-4- T・リネン・来客
「いいですかラオレ様。メイドたるもの上品で淑女的であるべきなんです」
「は、はい」
俺はアリスの書斎で、マリエッタから説教を受けている。マリエッタは俺をじっと見つめながら、恥ずかしそうに視線を泳がせていた。
「ですから、ね? このような格好は……」
「変じゃないよ」
「だ、だってこんな……人前ではしない格好ですし」
「ここ、君の家だろうに」
「でも」
「ほんとに変じゃないよ、いい感じ」
俺の言葉を聞いたマリエッタはほっとした様子を見せると、恥ずかしそうに首を縮めながらにっこりと微笑んだ。今日の彼女はいつも下ろしている黒髪をまとめ、ラフなTシャツ姿で俺の前に立っていた。
Tシャツの柄にはかわいらしい猫のキャラクターが描かれている。これは、彼女が好きなアニメのキャラクターらしい。初めて見たときはいつものメイド服とのギャップにぎょっとしたが、もう慣れてしまっている自分もいる。
黒いメイド服を着ていた時には目立たなかった,その大きな胸の膨らみや引き締まった腰つき。そんなものがはっきりと分かってしまって、俺はなぜかいたたまれない気持ちだった。体のラインがくっきり強調されているのだ。アンドロイドとはいえ。ううむ。
するとマリエッタは俺が向けていたらしい視線に気づいて、恥ずかしそうに腕で胸元の猫を隠すようにした。
「ほ、ほら! やっぱり! 似合ってないから見るんでしょう!?」
「あぁ、いやあ、その……かわいいなあと」
「えぇっ!?」
素直に感想を言うと、なぜか慌てるマリエッタ。顔を真っ赤にして俯いている彼女の姿を見ているうちになんだか可笑しくなって、二人で笑いあった。
「あら、随分楽しそうじゃない」
書斎に入ってきたのは、アイスティーを持ってきたアリスだ。テーブルの上にそっとアイスティーを置くと、俺の隣へと座る。
「あーっ、今日は普段着なのね?」
アリスはアイスティーをテーブルに置くと、マリエッタに近づいてTシャツをじっと見つめ始めた。
「あの、どうかされましたか……? このシャツは洗いましたが、何かついていますでしょうか」
「あなたってば、ほーんとに……猫が好きなのね」
「え?」
訝しげにそのTシャツを見つめるアリス。そうか、アリスは獣が苦手だから。とはいえ、それを言うわけにもいかないだろう。俺は黙って二人の様子を見守る。
「こ、これはですね……いつも撮影している猫に敬愛を表して」
「絶妙にださい」
「え」
……おお。マリエッタが絶句してる。
「リネンシャツとかにしなさいね」
アリスはそう言い放って書斎の本棚に手をかけ始める。マリエッタはしばらくぽかんとしていたが、急にハッとして立ち上がる。
「そ、それでは失礼します!!」
マリエッタは逃げるようにして部屋を出て行った。俺は苦笑いしながらアリスに話しかける。
「あのシャツ、俺は好きだけどな」
「でも、似合ってないわよ。それに」
「ん?」
「体のラインが出過ぎ。そうでしょう?」
アリスは俺の顔を横目で眺めながらそう言う。俺が鼻を伸ばしていたのがバレバレだったようだ。反省しなければ。
「アンドロイドに対して劣情を抱くなんて、いい趣味してるわ」
「やめてくださいよ、人聞きの悪い」
「そうよねえ、マリーはああいう設計だものね」
俺をからかうようにアリスは笑っている。
「…………とはいえ、その。もっと別の言い方もできたんじゃないですか? 折角気に入っていたのに、かわいそうだ」
すると、アリスは本を閉じ、ゆっくりと振り返った。少し悲しそうな表情をしているように見えたが、すぐに笑顔になる。
「あの子は意外と,そうでもないわよ。あなたが思ってるより強い子。それに私はただ、似合う服を着てもらいたいだけ」
「はあ、なるほど。つまり……」
「ん?」
「アリスは不器用なんだ」
アリスは眉間に皺を寄せながら,ぷいっと横を向いた。……なんか、からかい返したくなってきたな。
「ふぅん、なるほどねぇ……」
「う、うるさいわね」
「まあまあ、いいじゃんか。可愛いところもあるんですねえ、お嬢様」
「こらあ、馬鹿にしないで」
書斎から出た俺たちは今、リビングのソファに座って会話をしている。そろそろ昼時だろうか。俺は伸びをした。
「ねえ、ラオレ」
アリスが改まった表情でこちらを見つめてくる。どうしたのかと思っていると、彼女が続けて言った。
「あなたのアンドロイドに対する苦手意識、かなり薄れてきたんじゃない?」
アリスは微笑んで問いかけてきた。
突然の質問に戸惑ったが、確かに、ここ数日アンドロイドへの恐怖心やトラウマが和らいでいる気がする。彼女なりに気遣ってくれていたのかもしれない。
「ああ、そうですね……。ありがとう、アリスのおかげですよ」
素直に感謝の言葉を述べると、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべた。なんだか照れくさくなって目を逸らす。その時、インターホンが鳴った。
「はーい! 珍しいわね。ラオレ,宅配便か何か頼んだ?」
「いいや。郵便局の人じゃないか?」
アリスは納得のいかない表情で玄関に向かって走っていく。
その後、ドアを開ける音が聞こえ、人が入ってくる音や、何やら話し声も聞こえてくる。
そして戻ってきたアリスの表情は、かなり驚いている様子だった。
「ラオレ、お友達よ」
「お友達?」
リビングに入ってきたのは、見覚えのある二人だった。
俺の上司だった研究員――カワカミチーフと、ジンジャーヘアの無表情な女性型アンドロイド――ミネの姿だ。
「な、なんでここに!?」
俺は思わずソファから立ち上がった。驚きを隠せない俺を尻目に、二人は落ち着いた様子で話しかける。
「よ、久しぶり。ちょっと……いろいろあってな」
「ラオレ博士、お久しぶりです」
「あ、はい、こんにちは……」
軽く挨拶を交わした後、俺たちは自然と向かい合ったソファへ。カワカミチーフとミネは俺の向かい側に腰掛け、アリスはキッチンに向かった。お茶を準備するのだろうか。……ふむ、どうやらそのつもりらしい。
そんなことを考えていると、ミネが唐突に話を切り出してきた。
「ラオレ博士、よろしいですか」
「ん、なんだ」
「私たちは二週間の謹慎を言い渡されました」
「へえ、そう……は?」
あまりにも自然体で話すものだから、思わず納得してしまいそうになった。なんとか踏み止まり聞き返す。なぜ彼らが謹慎になったのだろう? チームで一緒だった時は、あんなに真面目に働いてくれていたのに。
「まあ、事情は俺から説明するよ」
チーフは腕を捲ると、事の顛末を話し始めた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます