22 西の塔に誓う
俺に抱きつくキッサの爪が、腕に強くくいこんできた。
懇願するような表情で俺をみるキッサ。
その目は、『こんな奴ら捨てて投降しましょう』と言っていた。
だけど、キッサ、シュシュ、すまない。
お前たちにとってはむしろ危険な選択だ。
ごめん。
でも、俺はみんなが助かる道を行きたいんだ。
それに、ここで投降したとしても、俺はともかく、キッサやシュシュを反乱軍がどうするかまではわからない。
どちらにしても危険なのだ。
第一、ここで俺が反乱軍に投降したら、少なくともミーシアの死は避けられない。
十二歳の女の子が自害するのを見過ごして、俺達だけ助かるだなんて。
死ぬときには、自分に誇りをもって死にたい。
キッサとシュシュの紅い目が俺をじっと見つめている。
顔をあげたヴェルの碧い目も俺を見る。
そしてミーシアの黒真珠のように輝く目。
今度こそ。
この人生こそ、悔いなく。
「……陛下、逃げましょう。ここを脱出するのです」
「できません……できないのです……」
ミーシアが涙声で言う。
イエスアンド話法、という言葉が心に浮かんで、俺は心の中でちょっと笑ってしまった。
こんなときまで営業の応酬話法が頭に浮かぶなんて。
イエスアンド話法とは、相手の言葉にイエスと答え、『だからこそこうすべきです』と顧客を誘導する話法だ。
俺は答える。
「もちろん、皇帝陛下たるもの、臣民を見捨てて逃げるなどあってはなりません」
イエス。
そして、アンド。
「そう、まだ陛下に従う家臣はいるのです。イアリー家の騎士団、ラータ将軍の第三軍、そして陛下に付き従う騎士たち、さらにはその領地の領民たち。ですから、その者たちを見捨てて死に逃げるなど、あってはならないことです」
「死は逃げですか?」
「逃げです。陛下はこの世の人でなくなっても、残された臣下は苦難の中残されるのです。聞けば陛下はまだすべての勢力を失ったわけではありません。陛下が生きていれば帝国は存続し、陛下のもとに団結し、反乱者たちをいつか帝都から追放できるでしょう」
「……それにはどのくらいかかりますか」
正直、首都を追われた王が失地回復できた例はあまりないような気がする。
ムスリムに征服されたイベリア半島を、再びキリスト教国が奪い返すまでにかかった期間はどのくらいだっただろうか。
スペインイベリア半島、西ゴート王国は八世紀始めに滅ぼされ、国土回復運動は、コロンブスの新大陸発見と同じ年、一四九二年に完了した。
「地球の歴史では、八〇〇年近くかかった例もあります」
「……八〇〇年……」
「しかし、それこそが義務であり、責務だと考えます。幾多の困難があり、陛下一代ではなしえなくとも、その子孫が成し遂げるでしょう。それが皇帝の臣下に対する責任であると私は思います。死よりもつらく、死よりも苦しい道をいくべきです。日本においては内戦に負けた武人の息子が、都から追放され辺境に流刑にされましたが、長じてから弟たちと共に兵をあげ、ついには日本全体の支配権を手中におさめた例もあります」
一緒に闘った弟の義経は結局兄に殺されたけどね。もちろんそんなのは今いう必要はない。
「反逆者の勝利条件はいまだ満たされておりません。今現在、陛下は反乱軍をおさえることはできなくとも、反乱軍に勝利を許してはいません。陛下はまだ負けていません」
「……負けていませんか」
「はい。反逆者の勝利条件は、……首都の掌握、軍権の掌握、陛下のお命。そして帝位の簒奪でしょう。まだ、半分も成し遂げておりません。ターセル帝国の帝位はいまだ陛下にあり、陛下が生きてご自分の勢力を維持する限り、陛下に忠誠を誓う将軍や騎士たちはいるでしょう。反逆者の勝利条件が満たされることはありません。陛下は自ら敵に勝利をお与えになるつもりですか」
「…………」
「陛下が生きているかぎり、我々は負けていないのです。突然の反逆、しかし我々はたまたまこの西の古びた塔にいて、難を逃れました」
露出プレイのためにね!
まあしかし、とんでもないラッキーではあった。
「陛下には第三等騎士ヴェル・ア・レイラ・イアリー卿が忠誠を誓っているではないですか! 今は、ヴェル卿の領地へと逃れ、反撃の機会を待ちましょう」
そして俺は今度はヴェルに向かって、
「ヴェル!」
「……なによ」
「戦うのが武人の誉れ、しかし蛮勇で命を落とすのは無能の証拠。陛下を俺たちでお守りしつつ、ここから脱出しよう」
ヴェルはすぐには答えない。
俺は燃え上がる帝都と帝城を見る。
もはや帝城側からの反撃もほとんどない。
聞こえるのは悲鳴や助けを呼ぶ叫び声。
まもなく敵が雪崩れ込んで帝城を掌握するだろう。
しばらくして、ヴェルがぼそりと言った。
「……いいわ、あんたの言うとおりにする。死んだと思ってやれば、できないことなんてないわよ」
ヴェルの顔にはすでに覚悟の表情が浮かんでいた。
そして、ミーシアの顔にも。
「キッサ、シュシュ、すまん、俺につきあってくれ」
「――仕方がないですね、私達はあなたに従うしかないですし、協力しましょう」
後に、この国で『西の塔で誓う』と言えば、生涯を通じて信頼しあうことを意味する慣用句になる。
もちろんこの時の俺がそんなこと知るわけもないけど。
自分の足にすがりつくヴェルの髪の毛を、ミーシアがやさしくなでた。
「ヴェル、ありがとう。ありがとうね。やっぱりヴェルが私の一番の親友だよ。ね、妹分のこと、守ってくれるんでしょ? そうやって私の足を支えてくれるんだよね?」
「うん……うん。ミーシアは、私が守るわ……」
ヴェルはミーシアの膝にすがりついたまま、大きく深呼吸をする。
何度も何度も。
俺はそれを、まるでロリ女帝の膝の匂いを嗅いでるみたいだ、十二歳の女の子の膝の裏ってどんな香りがするんだろう、と思って、そう思った自分に苦笑する。
俺にはまだまだ余裕がある、大丈夫だ。
ミーシアの香りを堪能しきったからか、それとも単純に心が落ち着いたからか、ヴェルはゆっくりと立ち上がった。
ニコリと妹分の主君に笑顔を見せたあと、俺に顔を向けた。
目元が腫れているが、もう涙は流れ落ちていない。
「気持ちの整理ができたわ。前に、陛下の言ったとおりね。男の低い声って、胸に響くのね」
偶然に俺が口走った露出プレイ。
その話にのった変態ロリ女帝。
それがなければこの反乱はあっけなく成功しただろう。
今頃女帝陛下も女騎士もそして俺も奴隷姉妹も炭まで焼けていたところだ。
人生とか運命ってやつは、本当に人知の及ばないところにあるもんだ。
露出プレイ、万歳。
ま、結局、ドM女帝陛下が全裸で緊縛されるシーンは拝めなかったけどね。
それはちょっと残念だけどな。
とか思っていると。
ヴェルが、身につけていた甲冑を取り外し始めた。
見た目よりも軽いのか、金属製の紅い甲冑はカシャンと乾いた音を立てて床に転がる。
金髪の女騎士は、強がっているような笑みをかすかに浮かべてこう言った。
「じゃ、あたし今から裸になるからね」
お前がやるんかい!
どういうことなんだよ!
あっけにとられてる俺たちに、ヴェルが説明を始めた。
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