新しいお家

 お店の片付けが終わりジェフさんは帰っていった。

 

 ナナさんデンさんハチさんは紬さんと一緒に暮らしているみたい。裏にある自宅へついて行く。中に入ると女性が立っている。


「みなさま。おかえりなさいませ」


「ミホちゃん。紹介するね。この家の住民で家事全般をしてくださっているシルフィさんです。シルフィさん。こちらは今日からここに住みながらお店で働くことになったミホちゃんです。よろしくね」


「はい。ミホ様ですね。よろしくお願いいたします」


「ご丁寧にありがとうございます。こちらこそよろしくお願いいたします」


「それではみなさま支度が整いましたら食堂へお越しくださいね。ミホ様はお部屋へご案内いたします」


「あ、ありがとうございます。シルフィさん」


 シルフィさんは軽く会釈すると私の手を握った。そのまま部屋までエスコートしてくれた。手を繋いで歩くのなんていつ以来だろう……。


 私の自室は階段を上り左へ曲がり2つ目の部屋。シルフィさんが鍵を開けて中へ入る。私も続いて入ろうとすると足元を一匹の三毛猫さんが先に入ってしまう。


「あっシルフィさん猫さんが」


「この子はピピさんですね。この部屋が好きでよく入り込んでいるのです。もしダメでしたら入らないように注意しておきますが……」


 この部屋の住民さんなら入らないようにするのは申し訳ない。それに嫌じゃない。

 

 これからこのお部屋に住むのでよろしくお願いしますと伝えると、三毛猫のピピさんが『にゃーい』と「はーい」みたいな返事をしてくれた。


「それではミホ様。お部屋は二部屋あります。まず入ったこの部屋がダイニングキッチンです。簡単な調理ができる程度の設備もあります。左の扉に洗面所と浴室、トイレがあります。奥の部屋はリビング兼寝室になります。設備はご自由にお使いください。それではこちらが部屋の鍵になります。ご用意ができましたら食堂へご案内いたします」


「ありがとうございます。猫さんの出入りはどうすればよろしいでしょうか?」


「はい。それは扉の下に専用の出入口があります。鍵をかけられるので入ってほしくないときは閉めて大丈夫です」


「わかりました。ええと……食堂はどこになりますか?」


「玄関を入って左の扉になります」


「わかりました。用意ができ次第自分で向かいますのでシルフィさんは先に行ってもらって大丈夫です」


 わかりました。とお辞儀をするとシルフィさんは部屋を出ていった。


 部屋を見て回る。


 キッチンの蛇口をひねったり扉を開けてみたり。


 トイレは……普通の洋式だ。


 お風呂は……湯船もある。


 寝室はベッド。とりあえず手で押して硬さをみる。そしてベッドに飛び込む。すっごいフカフカ。はじめての経験だった。気持ちいい。


 寝室の奥は窓があって外へ出られるみたい。起き上がって窓を開ける。白いカーテンが舞い上がって少し視線が遮られる。カーテンを開くとそこには大きな湖が広がっていた。ベランダがあるので出てみる。


 日本では春だったけど、こちらの季節も同じ時期に感じる。寒くはなく心地の良い暖かさ。ベランダにはテーブルと椅子があったので座ってみる。夕日がとてもきれい。湖をぼーっと見ながらこれからのことを考えてみようと思ったけどおなかが減ってしまった。そういえば食事の時間なのを思い出し慌てて廊下へ出た。ちょうど紬さんも出てきたところだったので食堂まで一緒に行くことになった。


「お部屋はどうだったかしら?」


「はい。とてもいいお部屋でした。良すぎて申し訳なくなっちゃうくらいで。あの。本当によろしいのでしょうか?」


「もちろん。大丈夫ですよ。ここはそういうところらしいので。誰でもいつでも住めるみたいです。ただシルフィさんが嫌がらなければね」


「シルフィさんがですか?」


「そう。ここはあの子おうち……ううん。このおうちがあの子みたいなものだから。かな」


「なんだか不思議な感じなのですね。普通に接してくださったので大丈夫かな……。そういえばお隣なんですね。よろしくお願いします」


 話してるうちに食堂へ着いた。すでに、ナナさん。デンさん。ハチさんがいた。シルフィさんが席に案内してくる。デンさんの隣だ。デンさんの椅子は机の高さまであってそのままごはんを食べられるようになっていた。


 ごはんを食べながら私の話をした。みんなとても親身になりなんでも相談にのってくれるって言ってくれた。


 次にみんなの話を聞く。


 紬さんは東京で保護猫カフェを営んでいたけど2年ほど前、この世界へ猫たちとともに転移してきた。国王様に協力してもらいここで保護猫カフェを続けて営業している。少しだけ治癒の魔法が使える。


 ナナさんは人ではなく、魔法生命体という魔力で動いている。紬さんに助けられてここに住みながらアルバイトとして働いている。


 デンさんはこの国の守り神様!国王様と仲がいい。このお店が気に入ったので住みながらお店のお手伝いをしている。


 ハチくんはフェンリルという妖精で、兵士さんと少しもめ事が起きてしまいその罰としてここで働くことになった。元の姿は狼みたいでとても大きい。紬さんがはじめて出会ったとき気絶をしてしまうほどだった。


 ごはんを食べ終わるとリビングに案内をされた。ここではおやつやコーヒーなどを飲みながらまったり過ごす。冬になると暖炉があるのでとても眠くなるって紬さんが言っていた。ある程度時間を過ごして各自部屋に戻っていく。私も自室に戻る。


 部屋に入り真っ暗なままベランダへと出た。季節は春のようだけど夜になると少し肌寒い。ふとベッドを見るとブランケットが置いてある。それを羽織てふたたびベランダへ出る。今度は寒くない。月がないので星がとてもきれいに見える満天の夜空。そういえば子どものころ、おばさんのうちへ預けられる前。たぶん両親と暮らしていた時。夜空がとてもきれいだったような記憶を思い出す。あれはどこだったんだろう……。


”コンコン”


 ノックの音が聞こえた。扉を開けると紬さんが立っていた。


「遅くにごめんなさい。いまお時間大丈夫かしら?」


 うなずくと紬さんは自室に誘ってくれた。紬さんの部屋も私と同じ間取りみたい。あまり物がなく室内には机と椅子が二脚。猫トイレも置いてあった。


「なにもないでしょう?あまり置かないようにしてるの。でも猫トイレはあるのよ。そこに座ってて。飲み物はココアでもいいかしら?」


「ありがとうございます。お願いします」


 紬さんは自分のコーヒーを淹れながら私のココアを作ってくれた。出してもらったココアはとても温かく手を添えているだけで癒される。


「大丈夫かな?色々あったから疲れてない?」


「はい。なんとか大丈夫です。疲れたことは疲れましたが、日本での将来は不安だけしかなかったので。ここのみなさんはとても優しくてお仕事や住む場所まで用意してくださったので本当に嬉しいです」


「いい子ね。無理しなくても大丈夫よ。私もここに来たときはたくさん助けられたの。だからあなたもたくさん頼ってね。明日は町の案内と国王様に会いに行きましょう。たぶん会えるはずだから」


「お、王様ですか……。私なんかが会っても大丈夫なのですか?」


「ふふ。全然大丈夫よ。悪い人ではないから……。さっ今日はゆっくり寝てね。不安ならそばにいるけど?」


「ありがとうございます。たぶん大丈夫です」


「わかったわ。隣だからいつでも声かけてね」


「はい。ココアありがとうございました。紬さん。おやすみなさい」


「ミホちゃん。おやすみなさい」


そういって紬さんの部屋を出るとピピさんが廊下にいた。


「ピピさんこんばんは」


 そういって部屋に入ると当然のようにピピさんも入る。私はシャワーを浴びて寝る準備をする。いつもならスマホを見ながら寝るのだけどそれはできない。ベッドに入ろうとするとピピさんが枕の横に寝ていた。丸くなって前足だけ伸ばし、あごは後ろ足に乗せている。すごく器用な姿だけど気持ちよさそうに寝ている。私は布団に入りその姿を見つめる。うっすらとピピさんの寝息が聞こえる。気づかないうちに眠りについた。なにも考える時間もなく。ぐっすりと。



 ★登場人物

 *ピピ:紬の家の飼い猫。ミホの部屋に入り浸っている。

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