自自信モテ生キヨ 生キトシ生クルモノ スベテ コレ 罪ノ子ナレバ


 中学生の頃、片耳が不自由な小柄な女性と交際をしていた。

片耳が不自由とだけで他はなんの変哲もない、普通の女性だ。

彼女の趣味は、当時スマホが出たのにも関わらず頑なに折りたたみ式の携帯電話を使って書く小説だった。

彼女は、純文学がとても好きな文学的少女であった。

勿論、私自身も彼女に好かれたい一心から純文学にのめり込んでいった。

ただ、彼女と私が唯一違うところと云えば儚さであったと思う。

いつ消えてもおかしくない様な、まるで秋の夜に漂う月の様な、そんな感じがしていた。

その儚さが現実になるとは露にも思わなかった。

 そんな私達の、お決まりのデートといえば近くの公園のベンチで座り変哲も無い世間話をしてみたり、夏休みなどになると図書館で本を読み漁ったりしていた。

互いに、本は元々好きであったし映画や、漫画よりも本をよむということだけが好きなタイプだった。

私は彼女と過ごす、そのような時間が好きだった。

ただ、あの出来事を境にもうそのような時間を過ごせないようになってしまった。


ーーー『ドサッ』



 私は、会社のパソコンの前に座って資料を作成しながら、苛ついた感情を抑え部下と話していた。

心の中では、指示も聞かない我儘なやつだと悪態をついていた。

何気ない会話の合間、「実は私片耳が聞こえないんですよー。だからあんまり指示が聞こえてないと思います。」と明るい声で突然言われた。

 以前、中学の頃交際していた女性が不意に私の前から、屋上から、飛び降りた。

今回の彼女のようになんの前触れもなく。


彼女の、突然の告白を聞いた瞬間


ーーー『ドサッ』

と、まるで今、君が笑顔のまま目の前から落ちたように、鮮明にフラッシュバックをした。

あの日、私達は留めどない会話を楽しみ、窓際にもたれかかっていた筈だ。

互いに陰口を言うわけでもなく、今日の放課後どこに行くか。など、本当に楽しくくだらない話していた筈だ。

なのに、君ときたらなんの躊躇いもなく、ただただ笑顔のまま、柵を飛び越え落ちていった。

残された携帯電話には大量の小説ではなく、ただ一文だけ残されていた。




 確かに私は今日、部下の小さな失態を、それも、指示を聞いていれば防げた様な失態を、理由も聞かずに叱りつけた後だった。


「あぁ、またか。」


それが何故かは分からないが私の素直な心持ちだった。

私達は普段、特段相手の心を察せず吐いてしまう言葉が多いと思われる。

それは、私だけでなく、これを見ているあなたも心当たりがあるはずだ。

なんとも、相手の気持ちを察せず吐き出した言葉。

これが、思った以上に効力をもたらし、肝を冷やしたことがあるだろう。

現に私はつい先程、この失態をしてきたばかりだ。

昔と違い、今の私には部下もいれば、妻もいる。

心の中では昔から成長した。いや、人間味を帯びた。と思っていた。

今回の部下の発言は、彼女の発言は、まるで私を現実に…或いは地獄に一気に引き落とされた様な発言だった。


昔、昭和の1人の文学者が、


「自自信モテ生キヨ 生キトシ生クルモノ スベテ コレ 罪ノ子ナレバ 」


と、自身の小説の中で書いていた。

これは彼女が最後に残した一文だ。

何を以てこの一文を残したのか。20年経った今でも見当もつかない。これは私に課した戒めなのか。それとも彼女自身が耐えきれなくなった言葉なのか。

私はあれから、彼女の言葉を探す様に、御坊の真似事をして読経をしてみたり、心理学とやらを勉強してみたりしたが、彼女が何を思ってあの瞬間飛び降りたのか分からなかった。

今彼女の真似事をして、小説の様なもの、いや小説にもなり得ないものを書いてみてはいるが何も掴めないままである。


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