第16話

 凄まじい轟音と共に辺り一面が吹き飛んだ事で俺は愕然としてしまった。一体何が起きているのか分からないまま立ち尽くしていると、爆炎の中から一人の男が現れたのが見えたので身構えたが様子がおかしい事に気づいた。

 というのも先程までの圧倒的な力は感じられず弱々しい雰囲気になっていたからだ。よく見てみると全身に酷い火傷を負っていて満身創痍といった状態だった。

 だが、それも当然だろう。何しろあれだけの威力の攻撃を放ったのだから無事で済むはずがなかったのである。その証拠に体のあちこちから血を流していて今にも倒れそうな状態になっているようだった。


「やれば出来るじゃないか。やはり君を相棒に選んだ僕の目は正しかったね……」

「お前まさか俺に本気を出させる為にわざと神と手を組んだのか!?」


 驚愕する俺を見て奴は微笑んだ後で言った。


「まあね……こうでもしないと君は本気で戦ってくれないと思ってさ……それに君なら必ずやってくれると信じてたからさ……」


 そこまで言うと力尽きたのか前のめりになりながら倒れたので慌てて駆け寄り抱き起こすと、彼は小さく呟いた。


「……ありがとう……これでようやく眠れる気がするよ……僕はもう疲れたんだ……だから後は頼んだよ……」


 そう言い残すと静かに目を閉じた。その顔はとても穏やかで満足げな表情を浮かべていたのを見て安心した俺はそっと地面に寝かせてやると立ち上がって前を向いた。

 その向こうの空からは光が降り注いで和馬を神の信徒として迎え入れようとしているのが見えた。だが、俺には誇りを持って戦った彼の体を神に渡すつもりなどない。   

 だからこそ決着をつける必要があったのだ。その為にここに来たと言っても過言ではない。覚悟を固めた俺は剣を構えると光の降り注ぐ空に向かって飛び出した。


 そして、無数の天界の化け物どもをすれ違いざまに斬りつけると振り返った後でもう一度切りつけた。それを繰り返す度に体から力が抜けていくのを感じたが構わず続けた。何故ならここで倒れるわけにはいかないからだ。何としてもこいつらを倒して美月を見つけ出さなくてはならないという使命感があったからである。

 しかし、このままでは限界が来るのも時間の問題だと思われたその時だった。不意に背後から何者かの気配を感じたと思ったら誰かに抱きしめられるような感じがしたかと思うと体の中に何かが入ってくるような感覚を覚えた次の瞬間、急に視界がぼやけ始めて意識が遠のいていった。




 それからどれくらい経っただろうか? 気がつくと見覚えのある場所にいた。

 周囲を見渡すと見慣れた景色が広がっている事からここは自分の部屋だという事が分かったのだが、何故ここにいるのか理由が分からず困惑していると部屋のドアが開いて誰かが入ってきた。

 その人物を見て俺は思わず息を呑んだ。なぜならそこに立っていたのは俺の妹である御剣莉緒だったからだ。彼女は何故か悲しそうな顔をしていたがすぐに笑顔になると俺の傍に近づいてきた。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


 心配そうに問いかけてくる彼女に俺は戸惑いながらも答えた。


「あ、ああ……大丈夫だけど、それよりお前は一体どうしてここに……?」

「何言ってるのよ、今日は二人で出かける約束してたじゃない」

「えっ、そうなのか?」

「そうよ、忘れたの? 信じられないわ! 私、ずっと楽しみにしてたのに!」


 頬を膨らませながら怒る彼女を見て申し訳ない気持ちになった俺は素直に謝った。すると、許してくれたのか笑顔で許してくれたのでホッとした時だった。突然、彼女が抱きついてきたので驚いてしまった。しかも、いきなりキスされたものだから動揺せずにはいられなかった。


「ちょっ、何をしてるんだ!?」


 慌てて離れようとするがびくともしなかった為、仕方なくされるがままになっているとしばらくして満足したのか解放してくれたのでホッと胸を撫で下ろした後、ふと気になった事があったので聞いてみた。


「なあ、一つ聞きたいんだがここはどこなんだ?」


 その質問に彼女は不思議そうな顔をしたがすぐに答えてくれた。


「どこって私の部屋に決まってるでしょ」

「お前の部屋だと!? じゃあ、さっきまで一緒にいたのは誰だったんだ?」


 俺が質問すると彼女は首を傾げた後で言った。


「さっきから何を言ってるのよ? 私は一人っ子だし、そもそも女の子の部屋に無断で入るなんてあり得ないわよ! もしかして、まだ寝ぼけてるのかしら?」


 呆れた様子の彼女を他所に俺は混乱していた。何故なら目の前にいるのは間違いなく妹の莉緒なのだが口調や仕草などが明らかに別人のようだったからだ。そこで試しに名前を呼んでみると嬉しそうに返事をしたので確信した。こいつは俺の知っている妹ではないという事を。


(どういう事だ……?)


 訳が分からないまま呆然としていると彼女が心配そうな顔で見つめてきた。


「本当にどうしたの? 何かあったのなら相談に乗るけど……」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は理解した。恐らくこれは夢なのだろう。そうでなければ説明がつかないからだ。何せ目の前にいるのは本物の妹ではなく、ただの幻想に過ぎないのだから。そう考えると不思議と落ち着いてきた。なので思い切って聞いてみる事にした。


「いや、何でもないよ。それよりも今日これからどこに行くか決めてるのか?」


 俺の問いに彼女はしばらく考えた後で答えた。


「そうね……たまには映画でも見に行こうかしら」

「そうか、わかった。それならとびっきりの映画を見せてやるぜ! この魔王劇場でな!」


 俺は魔王の力を発揮して神の見せる夢の幻想を吹き飛ばすべく気合を入れた。すると、途端に彼女の表情が険しくなった。


「ちょっと、ふざけないでよ!  何で私があんたの言う事を聞かないといけないわけ!?」


 どうやら怒らせてしまったらしい。温和な彼女を怒らせるだけの実力が今の俺にはあるという事だ。だんだんと俺には現実が見えてきた。


「なるほどな。俺に楯突いた神はお前だったのか、ミライ!」

「チッ、私のような小さな神はもう大きな力には逆らえないのよ! あんた達が失敗したせいでね!」

「ならもう一度できるところを見せねばお前にも和馬にも申し訳が立たないな! くらえ、必殺の魔法『デス・エンド』!!」


 そう叫ぶと両手を突き出して呪文を唱えると掌から黒いオーラが飛び出していき相手を包み込んでいった。それを見た彼女は恐怖で顔を引きつらせていたが容赦なく魔法を発動させた。その直後、断末魔の叫び声が上がったかと思うとやがて静かになった。その様子を見た俺は満足そうに頷くと呟いた。


「もしかしてやりすぎたか?」

「やりすぎよ! そんな力があるのになんで前は負けたのよ!」

「あの時の俺には覚悟がなかったんだ。美月はどこだ? 教えろ!」

「嫌よ、誰が教えるもんですか!」


 必死に抵抗する姿を見て俺はため息を吐くと言った。


「仕方ない、こうなったら奥の手を使うしかないようだな」

「まさか、あれをやる気なの!?」

「そうだ、悪いが死んでもらうぞ」

「やめて、お願いだからそれだけは勘弁してちょうだい!」


 涙を流しながら懇願する彼女を無視して俺は魔力を開放していくと叫んだ。


「これで終わりだ、ダークネス・ブレイク!」


 次の瞬間、凄まじい閃光が走り周囲一帯が吹き飛んだ。


「ミライちゃん、ご飯ができたよ。うわ、閃光」


 そして、その場には何も残らなかった。

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