47 女の子の足の指
「それいけないんだよぉっ!」
九歳妹奴隷、シュシュが、銀色の髪の毛を振り乱して大声で叫んだ。
「だって、だって……それ、やっちゃだめってみんな言ってた!」
ん? それって、今ミーシアが言った、粘膜直接接触法のことだろうか?
そういえばキッサも言ってたな、原始的で危険な方法もあるとか。それのことだろうか?
「あのね、あのね、おにいちゃん」
シュシュが俺の袖を引いて言う。
「好きな人同士がそれで法力移転すると頭おかしくなっちゃうんだよ? 好きな人同士じゃないとすんごい気持ち悪くなってビョーキになるって大人の人が言ってた! だからね、お祭りの夜に認められたパートナー同士以外でそれやっちゃだめなことになってるんだよ!」
それを聞き、ほうっ、とため息をついて、黒髪おかっぱのミーシアは静かに、でも少し早口で言う。
「我が帝威の及ばぬ辺境の地のことは知りません。ですが、帝国ではそれがいつであろうとどんな関係の者であろうと、それをするのは禁止されております。国内の治安を乱す可能性がありますし、心身の健康に多大な害悪を及ぼしかねませんから。でも。……私が、認めます。この私が、許すのです。粘膜直接接触法でやります」
女帝陛下はベッドの上の親友を見やる。
ヴェルの顔は青ざめ、あんなに荒かった呼吸すら、今は心許なくなるほどに弱々しい物になっていた。
「時間がありません、とにかく、少しの希望でもあるというのなら、……なんでもやります」
なんだなんだ、いったいどういう方法だっていうんだ?
いや、粘膜の接触、ってんだから、うん、まあ想像はつくけど。
でも、頭がおかしくなるって……。それに、ビョーキ?
いや、だが。今はヴェルの命が最優先だ。どうであろうとやるしかない。
ミーシアは焦っているのか(まあ親友の命を救えるかもしれないのだ、当たり前だ)、かなりせっつくように言う。
「私は立場上、第六等未満の者、ましてや奴隷身分の者とそれをするわけにはいきません。祖霊に対して申し訳がたたなくなります」
そう言って、ミーシアは片方の靴を突然脱ぎ捨てた。靴下は履いていない。つまり素足だ。
なんだ、何を始めるんだ?
「タナカ・エージ、ちょっとここに跪いてください」
自分の目の前の床を指さし、少女帝ミーシアはそう言う。
なんにしろ陛下の言うことなので、その通りにする。
昨日、きらびやかな玉座の間で、立派な服装と帝冠を身につけたミーシアに頭を垂れたときはそんなに違和感がなかった。でも、平民どころか奴隷に変装しているミーシアに対して跪くってのは、改めて考えると、なんかこう、悪くないんだけど変な感じだ。
だってこうして見てみるとただのかわいらしい十二歳の女の子だしな。今までの人生、十二歳の女の子にこんな完全な服従ポーズなんてしたことない。
さて、この国のヒエラルキーの頂点に君臨すべき皇帝陛下ミーシアは、かしこまった口調で俺に言う。
「第八等従士、タナカ・エージ。汝を、帝国に背き、皇帝たるわた……朕を弑せんとした逆賊リューシア・テ・ユーソラ・カンナス、及び帝国を侵略せんとした魔王軍の飛竜を誅滅せし功、誠に大。その忠義と武勲、前例に照らしても格別な昇進に値す。従って、汝、タナカ・エージの昇進を認め、今ここで第五等準騎士に任ずる。今後も朕に忠誠を誓い、その命を朕に捧げるならば、朕の聖なる足に接吻を許す。…………あれ? ええと、ええと、確か準騎士だと……うーん、どの指だっけ? 誰か知ってる?」
そういってミーシアは周りを見渡すが、そんなの知ってる人間はここにはいない。
他部族出身の奴隷姉妹と農民、それに異世界出身の俺だけだ。
十二歳、しかも本来なら姉が継ぐはずだった帝位を継いだ少女。細かい儀式の手順まで覚えてないのも無理はない。
「んー。たぶん、その、右足の、この真ん中の指の爪……のような気がする。うん。きっとそうだ。そこに接吻せよ」
なんだかわからんが、皇帝陛下ともなると、何がなんでもやらなきゃいいけない儀式とか決して破ってはいけない決まり事とかがあるんだろう。
うん、たぶん、さっき奴隷少女が俺にしたみたいに、俺がミーシアのつま先にキスをすりゃいいんだと思う。
こういう形式みたいなのは守らないと、あとあとめんどくさいことになるかもしれん。地球上でも、上流階級ってのは、ましてや皇帝陛下ともなれば「形式」ってのはなによりも大事だったりするしな。
きちんと形式を踏んだかどうかは、日本の一般庶民だった俺の想像以上に重要なことのはずなのだ。
俺はミーシアの前に跪き、その素足へと言われた通りにキスをしようとする。
と。
「拝命しますって言いなさい……」
ミーシアが小声でいう。
「え? あ、はい。……拝命します」
そうか、いちいち言うセリフも形式があるよな、そうだよな。
「我が主君よ、母よりも
「ええと、我が主君よ、母よりも妻よりもあなたを愛します」
「よろしい。我が足に接吻を許す。朕の足をとり、その爪に誓いのくちづけをせよ」
その言葉に従ってミーシアの小さな足を手に取る。
うわ、ちっちぇぇ!
十二歳の女の子の足って、こんなにちっさいの?
なんか、ミニチュアみたい。
俺に触られてるのがくすぐったいのか、なんだかミーシアはもぞもぞしてる。
肌もすべすべ、爪もキラキラ、ちっちゃくてすんげえかわいらしい。
なんだろう、なんというか、別にこういう状況じゃなかったとしてもむしゃぶりつきたいくらい。
……いやまさに人の命がかかっている状況だっていうのに、俺はいったい何を考えてるんだ……。自分で思ってたよりも本能優先な人間だったんだな俺。
まあいい、ほんとに時間がないんだ。
ええと、中指だったよな?
小さな足に顔を近づけると、ミーシアの指がキュッとこわばった。
……ずっと歩きづめだった十二歳女子。靴を脱いだばかりの、足の匂い。
なんかこう、いい意味で、頭がくらっとする。
とか思っちゃうとか、死ぬべきなのは俺みたいな人間かもな。
おれはそんなこと考えながら、その芳しく美しい未成熟な足のつま先に、そっと接吻した。
瞬間、ミーシアの身体がピクンと震える。
「んくっ……。はぁ……ふぅ……他の人のときとなんか違う感じがする……。あ、おほん、よろしい、これで汝は朕の直臣となった。今後は直接の拝謁を許す……」
そこまで言って、ミーシアはふうと息をつき、
「はい、これでいいはずです、たぶん。うろおぼえだったですけど、たぶん、きっと、おそらく、いいはずです。ええと、これからあなたを介してマゼグロンクリスタルの力を解放いたしましょう」
そしてヴェルに心配そうな視線をちらり送り、
「……早くしましょう。とにかく考える時間もなにもないです、早く」
それは俺も同感だ。
でも、粘膜直接接触法といったって、何をどうしたらいいのか……。
この世界に来てやっと丸一日たった程度の俺がわかるはずもない。
俺が助けを求めるようにキッサに視線をやると、さすが俺の大切でかわいい奴隷、コクリとうなずいた。
そして、俺にむかってコツコツと靴音高く近づくと、――いきなり俺に抱きついてきた。
「え、な、なんだよいきなり?」
「今から始めるのです。私の言うとおりにしてください。まず、私も少しだけなら法力やマナが残っています。それをエージ様にお渡しします。本当に少量ですのでショックも少ないでしょう。それでコツをつかんでください。そのあと、同じ要領で、そこの――」
リューシアの「補給袋」から救出した奴隷少女をちらっと見て、
「――奴隷からも法力とマナを受け取ってください。それから受け取った法力とマナを、奴隷様――陛下に」
そういや、キッサがミーシアを陛下と呼ぶのはこれが初めてだな。もともと敵だし、最初は「お子様」呼ばわりもしてた気がする。
キッサは続ける。
「エージ様は、陛下がそのクリスタルで法力を増幅させているあいだに、シュシュから法術を受け取ってください。その後増幅された法力を陛下から頂いてください。シュシュの法術、私達の法力。これを制御し、騎士様をお救いください。エージ様なら、きっとできます。ただし。増幅された法力が暴走したりして、少しでも、ほんの少しでもエージ様が危険だと思ったら、私がなんとしてでも術式をとめます。いいですね?」
「ああ……」
「では」
キッサは俺の首に腕をまわし、俺の顔を見上げる。彼女の紅い瞳はいつ見てもきれいに輝いている。
うわ、緊張する。
俺もバランスをとるように軽くキッサの腰に手を添える。
少女の白いさらさらの髪の毛が腕をくすぐった。
キッサは、そのままくいっとつま先をあげて背伸びをした。
推定Iカップが身体に押しつけられる。
重要な術式だというのに、俺の神経はおしつけられたキッサの胸の、この世のものとも思えないほど柔らかで暖かな感触に全集中。
ヴェルの命を救うための重要な術式だというのに、本当に俺って奴はだめな奴だ。
キッサの顔が近づく。
きめ細やかな白い肌。
でも、戦いを通じて、いくつかの傷ができていて、そこからは血がにじみ出ている。いくつかは跡が残るだろう。
ああ、この子は本当に命がけで妹や俺のために戦ってくれたんだ。
童貞のファーストキスの相手としては最高だろう。
あーくそっ! だから! そんなこと考えてる場合じゃねえってのにっ!
最低野郎だ俺は。
と。
キッサは緊張した面もちで、でもすこしばかりの照れ笑いを浮かべて、
「私も初めてで恥ずかしいですから、目は閉じてください」
と呟いた。
そして、俺のかわいい奴隷は、そっと目を閉じる。
俺が目を閉じる間もなく。
キッサは俺に抱きつくようにして、俺の唇へと口づけをした。
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