7ー1.転生の現在/参照系モデル
補足編です。長くなったので分割しています。
①転生の興亡
2016年のジャンル再編成で「異世界転移/転生」が隔離されて以来、小説家になろうではトリップを経ない現地主人公ものが増えました。「別に転生する必要ないじゃん」という気づきです。「追放/もう遅い」の流行もこの流れで捉えられます。
2020年に評価フォームの機能改修がなされ、ランキングに「異世界恋愛」が急増した一方、転生モノの割合はついに減少傾向に転じます。
現在のランキングシステムがアクティヴユーザーの多数派の動向を反映していないためか、なろう全体のPV数も2021年末から減少傾向にあります(※1)。
では、男性向け二次創作シーンにおける転生オリ主は、今どうなっているのでしょうか?
本編は2008年末のArcadiaで語りを終えたので、まずは以後の二次創作シーンの流れを軽くおさらいしましょう(※2)。
Arcadiaの全盛期は2010年前半まで続きます。実は一次創作の投稿先としても当時はなろうより盛り上がっていました。その様子は『アクセル・ワールド』『オバロ』『ダンまち』『幼女戦記』『ゲート』といった書籍化ラインナップから窺えます。
しかし2010年8月になろうの姉妹サイト「にじファン」が開設され、Arcadiaからなろう/にじファンへの移行が顕著になります。原因としてよく言われるのが、批判感想の過激化(およびそれを規制できる管理人の不在化)です。
Arcadiaは基本ルールに「厳しい感想、批判的な感想を許容できる方だけが投稿して下さい」と書かれるようにシビアな部分が元々あり、そこから誹謗中傷感想を書き込む荒らし的読者集団が生まれました。逆になろうは「温い」と揶揄される環境で、皮肉にもそれゆえ避難所として機能しました。
全盛を迎えたにじファンは低年齢化が更に進んだようで、「Nintendo DSで作品を書く作家が現れた」とか「また盗作でランキングの作品が消された」とか色んな話が伝わっています。転生オリ主が跳梁跋扈し、隣のなろうで「異世界転生」が普及しました。
上の世代の人々は、諸々小馬鹿にしつつ、機能面が圧倒的に優れており作品も多かったので、頑張ってゴミの山から読めるものをスコップしていたそうです。
そんなにじファンも、著作権問題が深刻化したため(※3)、2012年7月に閉鎖します。
いくつかあった避難先の内、現在まで首尾よく生き残り男性向け二次創作を集約しているのが、「ハーメルン」(2012年-)という個人サイトです。
さて、現在のハーメルンにおける転生オリ主について考えます。
筆者の肌感覚としては、にじファン崩壊から11年経ってなお人気です。ただ、その質は変わっているし、割合としては減っているだろうとも。
量について統計的に調べてみましょう。
現在閲覧できる全小説(一次創作含む)に対し「転生」タグを持つ作品の割合(以下、「転生率」)は21.8%です。
転生率は2019年の20.5%から増加し始め、2022年には26.9%、2023年1-4月には27.2%となっています。
増えてるんですね。これはかなり意外でした。『ぼっち・ざ・ろっく!』(アニメ化2022年10-12月)二次の転生率11.2%を先に計算していて、「さすがに転生も寿命が来ているよなあ」と思っていたので。
なろうの転生率が11.8%、カクヨムの転生率が6.6%な昨今、中々豪気な数字です。
追記:ハーメルンの転生率が高いのはタグが「転生」で一本化されている(中身は転移と言うべきものも多い)からではないかと思い、「転移 or 転生」で検索し直したところ、なろう16.9%、カクヨム8.0%となりました。また、ランキングだけ見ていると転生の割合はぐっと上がります。ある時期のカクヨム年間ランキングでは、上位20作品のうち8つに転生要素がありました。
ハーメルンで転生が増えている理由は、よくわかりません。
システム面の変化で転生を後押ししそうなものはとりあえず見当たりませんでした。
二次創作に限定してもほぼ同じ動きをしているため、近年のオリジナル増加傾向も関係ないでしょう(それとは別に2023年のオリジナル作品転生率25.9%は興味深い数字です)。
ユーザー気質の変化は何かしらの形で関係しているかもしれません。
ここ数年、9評価や10評価(最高評価、各ユーザーは十回しか投票できない)がポンポン投げられるようになり、以前は信頼できる証だった赤評価の価値がかなり下がっています。例えば現時点(2023/4/25 22:00)の日間ランキングは100作品中89作品が赤評価でした。
そして気質の変化の原因として、2020年コロナ禍による新しい層の流入が候補に挙がります(『小説投稿サイト ハーメルン 成立史 外伝』「1-4.ハーメルン10年史考」参照)。
ただ、新しい層の出現と転生の選好を結びつけるアイディアが筆者にはありません。「これまで二次創作シーンを知らなかったとして、なろうアニメで転生がさんざん擦られてる時代になぜ? なろうだと転生の元気がないから?」とか、「具体的にはどの原作で転生書いてるの? 二三の原作の流行で説明がつく上がり幅じゃないよね?」とか、疑問が先立ちます。
これ以上は別の方の検証・研究を待ちたいところです。
転生オリ主の質的変化について。転生の魔力が消えた……というのは10年代中頃から指摘できることで、ここ数年で起こったことではありません。
「神様転生」「踏み台転生者」「トラック転生」といったアクの強いミームは「にじファン」的なものとして避けられ、原作知識と転生特典を必要な分だけ携えて、みなスマートに作品世界に飛び込むようになりました。
そこにつけ加わった20年代の潮流をいくつか挙げておきます。
・「TS」の増加:2016年の3%から2023年の7.7%へ成長。「TS百合」の形で「百合」とも合流。
・「掲示板形式」の流行:2019年から。転生オリ主たちによるホモソ―シャル。
・「曇らせ」という快楽の定着:2021年から。「鬱展開」をマイルドにした「愉悦部」をさらにマイルドにしたもの。転生が絡む場合、原作知識を「推しの曇った顔を見るため」に使う。
これらは全て2011年頃には初期形態があり、時代の要請によって変化しながら根付きました。
端的に言えば、「俺の嫁」の時代から「百合」「推し」「Vtuber」の時代へ、ということです。
……これだけだと誤解を招きかねないので急いで付け加えると、(新しい層の出現に伴う)質の変化は必ずしも「俺の嫁」離れと結びついているわけではありません。
先述の『ぼっちざろっく』だと、TS転生オリ主がワチャワチャするものより非転生男オリ主が恋愛するものの方が結局数が多く、文体・作風からして推定10代が書いている割合がやや高いように見えます。
[2020年代のハーメルンまとめ]
・転生が増えている
・オリジナルが増えている
・赤評価が増えている
・TSが増えている
②参照系モデル
参照系モデルは、ゼロ年代批評を引用しつつ『エヴァ』二次創作シーンについて考察した『二次創作(を/から)視る』という論文で提唱されています。
二次創作シーンの構造を的確に説明する便利な概念なので、ここで紹介しておきましょう。
東浩紀は『動物化するポストモダン』(2001年、講談社)において、90年代後半に「オタク的な表現」の軸足が物語消費からデータベース消費(特にキャラ消費)に移り、作品やキャラが「二次創作のように(データベースを参照して)生まれ、これから二次創作される(データベースに還元登録される)」状況にあることを指摘しました。
キャラのデータベースには例えば、「猫耳」「メイド」「ツンデレ」といった外見的・内面的萌え要素が登録されています。「キャラそのものではなく萌え要素の集合を愛好しているから、新しいアニメが来るたびに「俺の嫁」をどんどん取り替えることができる。それは世間で蔑まれがちなオタクのリテラシーの高さであり、クールさだ」というのが『動ポモ』の要旨です。
2008-12年にSS投稿サイト「Arcadia」「にじファン」で繰り広げられた二次創作シーンは、広義ではデータベース消費(作品それ自体ではなく作品の深層にある汎作品的に共有された非物語的なものを読む)だと言えます。
しかし、東浩紀の想定する「個々の作品の参照元となり作品を支配する静的なデータベース」とは様子が異なりました。
実際の二次創作シーンはメタゲームの加速により新陳代謝が活発で、何個も生まれる決定的な作品やそれらを取り巻く無数の良作・凡作・駄作によりデータベースが著しく生成変化する環境にあったのです。
作品とデータベースの関係は相互的です。さらに原作未読系二次創作に代表されるように、二次創作はデータベースを参照するだけでなく周囲の二次創作を参照(=データベースへの参照を参照)します。
もちろんこの「参照の束/参照系」はいくらでも高次になるでしょう。
また能力だけクロスのように、異なる原作、異なる原作の二次創作すら重要な参照元となっていました。
2008年以降の二次創作シーンの他に参照系が観察できるほどメタゲームが加速している例として、2001-04年頃の『エヴァ』二次、『ナデシコ』二次、『Kanon』二次、2003-05年頃の夢小説、2010年以降の小説家になろうなどが挙げられます。
なろうにおける「転生」「ナーロッパ」といったテンプレの出現と重用は、「参照系≒二次創作」的現象だと言えます。これらテンプレを二次創作シーンから輸入した際に、参照系システムそのものも輸入してしまったかのようです。
二次創作の側からすると、テンプレを輸出できるのは、原作・二次創作・別の原作・別の原作の二次創作が等価に扱われるほど高度な参照系が築かれているからだ、ということになります。第三話では『エヴァ』『ナデシコ』『Kanon』二次の場合に同種のことを述べました。
参照系が本当に「オタク的な表現」と結びついているのか(ともすれば「オタク的な表現」を参照系によって特徴づけられるか)は今後検討する必要があるでしょう。
海外のWeb小説シーンと比較したり(※4)、他媒体・別時代の二次創作シーンと比較したり、ヒップホップと比較すると面白いかもしれません。
「創作物」「大衆性」「競争原理」「アマチュア性」「引用」あたりが参照系が発生する条件でしょうか。
シミュラークル周りの話など省略した部分も多いので、興味のある方は『動物化するポストモダン』と『二次創作(を/から)視る』を参照してください。オタク的サブカルチャーやWeb小説を語る上では必須ですし、単純に面白いので、原典に当たることをお勧めします。
……冷静に考えると、原作未読系二次創作を含む二次創作の研究書に対して原作原理主義を発揮するという、意味不明な状況ですねこれ。
―――――――――――――――
※1:最近のなろうにおける転生の動向は次のエッセイで詳細に論じられています。
『web小説における「転生」普及過程』
https://ncode.syosetu.com/n4531hu/
『2020年代のweb小説考』
https://ncode.syosetu.com/n3322ie/
※2:Arcadia以後の男性向け二次創作史については次を参照。
『小説投稿サイト ハーメルン 成立史』
https://ncode.syosetu.com/n0429gp/
『小説投稿サイト ハーメルン 成立史 外伝』
https://ncode.syosetu.com/n7135hs/
※3:にじファンの閉鎖については、「書き手側のマナー悪化(アンチ・ヘイト二次創作の横行、原作盗作の横行)」→「権利者からの問い合わせ増加」→「運営の対応」→「運営の対応に対するユーザーからの問い合わせ増加」→「閉鎖」、という順で整理すべきでしょうか。
二次創作小説の法的状況に関しては次を参照。
『「二次創作同人”小説”」が合法って本当?』
https://www.tumblr.com/kenakamatsu/55869087710/%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E5%89%B5%E4%BD%9C%E5%90%8C%E4%BA%BA%E5%B0%8F%E8%AA%AC%E3%81%8C%E5%90%88%E6%B3%95%E3%81%A3%E3%81%A6%E6%9C%AC%E5%BD%93?
『ハーメルンという電子書籍サイトでは二次創作作品が多くあります。』
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14163168474
※4:韓国・中国ではゼロ年代初頭からWeb小説で異世界転生が流行していました。一次創作に関しては日本語の文献が割とあります。
『韓国の「異世界転生もの」「悪役令嬢もの」の解説記事を翻訳して読んでみる』
https://kazenotori.hatenablog.com/entry/2021/10/24/124231
『中国の「異世界転生もの」の解説記事を翻訳して読んでみる』
https://kazenotori.hatenablog.com/entry/2022/02/08/201810
『中国のネット小説の物語論的構造及びそれを生み出したネットコミュニティのあり方 : 穿越小説を例に』
https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/58601/1/Huiming_Qiu.pdf
[参考文献]
二次創作(を/から)視る
http://nss.atlas.vc/other/thesis.htm
以下は「①転生の現在」で使うはずだったハーメルンの統計データです。カクヨムだと画像を貼れないのでURLを置いておきます。
転生率推移
https://41590.mitemin.net/i735704/
原作毎のオリ主率・転生率
https://41590.mitemin.net/i735705/
2023年原作毎の転生率
https://41590.mitemin.net/i735908/
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