Web二次創作小説史1995-2008 転生オリ主とトリップ夢主

古土

1.はじめに


 ①序


 2008年から現在に至るまで、Web二次創作小説シーンの最前線で活躍を続ける「転生オリ主」(=現実世界から作品世界へやってきた、原作には登場しないオリジナルキャラクターの主人公)。

 2011年の小説家になろうで異世界転生ものが爆増したのは、なろうの姉妹サイト「にじファン」(2010-2012年)(※1)で転生オリ主が流行していたからだ、というのが今では定説になっています。


 このエッセイの目的は、彼/彼女らがどこから来たのかを描くことです。

 そうすることで、ある時代の二次創作シーンへの理解を深めるだけでなく、なろうやカクヨムといった一次創作シーンについても多くのことが分かるようになります。



 「転生」輸入以後の一次創作シーンは、「誰も読んだことが無いがなんとなくは知っている巨大な何か」に対して二次創作をするかのように作品が書かれてきました。少なくともランキングに載るものはそうでした。

 テンプレの多用は「原作」に準拠した結果、というわけです。


 また2010年以前を見ても、Web小説シーン全体で最もPV数を集めていたサイト(「かのんSS-Links」「小説大好き!」「Arcadia」)は常に二次創作を集約するサイトだったようです。

 作品投稿数で見るとまた別、というか個人サイトの時代はシーンが拡散していてどこを見ればいいか困るところがありますが、何らかの指標にはなると思います。


 二次創作抜きでWeb小説は語れません。



 さて、転生オリ主周辺を扱うにあたってまず確認しておきたいのが、その治安の悪さ・猥雑さです。

 SF作家シオドア・スタージョンは「どんなものも9割はゴミだ」と述べましたが、転生オリ主を産んだ二次創作シーンに関しては「残り1割の半分もゴミ。少なくともポップでジャンキー」と言いたくなります。


 もちろん、原作リスペクトにあふれ解釈を一致させるような、原作への「二次」性を優先した二次創作は、いつの時代も存在します。

 しかし、転生オリ主が流行った大規模投稿サイト(「Arcadia」「にじファン」「ハーメルン」)だと、そのような作品はいまいちPV数を伸ばしませんでした。

 ゲームが違うからでしょう。なろうやカクヨムのトレンドがランキングハックに導かれてよくわからない方向に進むのと、同種の現象が起きました。


 具体的には「二次創作を読む/書くことの自己目的化」です。原作は何でも良くて、二次創作的であること自体に魅力が生じ始めたのです。

 例えば、原作を読まずに(以下、原作がゲーム・アニメ・音楽などの場合も「読む」を使います)二次創作を読む慣行は今でも根付いてます。

 さらに恐ろしいことに、ゼロ年代から10年代中頃まで、原作未読のまま二次創作だけを読んで二次創作を書く「原作未読系二次創作」がしばしば出現しました。


 強調しておきたいのは、転生オリ主はこのような環境から生まれ育ったことです。

 あるいは二次創作の「創作」性が許されたことではじめて生まれた名作があり、育った作家が居ました。

 とはいえ、シーン全体の動向を見るには無数の凡作・駄作の方が重要です。個別の作品の特徴や影響力については言及しても、今読んで面白いかどうかの判断は差し控えることにします。



 次に、アイディアとしての転生オリ主とジャンルとしての転生オリ主を区別しておきましょう。前者について起源を探すことは難しい上に、意味がありません。


 遡ると1999年の『新世紀エヴァンゲリオン』(TVアニメ1995-96年)二次創作ですでに「轢死転生オリ主」が存在していたようです(『EVANGELION in METAL』『an irony of fate~運命のいたずら~』)。残念ながらトラック転生ではありません。

 「現実世界から作品世界へ」というアイディアだけなら、『はてしない物語』(1979年)や『ドラえもん』(1969年-)のひみつ道具「絵本入りこみぐつ」(1980年)、a-ha〈Take On Me〉のMV(1984年)、サイレント映画『キートンの探偵学入門』(1924年)などにも見られます。


 アイディアとしての転生オリ主はいっそ陳腐と言ってもよいもので、いつの時代も作品の感情移入的な消費のすぐ傍にいました。「自分だったらこうするのに」の一番素直な表現ですから。

 しかし、安易だからこそ欲望の表出は抑圧され、二次創作ジャンルとしての形成を阻んできたように見えます。

 誰でも思いつくということは、つまらないということです。「どうしてもやりたいなら相当うまくやれ」と。


 『はてしない物語』は物語の前半を丸々転移の準備に費やすことで、作品世界へ移動する荒唐無稽さを解消しています。〈Take On Me〉のMVは荒唐無稽さについては諦めており、映像表現の凄みで勝負しています。



 転生オリ主が「誰でも書ける」ジャンルとして大流行したのは、2008年のSS投稿掲示板「Arcadia」(2001年-、通称「理想郷」)においてのことでした(※2)。

 2008年は二次創作の受け皿が変化した時期でもありました。つまり、原作ごとに二次創作を収集する小~中規模の投稿サイト・検索サイトから、原作を問わず二次創作を大規模集約するArcadiaへ移行したのです。

 大規模な共同体と競争の激化、そして若い世代の急増によって、転生オリ主のジャンル化を阻んできた一線は突破されます(※3)。

 彼らはそれまで否定的に扱われてきた荒唐無稽さにゲーム/ネタとしての価値を見出し、積極的に引き受け始めました。



 2008年末にはArcadiaで転生オリ主は完全に流行していたと言えるでしょう。例えば界隈の人々にとって伝説的な作品、『魔法少女リリカルなのは』(TVアニメ2004-07年)二次の『紐糸日記』(2008年11月-)の名を挙げておきます。


 では、2008年末より前はどうだったのでしょうか? 

 Arcadiaにおいて、個人サイトにおいて、夢小説において、2ちゃんねるにおいて、ニコニコ動画において、転生オリ主の流行はどのように準備されていたのでしょうか?

 転生オリ主を中心に、2008年までのWeb二次創作小説史を辿っていきましょう。




 ②ジャンルの定義


 本論に入る前に、各ジャンルを定義しておきます。

 「転生オリ主」は二つの異なるジャンル「トリップ」と「オリ主」が合流して生まれたジャンルです。単語の選択や定義は時代・文化によりまちまちですが(※4)、このエッセイでは次のように扱いたいと思います。


「トリップ」:現実世界の人間が作品世界/異世界に来訪する二次創作の総称。

「オリ主」:原作に登場しないオリジナルキャラクターを二次創作の主人公とするもの。


 「トリップ」のサブジャンルとして次のような分類を用います。


「転生」:現実世界での死をきっかけに来訪するもの。狭義では死んだあと赤子からやり直すもの。

「憑依」:来訪先に存在した人物の精神を乗っ取る形で来訪するもの。

「転移」:そのままパッと移動するもの。

「召喚」:転移のうちきっかけが来訪先の魔術的儀式であるもの。


 分類と言いつつ、これらは必ずしも排反ではありません。

 現実世界で死んだが(転生)死ぬ直前の身体でチート能力もなく異世界にいる(実質的な転移)とか、現実世界で死んで(転生)異世界の人間の精神を乗っ取る(憑依)とか、こういった境界例は二次創作でも一次創作でもよく見かけます。


 2011年以降のなろうにおいて転移と転生を比べると、やはり死の気配がする転生の方がよりなろうらしく、考察のしがいもあるでしょう。

 実際、現代的な転移ものは『ナルニア国物語』(1950-56年)以来さまざまな媒体で描かれてきましたが、現代的な転生ものはいつの間にか浮かび上がった感があります。ここをちゃんと追えたら面白い仕事になるかもしれません(※5)。


 しかし、今回は転移(や憑依)と転生をあまり区別せず、死をきっかけとしないものも雑に転生と扱うことがあります。

 2008年末までの二次創作シーンでは、「現実世界から作品世界に飛び込む」トリップの仕組みがまず非自明で呑み込みがたいものでした。そのため手段が転移(「朝起きたら俺は」「ふと気が付くと俺は」)だろうが転生だろうが大差なかったようです。

 転生一辺倒になるのは2008年末-2009年前半、「神様転生」「転生チート」「転生トラック」「踏み台転生者」といったミームが整備されてからになります。


 

 以上で準備は終了です。

 次回は「憑依」の形成から話を始めたいと思います。


 



―――――――――――――――

 

 脚注は本文読了後にまとめて読める形で書いていきます。



 ※1:正確には「小説家になろう」に投稿された二次創作を検索するサイトが「にじファン」でした。一次創作を検索するのが「小説を読もう!」です。他の系列に「ノクターンノベルズ」や「ムーンライトノベルズ」が存在します。



 ※2:08年Arcadiaの転生オリ主以前、04年頃の夢小説ですでに「トリップ夢主」という類似の概念が流行していました。第六話では二つの概念を比較し、影響関係について論じます。

 ここでついでに述べておくと、第五話までは「二次創作」と書いたとき「男性向けWeb二次創作小説」の含意があります。「男性向け」とは作品に見られる表象/コードを指してのことで、関わる人々のジェンダーは「男性」に限りません。

 とはいえ、二次創作シーンにおいて、少なくとも書き手の男女比が偏っていることは否めません。『二次創作(を/から)視る』で行われたインタビューでは、『エヴァ』SSの書き手として男性25人女性3人の回答が得られていました。『エヴァ』は女性人気が高かったので、これでも女性は多い方かもしれません。



 ※3:当然のことですが、転生オリ主のような過激なジャンルを全員が諸手を上げて歓迎したわけではありません。一方で激しく叩かれながら、他方で熱烈な支持を受けていました。この対立は世代集団的であったという分析があります(『web小説における「転生」普及過程』参照)。

 「オリ主・オリキャラ」の時も同じことが起きていて、今でもオリキャラは認めないという原作原理主義の立場で二次創作を書いている人は普通に居ます。

 今後「〇〇が発明された」「〇〇が流行した」と書かれたときも、こういった駆引きを想像しながら読むとより楽しめると思います。



 ※4:「異世界転移/転生」が登録必須キーワードとなっている小説家になろうでのジャンル定義は次を参照。


『ガイドライン 異世界転生・転移のキーワード設定に関して』

https://syosetu.com/site/isekaikeyword/



 ※5:「転生」というモチーフは70-90年代のオカルトブームで人気を集めていました。しかし「転生に伴って異世界/作品世界に行く」「今世の人格より前世の人格が優位である」という二条件を満たす作品となると、ほとんど見かけません。「転生トラック」の元ネタと思しき『幽☆遊☆白書』(1990-94年)の名は挙げておくべきでしょうか。

 興味のある方は次を参照してください。


『「別世界」に「別人」として生まれ変わる物語はいつからあった?』

https://togetter.com/li/1451866



[参考文献]

このエッセイ全体で参考にした文献です。各々レファレンス集としても使えます。


web小説における「転生」普及過程

https://ncode.syosetu.com/n4531hu/


【不特定】「転生オリ主」を流行らせた作品(~2008年)

https://syosetu.org/?mode=seek_view&thread_id=38921


「エヴァSS」から「小説家になろう」までのWeb小説年表

https://kazenotori.hatenablog.com/entry/2018/11/03/203057


転生トラックの元ネタを探しに行った

https://katoyuu.hatenablog.jp/entry/reincarnationtruck


異世界召喚・転移・転生ファンタジーライトノベル年表

https://www.bookoffonline.co.jp/files/lnovel/pickup/pickup_isekai-history.html


二次創作(を/から)視る

http://nss.atlas.vc/other/thesis.htm


web小説史資料等まとめ(仮)

https://ncode.syosetu.com/n8784ie/



次は今回のエッセイの元になった記事です。


「転生オリ主」の出現――「憑依」と「オリ主」の落ち合うところで/「トリップ夢主」の方へ

https://wagaizumo.hatenablog.com/entry/2023/04/07/231355

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