⑦
かがり火の行進が、夜の森を煌々と照らす。
面を着け武装した大人達に囲まれ、正太郎たちは歩いている。
行進の足取りは重く、どこか機械的で不気味だ。慌ただしく狸が走り去る様子を横目に、正太郎が小声で天道に声をかける。
「ねえ、どうなってるの?記憶の世界って僕らを追い出そうとしたんだよね?
なんで、記憶の中の人たちに助けられてるの?僕らのことが見えてるみたいだし」
「あー、真魂回録ではたまにあることだ。
ここはいわば、過去を再現した異世界みたいなもんだ。
異物の俺たちは弾かれるが、記憶の中で近しい存在とリンクすると、記憶の中が異物を自分の記憶と勘違いして取り込もうとするんだ。
多分、今の
「勘違い……。僕ら、どこかの村の子って思われてるのかな」
「かもな。俺たちがこの配役になったってことは、そこそこヤツにとっても印象的な事件だったってことか」
ちら、と正太郎は、隣を歩く女を見やった。
男と見まがうような長身、しなやなか筋肉、蛇のような顔。どう見てもムツだ。
腕の数はちゃんと二本だし、性別も違う。髪色も違う。
だが漂う雰囲気や先程見せた刀捌きは、本人のものとしか言い様がない。
「なんで女?」
「知るかよ。体型は似てるけど……でもアイツ胸はなかったような……」
「さっきから何の話しとるねん」
「あっ、い、いや何でも!僕らどこに行くのかなァって」
「決まっとろうもん、ウチらの村や。ほら、あそこ。もうすぐ着くで」
二人はさっと話をやめて女に振り向いた。
着いたで、と促されて視線を前方に向ければ、そこには四方を囲む高い木製の防御壁。さながら城塞だ。
ぽかんと口を開けていると、前方に設置されている大きな門が開いた。
その先には、沢山ともした灯りによって、昼のように明るい景色が広がっていた。
ずらりと並ぶ家々や厩舎では、夜にも関わらず村人たちがさかんに仕事をしている。
背の高い櫓があり、暇そうに見張りの村人が酒をつまんでいる様子が見られた。
一番奥に見える建物は神社だろうか。立派な鳥居がいくつも並んでいる。
規模こそそんなに大きくなさそうだが、かなり活気ある村という印象だ。
「うわ……ここ、本当に山の中?」
「村に来たヤツは大抵そんな顔して驚くわ。
何でもはないが、あるものはある。ようこそ、鬼を奉る村──吉備津山集落へ」
女は二人を自分の家に招いた。
時代錯誤な長屋に連れて行かれる。昔ながらの家、という印象で、土と藁のような匂いがした。
扉を開けた途端、「おかえり、ムツ!」「おかえりなさい!」と子供達がわらわら飛び出してくる。
女はトラバサミのような歯を見せて笑うと「はいはい、ただいま」と笑いながら家に入っていく。
正太郎たちは肩を竦めながら後に続いた。
長屋の中は子供だらけだ。皆一様に、興味津々といった目で正太郎と天道を見やる。
「ムツ、この子たちだあれ?」
「しらない子達だ!」
「ボロボロ〜」
「山の中で大蝦蟇たちに追われてたんや。
親もおらんようやし、うちの村で世話するほかなかろうや」
「へえ!じゃあおいら達と同じだ!」
「こっちゃ来い!泥落としな!」
そうして連れてこられた長屋の裏で、正太郎はいきなり真水を浴びせられた。
「冷たっ!」と思わず悲鳴が出る。子供たちは構わず「とりあえず服脱ぎなよ」と、あれよあれよと服を剥ぎ、しこたま真水を浴びせられた。
「ち、ちょっと!お風呂はないの!?」
「おふろー?」
「あれじゃろ、とかいで流行っとるやつじゃろ?お湯に入れるっていう!」
「そんちょーさんのお屋敷にはあるってきいたよー!」
「がすっちゅうらしいね?はあー、おらもおふろってやつ、入ってみてぇなあ」
「う、うそでしょ……」
カルチャーショックどころの話ではない。
そもそも生きてる年代が違うのだから、正太郎の常識が通じるわけがないのだ。
ゾッとする横で、天道は涼しい顔で水を浴びて、その上赤ん坊になってしまったシンもじゃぶじゃぶと洗っていた。
……火の力を持つお化けを洗っても良いものだろうか?
「っていうか、やけに慣れてるな……」
「川で体洗うくらいは普通にやってるからな」
「じゃなくて、この状況にだよ。こんな普通に馴染んじゃっていいの?外に出られないのに……」
「ん?まあな。別に初めてじゃねえし。
だいたい、ここで何時間経とうが、あくまでここは記憶の世界。外とは違うから安心しな。
俺たちの目的は吉備津山ムツの正体、それから弱点を知ることだ。機を見て正体を探ればいい」
体を洗い終えると、つぎはぎだらけの服を寄越された。やけにごわごわする。
風呂に入った後、握り飯を2つ3つ手渡され、食べ終わったらあとは就寝。
皆いきなり、電池が切れたように、布団の上で雑魚寝し始めた。
どうにも落ち着かず、正太郎は小さなシンを抱き抱えたまま、目を閉じる。
不思議な気分だ。他人の記憶の中で眠って、ご飯を食べて、自由に動いている。
食欲もなければ夢も見ない。奇妙な表現だが、あまり生きているという感覚がなかった。
◆
「ほらほら起きぃ!もうお日様登っとるで!」
「ぎゃう!?」
お尻を叩かれ、弾かれたように目を覚ます。
至近距離にムツの顔があった。へらへら笑いながら、「今日からここで暮らすんやから、まずは村長に挨拶せなね」と正太郎の手を引いて起こす。
天道は既に起きていたようで、「遅いぞ寝坊助」と誹られた。
朝ごはんは無い。早速ムツに連れて行かれた先には、大きな日本屋敷があった。
いかにも村長の家、といった風体だ。家主の村長は、まるで布袋様の置物のように丸々とした体をした老人だった。
布袋様と違う所があるとするなら、むっつりと顰め面をして、正太郎と天道を睨みつけていることだった。
「まったく、仔猫を拾うのとは訳がちがうのだぞ、ムツ。
隙あらばみなしごを連れてきてからに。空きの家があるわけでもなし、皆己で食い扶持を稼ぐのが精々だというに」
「村長、ですが働き手が増えることはよいことではありませんか。私の長屋で面倒を見ますから、何卒お許しを」
村長はどうも、子供を置くことを歓迎していないようだった。
それでもムツが食い下がると、最後には「好きにせえ」と投げやりに言って、追い払う仕草をした。
村長の家を後にすると、開口一番、ムツは「ごめんなあ」と申し訳なさそうに言った。
「村長はあんまりよそ者を入れたがらんのや。
食い扶持も減るし、この村は大人の女があまりおらんでな。
悪い人やないんやが、あないな憎まれ口叩くのはもう、性根やねん。堪忍な」
「う、ううん。置いてくださってありがとう、ございます」
「礼はいいってことよ。んなことより、この村で生活するなら、きっちり働いてもらうでな」
吉備津山集落は不思議な村だ。
四方を高い木の壁で囲い、櫓があちこちに立っている。その天辺には釜が据えられ、常に火が焚かれている。
しかも釜からたえず、苦味のある嫌な匂いがして、最初はオエッと吐き出してしまいたいほどだった。
一番目を引くのは、村長の屋敷に続く道、その奥に見える神社のようなもの。
鳥居がいくつも並ぶ先に、本殿があるようだが、立派な鳥居に反してやけに地味であるようだった。
「あれ、何……ですか?」
「あれかい。鬼神さまがおるけえ、近寄ったらあかんよ」
「きしんさま?」
「そう。この村の守り神様や」
ムツはそれ以上何も言わなかった。というより、語る言葉を持たないようだった。
村では山の中に点々と田畑があり、主に馬に乗って山道を登り、畑の世話をしにいく。
決められた道以外は絶対使ってはいけない、夕暮れから日没の間しか畑の世話をしてはいけない、脱いだ着物ら決して畑に置き去りにしてはならない、など、沢山の奇妙な決まりがあった。
中には変わった決まりもあって、田畑の仕事のほかに、毒虫を小さな袋いっぱいに詰めて持ってこなければならない、というものもあった。
「なんでこんな決まりがあるの?」
「さあて、村での昔からの決まりやけ。それとも虫は嫌いか?」
「そんなんじゃ……うえ、気持ち悪……」
「ワハハ、ただのヤスデじゃて!」
からからと笑うムツは、少しがさつで、溌剌として、気のいいお姉さんだ。
とてもじゃないが、子供を追い回して八つ裂きにするだとか、舌で舐め回すような変質者と同一とはとても思えない。
この人は本当に、自分の知る吉備津山ムツなる吸血鬼なのだろうか?
この村の不思議なしきたりといい、疑問ばかりが膨れ上がるのだった。
◆
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