然、ピタリと動きを止め、声をあげる。



「……いましたっ! 西北西、騎馬二百! 距離……五・五カルマルト、蛙の紋章!」


「カロル・ア・ミルテ・ヘイジ! あいつはヨキ殿下の子飼いだわ……北東と西北西ね、じゃあ南に向かう、そっちにはいないわね!?」



 腰に剣を佩き、髪の毛を縛りながらヴェルが叫ぶ。


 くるりと南方向に指先を向けるキッサ、その口から出た言葉は絶望的なものだった。



「南の方向、五カルマルト、騎馬四〇〇、星と花の紋章! 南西、距離四・五カルマルト、騎馬二〇〇、槍と竜の紋章!……」



 険しい表情をして、ヴェルはいう。



「この辺――帝国の西側にはヘンナマリに従う騎士や貴族は少ないと思って油断してたわ。……その少ない騎士総動員じゃない……」



 くそ、どうなってるんだ、もしかして俺たちは囲まれてんのか?



「おい、ヴェル、どうする、ぐるりと敵がいるみたいだが、東に向かって街道を戻るか? ……キッサ、東の方向、深いところまで探ってくれ」


「わかりました」



 キッサが東を向く。


 短時間の間に法術を使いまくっているせいなのか、少し肩で息をしている。



「……キッサ、そっちはどうだ?」


「これは……かなり……まずい状況です……」


「結論だけ頼む」


「はい、すみません……騎馬二〇〇〇……王冠に二羽の鳥が止まっている紋章……十カルマルトほど先です」



 聞き間違えかと思った。


 だが間違いなく、キッサは二〇〇〇、といったのだ。



「二〇〇〇!? まじかよ、それに王冠に二羽の鳥、ってそれって……」



 ヴェルが頷く。



「そうね、第二軍の紋章よ。数からして、第二軍から騎兵旅団を引っこ抜いてこっちに向かわせたんだと思う。となると旅団長はヘルヴィ・テ・イルタか、やっかいよ。ヘンナマリのやつ、機動力のある騎士団と騎兵、動かせるものは全部動かしてまっすぐこっちに差し向けるなんてこれは……」



 くっそ、なんだこれ。



「完全包囲じゃねえか……俺たちの場所、知られてるっぽいな」


「そうね、そう思うわ……こうなったらどこか一つを突破するしかないけど……ここの場所が悪すぎるわ、こんな隠れるところもない草原の真ん中で二十人もいないこの人数。千人単位の軍を相手にするには厳しいわね」


「でももう悩んでる暇はないだろ? どうする、馬車は捨てていくか?」



 ヴェルは俺の顔をじっと見て訊く。



「あんた、馬に乗れる?」


「……いや、乗れない」



 乗れるわけねえじゃねえか、現代日本人で乗馬経験あるやつなんてそうそういねえぞ!



「ミーシアも、遊び用のポニーならともかく、こんな暗闇の中、軍馬をのりこなすなんてとても無理だと思う。馬車を捨てて騎馬で逃亡するのは難しいわ」



 俺とミーシアをそれぞれヴェルと夜伽三十五番が二人乗りで……いや無理だな、戦闘能力のある二人が、どっちも二人乗りだなんて安定性にかける。


 ヴェル以外の人間に、皇帝陛下を二人乗りさせるなんて、ヴェルが許さないだろうし。



「なら、俺は三十五番と一緒に御者席に座る。二人分の座席はあるみたいだしな。陛下とキッサとシュシュ、あと人質は馬車の中、キッサは見えたものがあったら逐一俺に報告してくれ。ヴェルとあいつら――そういや、名前なんだっけ」


「プネル・ロジェ、とかいってたわ」



 それが柔道部員そっくりな山賊の首領の名前か。


 ああくそ、名前が次から次へと出てきてわけわからなくなってきたな。


 人の名前を覚えるのはもともと苦手だっつーのに、それが横文字ともなるとなおさらだ。


 そろそろ人物一覧表がほしいぜ。



「じゃあヴェルはその、えーと、プネルと一緒に騎馬で馬車の護衛だな」


「そうね、そうするしかないわ。――ふん、どの敵からやっつけてやろうかしらね」



 ペロリと唇をなめるヴェル。


 ついさっきまでの、『女の子』なヴェルはいなくなり、戦いの中を生き抜いてきた『騎士』の顔になっている。


 さて、どうするか。


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