3.オリ主とゲーム
①「オリ主」史のはじめ
「作品をつまらなくする自己投影型最強(女)オリ主」の揶揄として「メアリー・スー」という言葉は今日よく使われます。
この言葉が生まれたのは1970年代アメリカ、当時の『スタートレック』(SFテレビドラマ、1966年-)の二次創作シーンを皮肉る二次創作『A Trekkie's Tale』(1973年)によってでした。
つまり、『スタートレック』ファンダムではクソみたいなオリ主二次が大流行していたのです。郵便で内輪向けのZINEをまとめていた時代に、です(※1)。
日本においてもウェブ以前、コミックマーケット(1975年-)等の同人誌即売会や雑誌媒体でオリ主がジャンル化したことはたびたびあったんじゃないかと想像できます。
さて、パソコン通信からインターネットに移行する1995年頃、日本の二次創作シーンは貧弱な機器や回線速度でも利用しやすいテキストが主流でした。なにせ画像は表示に数分かかりますから。
さらに今「SS(ショートストーリー)」の名に残っているように(※2)、短編が中心でした。本編から大きく逸脱することがなく、オリキャラやオリ主の入り込む余地など当然ありません。
全体的に原作原理主義が強く、二次創作の「二次」性が強調されていた土壌だったので、長編においてもオリキャラが出てくることはありませんでした。
それが次第に緩んできます。個人サイトを集約するリンクサイト・検索サイトが現れ(96年頃)、原作ごとに二次創作を集約する中規模投稿サイトが現れ(97年頃)、匿名掲示板が現れ(「あめぞう掲示板」98年)、二次創作のメタゲームが駆動し始めたのです。
『エヴァ』二次の場合、殆どオリ主のような魔改造主人公が登場し、憑依が登場し、原作放映が過去のこととなって、二次創作の「創作」性の方が強調されます。
『エヴァ』二次だとオリ主は流行りませんでしたが、オリキャラが多数出てくる「第二特務機関」ものはある程度流行りました。
原作未読系二次創作が現れるほど原作が軽視されるようになると、原作の垣根を超えて二次創作の諸手法を流通させることが可能になります。
「クロスオーバー」(96年頃にはWeb上に出現)二次創作の普及もこれを支えたことでしょう(※3)。
『エヴァ』『ナデシコ』『Kanon』の二次創作で開発された手法は、様々なサイト・原作・二次創作を通じて転生オリ主の時代まで、そして2023年まで受け継がれています。だから重要なのです――というのは、さすがに持ち上げすぎですかね。
そんな単線的に発展していないと思いますし、人の移動の様子も中々見えてきません。第七話で再びこの話題に触れます。
②「オリ主」と『ネギま』二次
『エヴァ』、『機動戦艦ナデシコ』、『Kanon』、『GS美神 極楽大作戦!!』(1991-99年)、『とらいあんぐるハート3』(2000年)といった作品の二次創作では、それぞれ「スパシン」「AKITO」「U-1」「YOKOSHIMA」「KYOYA」と呼ばれる魔改造主人公が流行しました。原作主人公が自己投影欲求を満たしていました。
しかし2003年末のTYPE-MOON二次、2004年前半の『とらハ3』『Fate/stay night』(2004年)二次あたりから、「オリ主」のジャンル化が見られます。
2006年頃には比較的原作を問わずオリ主が出現し始めました。
オリ主の普及に一役買った作品として『魔法先生ネギま!』(2003-12年)を取り上げましょう。
『なのは』や『ゼロ魔』(次回扱います)に比べると今顧みられることが少ない気がするので、ここでの記述は厚めにします。
2006-08年の間『ネギま』二次を集約していた「投稿図書」というサイトにおいてジャンル傾向を調べてみると、記事数ベースでは「ノーマル掲示板(オリNG)」が143件、「ノーマル掲示板(オリOK)」(≒オリ主二次)が1686件でした。
オリキャラの登場しない二次創作に比べてオリ主二次は10倍以上書かれていたのです。
ちなみにクロスオーバー二次はオリ主二次と同じくらい書かれていました。
『ネギま』二次では魔改造主人公が流行らず、むしろ原作主人公ネギ・スプリングフィールドは「アンチ・ヘイト」される傾向にありました。
前回述べたように、魔改造主人公の前提には三つの要素が観察できます。そのうち最も大事な要素である「人気」を、ネギ君はいまいち欠いていたのです。
「魔法の秘匿が甘すぎる」とか「ラッキースケベが多すぎる上にそこまで持って行く流れに無理がある」とかがおそらく原因ですね。
なお、ネギ君へのアンチ・ヘイトといっても、本当に激烈なものから、「ネギ君の失敗をオリ主がフォローしてネギ君やヒロインたちにすごいと言われる」といったライトなものまで幅広いです。後者はかなり「なろう」臭がします。
主人公が不人気、少なくとも自己投影先としては有用でないのに、二次創作が爆発的に人気だったこと。
『インフィニット・ストラトス』(2009年-)等の後続のハーレムものでもしばしば観察できますが、これは当時の二次創作シーンにおいてはかなり画期的な現象で、自然とオリ主の導入に結び付きました。嫌な画期性です。
背景にあるのは『ネギま』のやや特殊なハーレム構造です。
作者赤松健の前作『ラブひな』(1998-2001年)はお手本のようなハーレムを構築しており、現代的な「萌えハーレムラブコメ」(ヒロイン全員が割とすぐ主人公に惚れる)の祖に据えられる重要な作品でした。
次作『ネギま』がどうなったかというと、女子中学生31人(!)が潜在的なヒロインとして登場し、人気投票の結果で出番を調整することになりました。
各ヒロインにファンがつき、作品の人気も主人公の人気ではなくヒロインたちの人気に比例します。キャラ萌え・キャラ消費が圧倒的に前景化したのです。
このような状況で、各ヒロインの恋愛描写を目的とする二次創作の需要が増します。2005年頃のArcadia捜索掲示板(投稿掲示板としての全盛期は08-10年で、それ以前は捜索掲示板としてよく利用されていました)の赤松健板でその様子は観察できます。
原作主人公ネギとヒロインたちは過去に因縁を持たず、ヒロインの多さゆえ原作での関係描写はムラがあるので、オリ主を持ちだすことは割と強い要請でした。
書き手・読み手の年齢層についても言及しておきましょう。印象論で申し訳ないのですが、作品の作風や捜索スレッドの文体から察せられる部分です。
『ネギま』は『週刊少年マガジン』連載の少年漫画であったため、他原作の媒体として多かった深夜アニメ・エロゲ―などより若年層にリーチしていました。
そして当時のネット環境は若年層にも開かれていました(※4)。
彼らが先行する二次創作シーンから切断されていたことも、『ネギま』二次におけるオリ主の普及に貢献していそうです。
2006年に「憑依」と「オリ主」がジャンルとして出揃ったとき、それらを組み合わせた「転移/転生/憑依オリ主」もニッチなジャンルとして認知されていたようです。
Arcadia捜索掲示板では「オリキャラ憑依」や「現実→〇〇(作品名)」などの呼び名で作品が探されています。
06-08年における「転移/転生/憑依オリ主」の具体的な出現数を見てみましょう、
「投稿図書」で6件(二次創作全体は約340件)。
「風牙亭」(08年5月閉鎖)という「投稿図書」と並んで『ネギま』二次を集約していたサイトで8件(全体は約220件)。
だいたいこのぐらいの規模感だと思ってください。
③ゲームと「オリ主」
ゲームがライトノベルに与えた影響は計り知れないものがあります。
「ゲーム風異世界ファンタジー」、「レベルアップ」、「ダンジョン」、「死に戻り」。死の軽さと復活は「転生」の前提にもなっています。
ゼロ年代ネットゲームの時代には、「VRMMO」(『SAO』2002年Web連載開始)、「ネカマ」(TSへの影響大)、「冒険者・ギルド・ランク制度」。
『異世界迷宮で奴隷ハーレムを』(2011年-)に代表されるなろうの「ゲーム小説」については、直接のプレイ体験よりむしろ「ニコニコ動画」(2006年-)で流行ったゲーム実況の快楽を引き継いでいるように見えます。
ゲームとオリ主の関係、となるとほとんど自明ですが、プレイヤーが主人公の名前を自由に決められるタイプのゲームはオリ主のジャンル化に強く影響しています。
いくつか並べてみましょう。
『ときめきメモリアル』(1994年-)の二次創作は、1996年から2000年にかけて活発に行われていました。「ガテラー図書館」が主な投稿サイトです。
主人公の名前として付けられた「主人 公(ぬしびと こう)」は有名です。短編が中心だったために開発された、主人公の名前だと即座に認識できるミームです。
『ドラゴンクエスト』(1986年-)はやはり巨大なコンテンツで、二次創作は90年代後半から盛んでした。「DQ小説同盟」が主なリンクサイトです。
キャラの名前は各作者が自由に設定していました(※5)。
『スーパーロボット大戦』シリーズ(1991年-)は、ロボットを軸に多数の作品を集めたクロスオーバー作品です。
『第4次』(1995年)ではどの原作にも登場しないオリジナルキャラクターが主人公になります。主人公候補八人の中から一人選択し、名前・性格・血液型などを自由に設定できました。
まとめると、「多重クロスオリ主二次」が95年時点で発表されていたわけです。「オリジナル主人公」という言葉もこの作品の影響で普及したとか。
また、「スパロボ補正」によってしばしば「原作の悲劇からの救済」が行われており、時代や消費者層的に『エヴァ』二次に影響していそうです。
『ロードス島伝説』(1988-1993年)のようなTRPGリプレイ、『ネットゲーム90 蓬萊学園の冒険!』(1990-91年)のような「プレイバイメール」(郵便やインターネットなど通信媒体を用いて遠隔地のプレイヤー同士が遊ぶゲームの総称)の名も挙げておきましょう。
こうしたゲームとオリ主の関係は、夢小説を扱う第六話において再び見ることになります。
―――――――――――――――
※1:「メアリー・スー」の生みの親であるポーラ・スミス氏が当時の『スタートレック』ファンダムについて詳細に語っています。
『A conversation with Paula Smith』
https://journal.transformativeworks.org/index.php/twc/article/view/243/205
メアリー・スー的な類型(身体的特徴、人々の救済、悲劇的な結末等)は19世紀中頃のアメリカで書かれた「感傷小説」(アマチュアの女性たちが書いていた道徳的・感傷的な要素を含む小説のジャンル)でも観察できるそうです。創作初心者が陥る現象として普遍的なのでしょう。
『“Too Good To Be True”: 150 Years Of Mary Sue』
https://www.merrycoz.org/papers/MARYSUE.xhtml
アメリカの話をここでした理由は二つあります。一つは、「オタク的な表現/二次創作」の世界的な広がりを第七話で扱うため。
もう一つは、日本独自のサブカルチャーとみなされ江戸文化との連続性も語られてきた「オタク系文化」が、実は1950年代アメリカ型消費社会の輸入なしでは考えられないためです(東浩紀『動物化するポストモダン』参照)。逆に消費社会さえあれば、70年代『スタートレック』二次のように(あるいは90年代以降のヒップホップのように?)「オタク的な表現」は生じるようです。
※2:「SS」に関する記述がミスリーディングなので訂正しておくと、90年代の『エヴァ』『ナデシコ』二次では「FF(ファンフィクション)」という呼び名の方が優勢でした。「SS」の名が支配的になるのは『Kanon』等のエロゲ二次(「かのんSS -Links」の名に注意)からのようです。
※3:クロスオーバー二次創作の流行は、この他にも様々な側面を持っています。
まず、オリ主の前段階として捉えることが可能です。「作品Aの主人公(よく魔改造される)が作品Bの世界に渡って活躍する」という形式は、オリ主よりも欲望が見えづらく、話も作りやすく、呑み込みやすかったでしょう。(転生)オリ主のクロスオーバー的性格は、悪名高き「能力だけクロス」(例:『なのは』世界にいるオリ主が『Fate/』の「投影」の能力を使うがその他にクロスオーバー要素はない)からも伺えます。ちなみに「能力だけクロス」は2002年頃の2chSS板で普及したとか。
『エヴァ』にオリ主を導入することの難しさは、『エヴァ』に別作品の主人公を導入することの難しさに置き換えると納得できるかもしれません。
「現実世界から作品世界への移動」であるトリップの普及にも関係していそうです。次回触れるように、「作品Aから作品Bへの移動」であるクロスオーバーとトリップは次第に接近していきます。
ただし、転生オリ主に至るまでにクロスオーバーを経ることが必然だったかというと、おそらくそうではありません。夢小説(第六話参照)や海外二次創作シーン(第七話参照)は異なる歴史を歩んでいます。
「日本の」「Web上の」「男性向けの」「二次創作」「小説」における迂回をどう思うかは、もう少し研究が必要そうです。
※4:インターネット普及率(個人)は1997年の9.2%から2003年の64.3%まで急激な伸びを見せます。2005年時点で70.8%となり、2021年の83%と比べても遜色ない数字と言えるでしょう。
『令和4年版 情報通信白書』「第2部 情報通信分野の現状と課題」
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r04/html/nd238110.html
※5:名前が普通名詞化した「勇者「〇〇」 魔王「××」」のような台本形式のドラクエ風SS(中身はドラクエに限らないので「魔王勇者系SS」と呼んだ方が正確)は、流行ったのが2008年頃の2chSS速報VIP板とやや遅いです。台本形式自体は2005年頃のVIP板で普及しています。
『2ch発の魔王勇者系SSの隆盛と魔王勇者系ライトノベルの増加は関連しているのか?』
https://kazenotori.hatenablog.com/entry/20120302/1330685026
[参考文献]
カスガ氏によるメアリー・スーの元ネタA Trekkie's Taleの日本語訳
https://togetter.com/li/676503
2023年に読む『魔法先生ネギま!』二次創作(前・後)
https://wagaizumo.hatenablog.com/entry/2023/04/21/041105
https://wagaizumo.hatenablog.com/entry/2023/04/22/073615
東浩紀『動物化するポストモダン』(講談社、2001年)
東浩紀『ゲーム的リアリズムの誕生』(講談社、2007年)
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