6 応酬話法

「陛下のおっしゃるとおり、私はすでに陛下の臣であります。帝国の法にのっとるのが正しい行いであります。陛下のお言葉、そのとおりでございました」



 営業の現場で叩きこまれた応酬話法おうしゅうわほう、イエス・バット法を使う。


 とにかく相手の言葉は全肯定。


 まずはイエスと言ってから、その後に自分の意見を言う。


 そちらの方が意見を受け入れられやすいのだ。


 ちなみにただ単に『そうですね』というだけじゃ足りない、さらに肯定を強めておく。



「さすが皇帝陛下でございます。やはり、そのように決まっているならば、戦争捕虜は殺すべきですよね」



 ロリ女帝は黙ってうなずいた。


 とりあえず、以後は相手にイエス以外の返事をさせないように気をつける。


 イエス、イエス、イエス、と相手に肯定の返事をさせ続ける。


 催眠商法じみてきてしまうけど、俺に対してイエスと返事をするのに慣れさせておく。


 最後の決定的な一言にイエスと言わせれば俺の勝ちだ。


 ロリ女帝の顔をちらりと見る。


 いやあ、ほんとに幼いなあ。


 十二~三歳くらい? いやもっと下かも。


 経験豊富でも、威厳があるふうでもないのに、誰も俺とロリ女帝の会話に入ってこない。


 それだけロリ女帝が絶対権力を持っているのだろう。


 非常に助かる。


 ロリ女帝は異世界からやってきた俺に多少の興味があって会話を続けたいと思っているようだし、それに横槍をいれる奴がいなければじっくり話すことができる。


 俺はロリ女帝に向かってゆっくりと話し始めた。



「この者も労働力として使えればいいのでしょうが、戦争捕虜となると、なかなか難しいのでしょうね」


「そうなのです。以前、戦争捕虜奴隷による反乱が何度かあったと聞きます」


「そうですよね。反乱があると困りますもんね」


「はい。あなたの国では奴隷の反乱はありませんでしたか?」



 奴隷制が前提ですか。


 きっとこの世界の人にとって奴隷解放なんて、思いもつかないのだろう。


 文化の違いとはそういうことだ。



「現在は平和が続き、そのようなことはありません」



 俺はそう答える。


 なにしろ奴隷そのものがいないからね。


 社畜はいるけどね。


 でも社畜は反乱おこさないからね。


 限界まできたら自殺するだけだしね。


 あ、なんか涙が出てきた、いかんいかん。


 ロリ女帝はほうっ、と溜息をつき、



「平和とはうらやましいことです。残念ながら現在のターセル帝国は戦乱の中にあります。この状況で戦争捕虜を生かしておくことはできません」


「なるほど、そうですよね。生かしておくことはできませんよね。ところで」



 イエスバットといっても、本当に『でも』『しかし』を連発はしないほうがいい。その分相手が警戒するからだ。



「ところでこの奴隷が反抗しないのがはっきりしていれば有用なのでしょうけれども。戦争捕虜奴隷に反抗させない方法があればいいですよね」


「そうですね。しかし、現状、完全にそれをなくすのは難しいのです」


「そうですよね。難しいですよね。でも、」



 イエス、バット。



「反乱をおこす可能性がなく、労働力として存分に使役できるならそちらの方がいいですよね」


「それはそうですが、その奴隷は敵方の兵士でした。機会があれば反抗するでしょう。反乱の危険性は最小限にせねばなりません」


「なるほど、おっしゃるとおりです。ところで、この奴隷には妹がいるとのお話でした。この奴隷を殺すとなると、当然、その妹も殺さねば危険ですよね」



 この裸奴隷少女は、妹の命を助けろとか言っていた。


 姉の命を取られたら、その妹が反乱・反抗するリスクは最大限だ。



「……そうなるでしょう」



 俺の希望をさらっと言ってみようか。



「二人とも生かし、お互いを人質として機能させれば反乱をおこさないのではないでしょうか。二人分の労働力は貴重ですよね」


「それはそうですが……」


「日本国の歴史上、最も優秀な軍人の一人、タケダ・シンゲンという人物は、このように言っております。『人は城、人は石垣、人は掘。甘柿も……』」



 いや待て、この国に柿ってあるのか?



「『甘い果実も苦い果実も役立てよ』と。偉大なるタケダ・シンゲンは言っているのです。言われてみればなるほどと思いますが」


「そうありたいものですね」



 うん、俺が言ってるんじゃないからね。武田信玄が言ってるんだからね。



「日本の軍事専門家が言ってましたが、捕虜の殺害にはデメリットが多いそうです」



 まあ本で読んだだけだが。



「というのは、捕虜を殺害すると、敵は投降しなくなり、死ぬまで抵抗することになる、またこちら側の捕虜も殺害される可能性が高くなる、と。むしろ生かしておいて、身代金やこちら側の捕虜との交換に使うようにしたほうが有用性も高い、と専門家は言っていました」



 軽く第三者話法も使いつつ。


 その場にいない誰かの口を借りて、俺の言いたいことをかわりに言ってもらうのだ。


 さっき俺は軍人じゃないと言っちゃったし、それなら俺の言葉として言うより、専門家の言葉として語ったほうが信頼されるってもんだ。



「そうですねえ……それはわかっていますが……」



 ロリ女帝はあやふやに答える。



「そこで、試しに」



 俺は『試しに』をちょっと強調しつつ言う。



「試しに生かしてみてはいかがでしょうか。さきほどの通り、私はジュードーをおさめており、私にお預けいただければこんな小娘決して反抗などさせませんし、もしその徴候があればその時姉妹揃って処刑すればよい。試しにやってみてはいかがですか? もしかしたら思いの外役に立つこともあるでしょうし、なければ殺せばよいのです。仮の結論として、試しにやってみるのもよいかと」



 人間、普段と違うことをやる、と決断するというのは怖いものだ。


 だから、試しに、とかなんとか言って、その決断の怖さを和らげてやる。



「試しに、ですか……」



 雰囲気で、なんとなく、女帝が俺に説得されかかっているのがわかった。


 もしかしたら首斬りやらなくてすむかも?


 テストクロージングしてみよう。


 仮定の話として、俺の言うとおりにした時に具体的にどうするのか聞いてみるのだ。これで脈があるかどうかわかるってもんだ。



「もし生かすとすればですが、奴隷の所有権は誰がよいでしょう?」


「そうですね、もともと耳朶はあなたに渡すという話ですので、あなたでよろしいですが」



 あ。


 これ、いける。


 いけるわ。


 さすがロリ。


 チョロイぞ!


 海千山千の創業社長夫人の専務とかに比べればもの凄くちょろい!


 ロリ女帝の頭の中では、奴隷の処刑を中止したらその後どういう扱いするかまでもう考えが至っている。


 処刑を中止するつもりがなければ、さきほどの俺の質問に「生かすとは言っていない」とか言うだろう。


 今のテストクロージングに対して肯定的に答えてしまったせいで、「まあ生かしといてもいいかなー」という方向に考えが傾いてしまったはずだ。


 このまま一気呵成に本クロージングに入ってみる。


 クロージング――商談において、決断を迫ることだ。



「では、私におまかせいただけますか?」



 そして、営業マンなら誰でも知っている、最強のクロージング方法。


 沈黙。


 俺はもう何も言わない。


 あとは一言も喋ってはいけない。


 二人で対話している最中の沈黙というのは、思いの外長く感じる。


 たったの十秒でも、かなりきまずい。


 この沈黙に耐えられる人というのは、なかなかいないものだ。


 営業マンを除けば。


 俺は黙る。


 これは、相手にじっくりと考えさせるという意味もある。


 あとで考えておきます、とかいわせちゃったらわりと負けなのだ。


 今ここで考えてもらう。


 そして、頭の中で、(俺の言うとおりにする方向で)物事を整理してもらう。


 このタイミングで俺がごちゃごちゃ言うと、ロリ女帝は混乱して、結論を先延ばしにしたり、またはいつもやっている方法にしておこう、と思ってしまう。


 だから、ここでは俺は発言してはいけないのだ。


 おそらく、ロリ女帝は今、頭の中でいろいろとシミュレーションしているはずだ。


 一応の法となっている処刑を、やめてもいいものか。


 やめればどうなるか。


 家臣たちがどう言うか。


 沈黙が長引く。


 それでも俺は一言も発せず、ロリ女帝に視線をやることもなく、とりあえずそこにあったから裸奴隷少女の身体を眺めてみる。


 なんかもう慣れると、女体への興奮よりもむしろ、この傷が痛そうで可哀想になってきた。


 手当て、してやりたいなあ。


 まだ沈黙が続く。


 といっても三十秒もたっていないだろう。


 しかし、これが本当に長く感じるものなのだ。


 そして、ロリ女帝がふとこう訊いた。



「反乱や反抗を起こさせない手立てはあるのですね?」



 きたっ!


 クロージングのあとにこういう質問をするのは、もうほとんど心が決まりかけていて、でもどこかに不安があるからだ。


 本当に大丈夫だろうか、という不安を、ひとつひとつ取り除いてやる。



「常に私の近くにいさせましょう。伝説のジュードーマスター、ミフネジューダンが編み出した奥義、空気投げをマスターしております。私は手を触れずとも敵を倒せます」



 いや、空気投げってそういうんじゃないけど。


 もちろん俺、できないけど。


 俺ってばあまりに調子のいいことを言い過ぎてる気がする。


 やばいことになったりするんじゃないだろうな。



「敵性の者に渡るといけないので、この奴隷の売買は禁止しますがよろしいですか」


「もちろんそれで結構でございます」


「それならば……」



 ロリ女帝はまた黙る。


 おれもまた、黙り込んで何も言わない。


 十中八九、OKと返事があるはずだ。


 ところが。



「エリン・ル・ミカ・カーリアイン」



 玉座の少女は、自分に最も近い位置に立っている文官の女性に声をかける。


 エリンと呼ばれた彼女は俺よりも年上、二十代後半くらいに見えた。


 この場にいる中ではそれでも年長のように思える。



「エリン・ル・ミカ、あなたはどう思いますか」



 ロリ女帝は結局、自分だけでは判断がつきかねると思ったらしい。


 ちょっとあてが外れた。


 ま、女帝様といっても小学校高学年か中学生くらいの年齢だしな。


 ところでこのエリンというのが女帝陛下のブレーンなのだろうか?


 エリンは自分の背丈ほどもある杖を持ち替えて少しだけ考え込む。


 薄い紅紫色の髪をかき上げ、碧い宝石が光る自分の耳に触る。



「陛下。奴隷の一人や二人、どうということもないでしょう。先帝陛下の御代、戦争捕虜を先帝陛下のご判断で解放したことが私の知るだけで二度ありました。前例のあることです。イアリー卿とその者が責任を持って管理するならば問題ないでしょう。あとは陛下のお考えの通りに」



 ほいきた、ナイスだエリン!


 さすがだエリン!


 俺は信じてたぞエリン!


 いや俺あんたのこと何にも知らないけど!


 でも腰ほっせーなーエリン!


 頼めばピンヒールで踏んでくれそうな顔してるよねエリン!


 俺はやけにテンションがあがり、ガッツポーズをとりそうになって慌ててそれを押さえる。


 ロリ女帝は次に、跪く俺の後ろにいるらしきヴェルに向かって、



「ヴェル・ア・レイラ・イアリー、この奴隷の管理をきちんとできますか?」



 おお、ロリ女帝様、いい質問の仕方だ! 


 武人で気位が高そうなヴェルができないと言うわけがない!



「もちろんです陛下」



 ほうらね!


 さあ女帝陛下、俺に女奴隷をくれっ!


 しばらくの静寂ののち、ロリ女帝はついに結論を出した。



「――わかりました。この奴隷の処刑は中止、姉妹ともエージ、あなたが所有することを認めます。ただし、通常の奴隷と違い、宮廷法術士三人による拘束術式をかけた首輪をさせます。それは外させないこと。……外そうと思っても外せないと思いますが。エージ、あなたはおもしろい。男性とはこういうものなのですね。声も、ほかの誰よりも低く胸に響く……。結局、あなたはあなた自身の君主であったテンノーへの忠義を裏切らぬ結果を私から引き出しました。私の機嫌を少しでも損ねれば、あなたが家畜のエサになったのに。勇気ある行いでした」



 え、まじで?


 やっぱり、一度皇帝が決めたことを翻させようとするのはそこまで危険なことだったらしい。


 背後で、カシャン、と剣を鞘におさめる音が聞こえた。


 ふりむくと、そこにいたヴェルが俺の顔を見て、あきれたような溜息をついた。


 ……こいつ、命令一つですぐにでも俺を殺せるように剣を抜いて待機していたっぽい。


 こえーー!


 ロリ女帝は続けて言う。



「男性とはおもしろいものです。あなたの年齢はいくつですか?」


「二十三歳になります」


「そうですか。私にとって成人男性と会うのはもちろん、声を聞くのもはじめてのことでした。前回蘇生させた者は子どもでしたしね」



 薄々気づいてはいたが、どうもこの世界には男というものが存在しないらしい。



「もう少しゆっくりお話したいところですが、これからあなたに身分を与えなければなりません。残念ですが」



 残念……? なにが残念なんだろう。


 まあ身分をくれるというのならもらっておこう。


 よく考えたら奴隷を持たせてくれるっていうんだから、俺の身分が奴隷ってことはないだろう。


 残念ってなんだ、あれ、まさかほんとに俺も奴隷になるんじゃないだろうな。


 ちょっとドキドキしながらも、



「光栄です、ありがとうございます。また、蘇生してくださったこと、私の願いを聞き届けて下さりこの奴隷を賜ったこと、心より御礼申し上げます」



 と、俺はお礼を言った。



「では、あなた自身の身分は前例に従い第八等といたします。今回の蘇生術はイアリー家の要請と資金拠出により行われたものですので、契約に従い、第三等騎士、ヴェル・ア・レイラ・イアリーのもと、第八等従士としてヴェル・ア・レイラの指揮命令に従いなさい。第八等としての俸禄は帝国より支払います。ヴェル・ア・レイラ、よろしいですね?」


「はい、ありがとうございます」



 ヴェルがロリ女帝に跪き頭を下げる。



「これをもってタナカ・エージは客人から正式に朕の臣民とする」



 女帝様はぷいと俺から顔を背ける。



「法と前例により、朕は第六等以下の者及び陪臣とは会わぬ。今後、奏上したいことがあれば、ヴェル・ア・レイラを通じてせよ。以上。退出する」



 ロリ女帝がそこまで言うと、そこにいたすべてのものが膝を折って女帝に礼をする。


 慌てて俺もそれにならった。


 王冠――いや、皇帝だから帝冠か、それが重いのだろうか、ロリ女帝は若干ヨタヨタしながら玉座の間から出て行った。


 んん?


 ってことは、俺、ヴェルの部下になるってことなのか?


 さっき決闘しかけたけど、やばい、上司にいきなり喧嘩売ったことになるのか……。


 この世界でも上司にいじめられるのはいやだぞ……。


 そう思って恐る恐るヴェルを見る。


 ヴェルは、不思議そうな顔で俺にこう言った。



「ふーん。もったいないわね、奴隷よりも敵の耳の方が普通は価値があるのに。奴隷は金で買えるけど、手柄は買えないからね。もともとこいつはあたしが捕らえて、蘇生術式用の資金の一部として陛下に献上したものだけどさ。こいつ、ハイラ族だから魔石飲み込んで身体の中にため込んでるはずなのよね。人体実験なり武器の試し切りなりしたあと、そいつを取り出す予定だったんだけど。貴重な魔石ごとあんたにやるなんて、さすが陛下、御心がお広いわ。あんたを処刑することにならなくてよかった、あんたには結構お金も聖石もつぎこんでるのよ」



 そして、靴の先で裸奴隷少女の頭をコツンと蹴った。



「ほら、もう起きてるんでしょ、歩いてついてきなさい」


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