2 聖石
「――やめなさい、ヴェル・ア・レイラ」
女性の、いや、というよりも少女の、静かな声が王の間に響いた。
声の主は、王の間の、玉座に座っているまさにその人だった。
「陛下……」
ヴェルは今にも振り下ろそうとしていた剣をピタリと止め、不満そうに玉座の主へと顔を向ける。
「確かに、騎士に対してさきほどの言葉、決闘を申し込んだものと解されるべきです。ですが、それはこの帝国内の法。その者は、たった今ここに召喚した、異界の者なのです。今はまだ客人として
俺をにらみ、ちっ、と舌打ちして、サーベルを鞘に収めるヴェル。
助かった。
ありがとう、女王様。
いや、皇帝なら、女帝様か。
ちらりとそちらに目をやると、
実際、幼いのだと思う。
だって玉座から足が床まで届いていなくて、ぶらぶらさせているのがわかる。
うーん、ロリか。
ロリ、嫌いじゃないけど、そうか、夢に見るくらいには、ロリ好きだったのか俺。
っていうか、いつ目が
しっかし、こいつ、まじでまだ子供だよなあ。
などと思っていると。
いきなり女騎士に脳天をぶん殴られた。
「この、頭を下げなさい! 陛下の
「いてててて!」
「痛いですむだけまだましでしょ! この国では不敬罪は国家反逆罪のひとつ、最高刑は死刑よ!」
無理やり
っていうか、そんなにぐいぐい頭を押すなよ、痛いじゃねえか。
……。
…………。
うん。
痛い。
すげえ、痛い。
よく夢の中であるような、薄皮一枚はさんだみたいな曖昧な感覚じゃなく、ストレートに普通に痛い。
あれ、これ、どう考えても、夢っぽくないんですけど。
グリグリ! と床に額を押し付けられながらも、俺は女帝陛下の幼い声を聞いた。
「生命が生まれ、そして時がくれば死ぬ。それは自然の理。法術を極限まで磨きぬいた我が帝国最高の宮廷法術師でも、その法力だけでは失われた生命を生き返らせることはできません。ですが、我が国の宮廷法術師たちが数年に渡り多数の聖石を用いて法力をこのクリスタルに込めれば――」
いやいや、俺は今、女騎士に無理やり土下座させられてるわけで、このクリスタルとか言われてもどのクリスタルなのかさっぱり見えないんですけど。
「――たった一人だけ、人間を蘇生させることができるのです。ただし、誰を蘇生させるかは指定できません。たいていは、別の星、または別の世界の人間を蘇生させることになります。……ヴェル、そろそろ離してやりなさい」
「はい」
素直に返事をして、女騎士は俺の頭から手を離す。
「顔を上げることを許します」
女帝――というか、少女帝、だな、その声に従って、俺は隣に立っているヴェルを警戒しつつ、恐る恐る顔を上げる。
少女帝と目が合う。
ああ、こりゃ、ほんと、子どもだ。
立派な玉座に、ちょこんと座ったその身体はとても小さく、顔立ちも幼く、そして顔自体が小さい。
黒髪のおかっぱに似た髪型。
目鼻立ちがしっかり整っていて、美少女といえるだろう。
とはいってもその容貌はまだまだ子どもだ。
髪の毛と同じ黒い瞳は好奇心に満たされた光をたたえている。
俺の顔を興味深そうに見つめるその表情は柔らかくて、性格の優しさがにじみ出ていた。
黒髪の上には、不釣り合いなほど大きな王冠――いや、皇帝陛下なら帝冠だな、それが乗っかっている。
なんだかバランスが悪くて、その帝冠がこの少女の頭からずりおちてしまわないかと心配になるほどだった。
それよりもさらに目を引くのは、両側の耳たぶからぶらさがっている、巨大な耳飾り。
赤色に輝くうずらの卵ほどの宝石が埋め込まれていて、なかなか重量がありそうだ。
ルビーだろうか?
というか、そんな重そうなものを耳につけていたら、そのうち耳たぶの皮が伸びそうだけど。
思わず、
「あのー」
「なんでしょうか」
「そんなでかい耳飾り、つけていて耳、痛くないですか?」
などと聞いてしまっていた。
女帝陛下はくすりと笑う。
ああ、ほんっとうに子どもだよな、この笑い方。
なかなかに、かわいらしい。
「お気遣い、ありがとうございます。しかし、この国家の秘宝、マゼグロン・クリスタルは、見た目ほどは重くありませんよ。そのかわり、
「蘇生……召喚?」
「ええ。覚えてませんか? あなたは……」
「俺は……?」
ええと。
この頃にはもう、俺は気づいていた。
これは、夢じゃない。
わかっていた。
わかっていたけど、なんとなく、認めたくなかっただけなのだ。
そして、俺は。
思い出した。
思い出してしまった。
俺は。
俺はきっと。
死んだのだ。
自動車に
コンビニの駐車場。
一休みして缶コーヒーを飲む俺に向かって。
自動車が突っ込んできて――。
死んだ。
蘇生。
蘇生だと。
つまり、俺は一度死んで、そして今までとはまったく別の世界で、生き返ってしまったってことなのか。
「あー…………んー…………?」
あまりの非現実感に、俺は間抜けな声を発することしかできない。
そこに、紅い鎧の女騎士、ヴェル・ア・レイラ・イアリーが、声をかけてきた。
「まあいいわ、あとで説明してあげる。それが終わったらあんたの力を調べるわよ」
うん、よく説明してくれよ。
まあ俺の力を調べるったって、何の力もないはずだけど。
ヴェルは続けて言う。
「あんたがどれだけ戦争に役立つか楽しみね」
おいおい、俺は軍人じゃねえよ?
そこは楽しみにしないでくれ。
と、女帝陛下も同じことを思ったのか、
「確かに数十年前に蘇生させた異世界の者は、類稀なる戦闘能力を持つ戦士だったといいます。ですが、この者はどう見てもそうは思えませんが……? 闘わせるだけがこの者を異世界から蘇生させた理由ではないはずです」
「陛下、お言葉ながら、我がイアリー家は先祖代々の騎士。武なくば家は滅びるのです。エリン公のようにペットとして飼うつもりも、ヘンナマリ
ヴェルは女帝に向かってそういう。
というか、俺はどっちにしても従軍させられるわけじゃねえか。
そこに、ものすごく意地の悪い声が聞こえてきた。
「あらぁ、汚らわしいとか、なんか私の悪口っぽい言葉が聞こえたけどぉ? オスの役割なんて、生殖以外にないでしょぉ? 戦力ぅ? あっはっは、そいつにそんな力があるようには見えないわよぉ? うふふ、ヴェル卿、あなた、ほんとは獣みたいにそいつとまぐわりたいから蘇生術の要請したんでしょぉ?」
「ヘンナマリ・ア・オリヴィア・アウッティ卿……」
ヴェルがその声の持ち主に、しかめつらで顔を向ける。
そこにいたのも、ヴェルと同じく女騎士だった。
エメラルドグリーンに輝く胸当てを身につけた、下半身ハイレグの女騎士。
ハイレグッ!?
思わず二度見しちまった。
いやほら、まじでゲームに出てくるようなめちゃくちゃ露出度の高い女騎士。
いるんだ!
こういう奴、ほんとにいるんだ!
髪の毛の色は鮮やかなブルー、年齢は二十代前半というところだろうか。
エメラルドグリーンの胸当て、というか、これ、ただたんにおっぱいの下半分をかろうじて隠してるだけじゃねーか!
たゆんたゆんに柔らかそうな上乳が胸当てからほとんどはみ出そうになっている。
下半身のハイレグはレースクイーン顔負けの急角度で股間に食い込み、その、なんというか、なんだ、ええと、スジ? みたいなものが見えるような。
うーん、なんだこいつ、痴女か。
そんな俺の視線に気づいたのか、青髪の女騎士、ヘンナマリは「ふふぅん?」と笑って俺にウインクした。
「もし戦闘力がなくても心配ないわよぉ、そしたら私がヴェルちゃんからあなたを買い取ってあげるから。ま、心配はないわ、ほんとうはヴェルちゃんだってあなたを殺すつもりなんてないのよぉ。奴隷にも負けるようだったら、ヴェルちゃんがその貧相な身体であなたを慰めてくれるって」
「ヘンナマリ卿、あなたとあたしは同じ第三等騎士、
ヴェルの言葉に、ハイレグ女騎士は小馬鹿にした顔を見せる。
「あら、ごめんなさいヴェル・ア・レイラ・イアリー卿。まあ大枚はたいて生殖用のオスも確保したことだし、来年にはあなたの赤ちゃんが見られるかしらねぇ?」
「ヘンナマリ卿、騎士に向かってその言葉……決闘を申し込んでいると解釈していいのよね?」
「まさかまさかぁ。誤解があったらごめんなさいね、ヴェル卿ちゃん。でも一言だけアドバイス。あまり生殖に使いすぎるとオスって頭がおかしくなって死んじゃうみたいよ、私失敗しちゃった」
「だから! そのような目的ではないと……!」
「なら、ここで奴隷と闘わせましょうよ。負けちゃうようだったらそうね、私が経費を払うからそいつの身分を私に所属させるってのはどう?」
「それはしかし……」
「あらごめんなさい、やっぱり生殖用に使うつもりだった? 武に生きるイアリー家はこれからそいつとの交尾で忙しくなるわねぇ」
ヴェルの顔が鎧に負けないくらい真っ赤になった。
こいつら普段から仲が悪いんだろう、口調でわかる。
青髪のハイレグ騎士ヘンナマリが紅い鎧の金髪騎士ヴェルを挑発しようとしているのが見え見えだ。
でもヴェルって単純っぽいしな、すぐに挑発にのりそうだ。
っていうかさ。
俺を置いてきぼりにしてお前らだけで何を喧嘩してるんだよ。
そもそも、俺は生殖用の動物じゃねえぞ、
もちろん戦士でもないけどさ。
えーと、いったいなにがどうなってるんだ?
と、ここで、ヴェルが女帝陛下の前に跪いた。
「陛下、今ここで奴隷と闘わせてもよろしいですか? 準備はしてあります」
「ここで?」
眉をひそめる幼い女帝陛下。
青髪のヘンナマリはくっくっ、と楽しげに笑っている。
「はい。私が欲しかったのは戦士であります。戦う力がなかった場合、……生殖などには使いません、そのままそこで死んでもらいましょう。これは騎士としての誇りにかけて、陛下、そしてここにいる皆様方の前でお約束いたします」
「でも……」
「陛下、お願いします。私がこの者を蘇生させた目的は戦士を得るためだと、ここで皆の前で証明せねば、私の誇りが傷つきます!」
「……そこまでいうのなら許可しましょう」
女帝陛下が困り顔でそう言う。
え、待って待って!
なんでそうなるの?
俺は戦士でも生殖用のオスでもねえ!
落ちこぼれの生保営業マンだよ!?
おいおい、金髪女騎士!
お前、簡単に挑発にのってるんじゃねーよ!
くそ、この青髪ハイレグ女騎士め。
女同士の喧嘩に俺を巻き込んでるだけじゃねえか!
え、まじで殺し合いしなきゃいけないの?
運動苦手な俺が勝てるわけないじゃん!
ってことは、俺ってばすぐに死んじゃうじゃん。
生き返ったらすぐ死亡。
蘇生された意味がねー!
今度は俺の方を向いてヴェルが言う。
「現在帝国は魔王を名乗る西の勢力に攻勢を受けているの。今までバラバラだった魔物や魔獣どもを組織し、私たちの領土に侵入してきている。北西には魔獣使いどももいる。やつらは私達と同じ人間族のくせに汚らしい魔獣を
「いやちょっと待ってくれよ、俺はただの保険の営業マンだぜ? 戦うっておい……」
抗議する俺の声を無視し、ヴェルは叫んだ。
「連れて来い!」
扉が開かれ、衛兵(これも女だ)に連れられてやってきたのは、首輪に繋がれた犬らしきものだった。
犬らしきものだったが、犬じゃなかった。
六本の足を持ち、そこには鋭い爪。
真っ黒な毛に覆われ、馬ほどの大きさがあろうかというほど巨大さ。
血走った目、開いた口からはぞっとするほど鋭い牙。
犬とか猛獣とかいう域を超えた、まさに異形の生き物。
これがさっきヴェルが言っていた魔物ってやつか?
そして。
そして、首輪と太い鎖で繋がれたのが、もう一匹。
いや違う。
一匹じゃない。
一人だ。
あちこちに切り傷をつくり、腰まである真っ白な髪の毛は乱れ、そして怒りと憎しみに満ちた目で俺を
裸の少女だった。
「処刑も兼ねているわ。さあ、あの魔獣使いを殺して見せなさい」
ヴェルが俺に冷たい声でそう言った。
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