-2- 外の世界

 それからしばらく経ったある日のことだ。研究所内はざわついていた。


 なんと、研究所で丁重に保管していたピアノスシリーズの個体が,研究所の敷地内で残骸となって見つかったのだ。


 ピアノスは開発が中断された後、研究所の地下に保管されていた。

 貴重なサンプルとして現在も検査を受けており、情報を守るため電源は検査のたびに切る規則になっている。誤作動を起こさないようにとの配慮からだ。


 しかし。


 見回りを担当しているミネによると、最近、ピアノスの電源が入った形跡があったとのこと。ピアノスの8つの補完ポッドの前を通りかかったミネは、ポッドの一つの電源ランプが点灯していることに気づいたそうだ。


 ミネは起動されていたピアノスのデータを確認したが、異常は見られなかった。しかし念のため、研究所内で保管されている全てのピアノスを起動させ、ボディやデータの点検を行ったそうだ。


「他のピアノスにも異常はありませんでした。私はその後、全てのピアノスの電源を切り研究室に戻りました。入念に電源のオフを確認しましたので、間違いありません」


 ミネが逃したのではないかという上層部の研究員にも、そう反論していた。俺もミネの働きぶりについてはよく知っていた。


 俺はミネをかばい弁論したが、上層部はピアノス開発チームの元メンバーである俺とミネの管理能力の欠如を指摘した。


 管理責任の重さはわかっているが、納得できない。ミネは何も悪くないし、俺もこの件に関しては無関係なのに、なんでこんな扱いを受けないといけないんだ? それともこういう考え方自体,子どもっぽい考え方なのか。俺には,わからない。


 俺とミネは二週間の間研究所を出ることになった。


 ミネにとっては家を追い出されてしまったようなものだ。ミネは研究用に開発された量産型アンドロイドのため、研究所以外で生活できるようには設計されていないのだ。


 つまり、ミネが再び研究所に戻るためには、この二週間俺が面倒を見なければいけないということだ。


 俺たちを外に追いやって、研究所の門が閉じていく。扉の前には二人の警備員がおり、こちらをじっと見つめている。


「……」

「……」


 俺とミネの間に沈黙が流れる。

 気まずい雰囲気だ。こういう時、何を話せばいいのかわからない。ミネはいつも着ていた白衣を取り上げられ、白シャツと朱色のネクタイと黒いパンツというフォーマルな姿になっている。


「カワカミチーフ」

「ん?」

「これからどうすれば」

「……ま、大丈夫。なんとかなる」

「しかし、研究所に戻らないと……」

「それは、無理だろ」

「……はい」

「お前はとにかく二週間、生き延びないとな。普通に人間社会外の世界で生活したことないだろ」

「……はい。私のデータは研究所の中で得たものだけです。外部の情報はほとんど与えられていません」


 ミネはアンドロイドなので食事はできないし、睡眠を取る必要もない。特にミネはアンドロイドのメンテナンスに特化した性能で、外で生活するために設計されているわけではない。見た目は量産型のロボットとほとんど変わらないが、中身はあまり強くないのだ。


「……さて、どうしたもんかな」


 俺の家にミネを招くか? しかしミネを充電する設備――アンドロイド用充電ポットはない。電源を切ればいいのかもしれないが、量産型は電源が切れた状態が長く続くとデータに影響が出るため、研究所のルールでは原則禁止されている(暴走などの場合を除く)。


「ミネ、今のバッテリー残量は」

「65.3%です」

「稼働可能時間は」

「1時間57分38秒になります」


 タイムリミットは、あと約2時間か……。

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