-3- 勘違いとパッション
アリスの隣に座る、メイド服を着た身長の高い黒髪の女性。彼女は俺のことを
雨に濡れて重そうなそのメイド服は、雨粒によって光沢を帯びている。メイド服と言ってもいわゆるスタンダードなロングスカートスタイルではなく、黒猫のように光沢なある真っ黒なスラックススタイル。あまりこういうスタイルは見たことがない。
「というわけで、改めて紹介するわね。こちら、旧友のマリエッタ。私と同じ、心を持ったアンドロイドよ。私はマリーと呼んでいるわ」
「初めまして、マリエッタです」
女性――マリエッタは深々と丁寧に頭を下げた。なんてことだ。アンドロイドが増えてしまった。俺は居心地の悪さを隠すように軽く会釈した。その後、アリスは手のひらで俺を指しながら紹介した。
「マリー。こちら、新しいルームメイトのラオレ・アルさん。アンドロイド研究員で、訳あってこの街に」
「まあ!」
驚いた顔で声を上げたマリエッタは、もう一度頭を下げた。黒色の整った毛並みの長髪が滑らかに揺れた。
ソファの中央を陣取るテーブルの上には、赤茶色の液体が浮かんだティーカップが三つ並んでいる。アリスの好きなアールグレイだ。ティーカップを手にして匂いを堪能すると、うむ、香り高い。
「お嬢様とはどこでお知り合いに」
「お嬢様?」
「あ、アリスお嬢様のことです。そう呼んでいます」
お嬢様、ね。まあ、アリスにそういう雰囲気があるのはわかる気がするけど。
「最初は、研究所です。俺が開発していたアンドロイドのプロトタイプのデータソースになってもらっていたんです」
「あら、そうでしたか」
「それで最近、この街に来たらばったり出会いまして」
「そう、一週間前くらいの話ね」
アリスはマリエッタの隣に座りながらそう付け加えた。
「というかラオレ、あなた私がこの街に住んでるって知ってたわよね。ばったりとか言って、実は私に会いに来たんじゃないの?」
からかうように口角を上げるアリス。俺は思わず反論した。
「な、別にそんなんじゃ。たまたまですから」
「そうなの? それはそれで傷つくわね」
「……会いたくなかったとでも言ってほしいと?」
「ふふ、まさか」
ぐぬ。やはりこの人はやりにくい。そう思っていると、マリエッタは様子を伺うようにうむうむと頷いて、恐る恐るといった感じで口を開いた。
「あの、すみません。お、お二人はそ、その……ですものね」
「え?」
もごもごと話すマリエッタに、アリスは目を丸くした。俺もそんな顔をしていた気がする。
「いや、その、上手く言えないですけど……し、将来的には、その……ね?」
「「は?」」
俺たちは声を合わせて聞き返した。マリエッタの言い方では、どうやら友達以上の関係に見えるらしい。誤解を解かないと、と思い口を挟もうとすると、アリスが至って冷静に説明した。
「あのね、マリー。彼がこの街で宿を探していて、うちに来る? って誘っただけよ。ほら、ルームメイトが増えるかもって話していたでしょう?」
「で、でも……男性なんて聞いてなかったので」
「マリー、変な想像はやめて。彼はそんなのじゃないわよ」
それはそれでひどくない?
「そ、そうです、よね。よかった」
なんかいまいち納得いかないような。いや、そんなんじゃないんだけど、別に。まあ、誤解が解けたならいいか。
心配そうにアリスを見つめるマリエッタの姿は、大事なお嬢様を敬うメイドそのものだ。マリエッタがそういう服を着ているからなのかもしれないけれど、二人の関係性は主従関係に近いのかもしれない。マリエッタはアリスを主人として敬っている、そんな風に感じる。
アンドロイドの心の研究をしていた身としては、かなり不思議な光景だ。アンドロイドが人間ではなくアンドロイドに対して敬意を抱いているなんて。もちろん同族同士感じるものはあるんだろうけれど、こんな関係は中々見られるものじゃない。
マリエッタには一体どういう事情があって、メイドのような振る舞いをするようになったのだろうか。なんだか、彼女の過去に少し興味が湧いてきた。
「なあ、マリエッタさん」
「マリエッタでよろしいですよ」
「じゃあ、マリエッタ。質問なんだけど」
「構いませんよ」
ティーカップを持ちながら涼しい顔でそう答えるマリエッタ。俺は質問を投げかけた。
「どうしてメイドなの?」
そう聞くと、アリスが青ざめながら「あっ」と声を漏らした。何か変なことを言っただろうか?
するとマリエッタは急に顔を上げ、ティーカップを勢いよくテーブルにかつんと置き、満面の笑みを浮かべた。
「ラオレ様! よくぞ聞いてくださいました!」
そして勢い良く立ち上がる。まるで性格が変わってしまったかのようなテンションの上がりようだ。その様子を見てアリスが呟く。
「始まった……」
「え、なにが」
「ラオレ、あなたが相手しなさいよ」
「は?」
アリスは額に手を当てながらため息をついた。マリエッタは自分の胸に手を当て、熱弁を始める。それはもう、最高に嬉しそうな笑顔だった。
「私が起動されてすぐのことです。お嬢様の書斎でとある小説を読んだのがきっかけでした。そこで出会ったんです……本物のクラシックメイドに!!」
マリエッタは目を輝かせて話し出す。
どうやらその小説は、クラシックメイドの女性が困難に遭いつつも、健気に勇気を振り絞って立ち向かっていく様子が描かれている物語らしい。マリエッタはその作品に感動し、自分もそのようになりたいと強く望むようになったとのことだ。
それからというもの、マリエッタは自分の立ち居振る舞いや服装を全てクラシックメイド風にするようになった。今ではそれがすっかり定着している、とつまりこんなところ。
「クラシックメイドとは、いわゆる現代のメイドとは違いスカートではないのです。ご覧のようなパンツスタイルの服装であり、胸もあまり目立たない作りになっています。これは主人の身の回りの世話をしやすくするためと言われていて……」
アンドロイドであるマリエッタが意気揚々と自分の趣味について話す姿に、俺は感心していた。アリスは苦笑いを浮かべながら、テーブルに置かれたティーカップをじっと見つめていた。
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