第18話 あらそいは始まって②

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〈アルバトーリア王国〉と〈ヴァンターク皇国〉を結ぶ街道は鉱石街道メタルムレーンと呼ばれる。

 草原が早々に終わると草が疎らな硬く紅い大地となり、やがて国境にもなっている巨大な山脈が遠く地平線から聳えてくるのだ。

 その山脈は弧を描いて北から南西へと続き、鉱山としても名を馳せていた。

 晴れ渡った空のお陰で既に山の中腹から上に白く雪が積もっているのが確認でき、かなりの高さがあるのだとよくわかる。

 俺は昼食のために焚火を起こし、山脈へと視線を這わせながら冷たくなってきた空気に「ふう」と息を吐き出した。真っ白とまではいかないが、吐息はふわりと霧のように淡く煙って消えていく。

 このぶんだと夜はもっと冷え込みそうだ――。

なけなしの草を食む馬の首をぽんぽんと叩いて労いながらそう考えた俺は、山脈の麓にある町まで一気に駆け抜けることに決めた。

 馬には多少無理をさせることになるけれど、急げば夜までには町に到着できるはずだ。凍えるよりはマシである。

 勇者一行で旅をしているとき、山脈越えをしたのは別の場所だった。あれは春先で、あらゆる植物が芽吹き、眠っていた動物が活動を始め、生命に満ちあふれていたっけ。

当然、今回みたいに凍えるような寒さを心配する必要はなかったけど、弓使いのオルドネスから冬の山脈越えの恐ろしさを何度も説かれたんだよな。

「うん……やっぱり坑道をいくか」

 だから――っていうのも変だけれど、俺はひとり誰にともなく小さく呟いて頷く。

 鉱石街道メタルムレーンは〈ヴァンターク皇国〉の主要輸出品である鉱石を運ぶ道で、一部に坑道も含まれている。

 けれど山肌に這うように作られた道を行くのが通常の進路で、坑道を行くことは推奨されていない。

 何十年とかけて掘った穴はまるで迷宮のように入り組んでいるため、道を間違えないよう整備されていても年に数回は行方不明者が出るからだ。

 とはいえ、この時期は見てのとおり山肌を行く通常の進路では雪に見舞われる可能性が高い。どっちが危険かと言えば……凍える極寒の山道だろう。

 まあ、俺はどっちの道も行ったことがないんだけどな――。


 ――そうして山脈の麓の町に辿り着いたときには、夜空が頭上に広がっていた。


 天気が良かったのは運がいい。

 俺は馬屋に馬を返してから宿を確保し、町に出た。

 鉱夫もいるが、集うのは大半が鉱石を扱う商人とその護衛にあたる冒険者たちである。

 今日の仕事は収め食事に繰り出そうという人の流れを眺めつつ、俺は腕を組んで頷いた。

「さて……龍の噂でも探してみるか」

 俺の予想が正しければ、この山脈の一部に龍族の『生息場所』があるはずだ。

〈ヴァンターク皇国〉皇都に寄ることが多少の回り道だとメルトリアが言っていたから、生息場所に真っ直ぐ向かうほうが近いのは間違いない。

 それが北から南西へと弧を描く山脈のどのあたりかっていうのも、メルトリアが谷に落とされた場所から推測するに山脈の南寄り――つまり〈ヴァンターク皇国〉皇都からは南東にあたる場所だろう。

 ……こんなときはギルドか酒場ってのはお決まりなんだよな。

 腹も減ったし、ここは後者だろ。

 俺は町の目抜き通りを少し歩いてから……路地をひとつ折れた。

 大きくて賑やかな酒場じゃなくて……もう少し人と近くなれるところがいい。

 それを教えてくれたのは勇者一行の星詠み、スカーレットだ。

 彼女はよく酒場で星詠みを行って路銀を稼いでいた。

 人と人の繋がりを星を介して読み解くのに、賑やかすぎる酒場では気分が乗らないのだとか。

 緩やかに波打った落ち着いた紅色の長髪と、それとよく似た色合いの溌剌とした瞳を持つ彼女は人目を引いた。

 進むべき方向を示してくれるのはいつも彼女だったな……。

 考えながら歩く路地は彼女に誘われ酒場を探した思い出と重なって、どこか懐かしい。

 家々の窓から柔らかな灯りがこぼれ、肉を煮込んだ香りが漂ってきて腹が鳴る。

「……お、あの酒場は良さそうだ」

 俺はそこで細い坂の上にランプを煌々と灯した店を見つけた。

 大きくはなく、木とレンガ造りのどっしりとした店構え。

 手垢で艶々した木製の扉を押し開けるとカランカランと音が鳴って……。

「いらっしゃい」

 見目麗しい煌びやかなエルフ族が……正面の細長い机の向こう側で妖艶な笑みを浮かべた。


 …………ああ、うん。

 

 なんか、既視感……。

 金色の髪に薄い蒼色の瞳とくればまるでルーイダのようだ。

「…………」

 そもそも、どっちだ。男か、女か……。

 俺が眉間を揉むと、エルフ族が小首を傾げる。

「どうぞ、立っていないで座ったら? 好きな席でいいわよ」

「お、おう……」

 俺は頭を振って気を取り直し、調理場と客席とを隔てる六人掛けと思しき細長い机の中ほどに陣取った。

 机の向こう側にはずらりと酒が並んだ棚があり、俺からは見えないけれど簡単な作業ができる造りのようだ。

 店はほかに四人掛けの丸机、二人掛けの四角い机がひとつずつあるだけ。

 そして、そのどちらも先客で埋まっている。

 ……丸机には冒険者と思しき三人組。四角い机にはどことなく神秘的な……深い蒼色をした髪の長い男性がひとりだ。

 天井からはこれでもかって数の様々なランプが吊され店内は温かな灯りが満ちていて……うん。居心地は申し分ない。

「初めましてね、お客様。冒険者さんかしら?」

 ちらりと店内を窺った俺に気付いたのかエルフ族が水を入れた木製の器を差し出しながら声をかけてくる。

「ん、おう。……ありがとう」

 ここでも木の器とはさすがエルフ族。使い込まれているのがわかるし、大切に扱っている証だ。

 俺が笑ったのを見て、エルフ族はまた小首を傾げた。

「どうかなさって?」

「ああいや、エルフ族ってのはどこでもこの器が好きなんだなって。これもだいぶ使い込まれているし。俺の器も年代物だから見せたかったよ」

「あら、貴方も木製の器を?」

「おう。当然エルフ製のを」

「いいわね、貴方とは話が合いそう。それで、今日はどうします?」

「……えっと、とりあえず腹が減っているんだけど。なにか食べ物と……エルフ族が好きなのは果実酒か。君の故郷のお酒でお勧めってあるかな?」

「――当然〈エルフ郷〉産のお酒ならあるけれど……一応聞いていいかしら。貴方、いくつ?」

 俺はその質問に笑って……ちょいちょいと手招きをした。

〈エルフ郷〉出身なら話が早い。

 エルフ族は怪訝そうな顔をして長耳を寄せ――。


「千葬勇者を見かけたことは? もしくはルーイダにその容姿を聞いたことは?」


 俺の囁きに、途端に目を大きく瞠る。

「……え? ……まさか……」

「そのまさか。初めましてだな」

「あ、貴方が?」

 頷いてみせるとエルフ族はそれならと果実酒を出してくれた。

 それは〈エルフ郷〉で採れる赤い果実を発酵させた甘酸っぱい酒だ。

 礼を言いながら彼か彼女か聞いてみようかと思っていると、エルフ族は料理を作ると言って奥へ下がってしまった。

 しばらくして肉料理が出てきたところで……俺の後ろの扉が開く。


「……待たせたな。悪い、こう見えて忙しいンだ」


 カランカランと乾いた音が店内に響くと同時――俺はその声と言葉遣いに肉を運ぼうとしていた手を止めてしまったが、酒に持ち替えて気付かないふりをした。

 ……驚いたな。どういうことだ?

 やってきた若い男は神秘的な男のいる四角い席へと移動すると、その向かいに座ったようだ。

 ――草原で魔物を飼っていた伝令役。今度会ったら雇ってくれと言っていた奴とこんなところで出会えるとはね。

 確かにここまで多少飛ばしてきたけど……追い付いたってことか? もしあの神秘的な男が雇い主だとしたら運がいい。なにか聞き出せるかも。

 カランと氷を揺らし、俺は酒を口にして耳をそばだてた。

 勿論、草原での依頼について報告は完了しているかもしれないけれど――賭けてみても損はしないはずだ。

「……依頼は滞りないってもンさ。あんたの言うとおりだった、伝言は完了したぜ」

「言ったでしょう。我らが星詠みは偉大なんですよ」

「はは。違いない。……じゃ、報酬貰ってサヨナラだ」

「――その前に。やってきたのは――――でしたか?」

 肝心なところで声を落とす神秘的な男。

 隣の丸机の冒険者たちは静かにしているけど……もしかしたら仲間なのかもな。

「…………いや、違った。女だった(・・・・)、それくらいだ。夜闇ンなかだぜ、そこは多目に見てくれ。っていうかそれだって星詠みに詠んでもらえばわかるんじゃないのか?」

「ふむ、女ですか……。それさえわかれば我らが星詠みの貴重なお時間を使うまでもありませんよ。……これが報酬の百万ジールです。お疲れ様でした」

 ガシャリッ……

 重たい金属音を響かせて、足下の大きな革袋を軽く蹴った神秘的な男が応える。

 ……百万ジール。どうやら当たりのようだ。一年は暮らせる大金を一度に運ぶとすると相当な重さだろう。

 あの中はどの程度が硬貨でどの程度が紙幣なんだかな。

 考えている俺からは少し離れた席、若い男がごくりと息を呑んだのが聞こえた。

「当然、中身はいま確かめさせてくれンだよな?」

「構わないですよ。どうぞ」

「――そンじゃ失礼」

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