108. The last story ~【小説女優】エピローグ~
108. The last story ~【小説女優】エピローグ~
あれから1年の月日は流れ、今日は卒業式前日。そう結愛先パイは明日卒業してしまう。
あたしは今、小説演劇同好会の部室にいる。残念ながら今年は新しい部員は入って来なかったから、この場所も明日からはあたし1人だ。
でも別に寂しくはないよ? だってこの部屋には思い出がいっぱい詰まってるんだもん。だから寂しいなんて思うはずがない。
コンコンッ ドアをノックする音が聞こえ扉が開かれるとそこにはやっぱり結愛先パイの姿があった。
あたしは笑顔で駆け寄ると、勢いよく抱きついた。
「結愛先パイ!」
「ちょっと。ここ学校よ?」
そう言いながらも優しく抱きしめてくれる結愛先パイに甘えてしまう。
「いいじゃないですか〜! 今は2人だけなんですし」
「もう……仕方ないわね」
呆れたような声を出しつつも、頭を撫でてくれたり背中をさすってくれたりしてくれる。その優しさが嬉しくて顔を上げると目が合った。
結愛先パイはふわりとした笑みを浮かべる。あぁ……本当に大好き。そんなことを考えていたら不意に声をかけられた。
「ねぇ凛花。ちょっとついてきて」
「はい?」
言われるままについていくとそこは屋上だった。あの時と同じ春を告げる風が吹いている。そう……ここがあたしと結愛先パイの始まりの場所。
「覚えてる?1年前のこと」
「もちろんです。忘れたことなんかありません」
あたしの言葉を聞いた結愛先パイはクスリと笑う。
「好きな小説は?って尋ねたらあなたは私に言ったわ。『恋愛物以外ならなんでも好きですよ』って」
懐かしむように目を細め空を見上げる結愛先パイの横顔をじっと見つめる。
「それで今はどうなのかしら?」
結愛先パイの問いかけに一瞬言葉が出てこなかった。だけどすぐに答えが出た。迷いなく言えることが誇らしいと思った。
「今は……」
その時、暖かい春の風が吹く。あたしは大きく息を吸う。大丈夫。きっと結愛先パイにも伝わるはずだから。
「恋愛物以外ならなんでも好きですよ。あたしは小説の中の恋愛はあり得ないと思っているので。でも……結愛先パイとの恋は現実になりました」
あたしの言葉を聞き終えた結愛先パイは驚いた表情を見せた後、とても綺麗な微笑みを浮かべた。
「そう……。ありがとう。嬉しいわ」
「こちらこそです。結愛先パイのおかげで自分の気持ちに気付いたんですから」
照れ臭くて頬を掻いていたら、突然視界が真っ暗になった。何事かと思い慌てていると、耳元で囁かれた。
「凛花のことは私が幸せにしてあげるわ。だから私のことを幸せにしてね?」
甘い声音にドキッとして、思わず結愛先パイの顔を見ると悪戯っぽく笑っていた。その表情を見て悟った。
……これは
「はい。任せてください。絶対に幸せにしてあげますから!」
結愛先パイの瞳が大きく揺れたかと思うと次の瞬間には真剣な眼差しで射抜かれていた。そしてゆっくりと近付いてくる顔を避けることなく受け入れる。
今度は触れるだけのキスではなく深い口付けを交わす。互いの舌が絡み合いどちらのものかもわからない唾液を飲み込む。その度に身体の奥底が熱を帯びていく気がした。
どれくらいの間そうしていただろうか。ゆっくりと離れた唇からは銀色の糸が伸びて切れた。それを合図にするかのように結愛先パイが呟いた。
「私たちの小説はここから始まるの。ハッピーエンドしか認めないんだから覚悟しておきなさい」
「あたしと結愛先パイのW主人公ですね。面白くしてくださいね?」
「当たり前じゃない。私とあなたならできるでしょ?もう小説を演じるのも慣れてるのだから。ねぇ小説女優さん?」
『小説女優』。あたしはその言葉を噛み締めるように何度も何度も心の中で繰り返す。
「ふふっ。そうですね!じゃあ今日は2人でお泊まり会でもします?卒業前祝い的な感じで」
「いつも泊まってるじゃない。私。明日卒業式なんだけど?何するつもりなの?」
「それは流れですから。今から小説に書いておけばいいんじゃないですか?何もしないって。どうせあたしが上書きしますけど」
「じゃあ意味ないじゃない。まったくあなたはそういう事しか考えないのね?」
「そういう事ってなんですか?」
「あなた分かって言ってるでしょ」
そう言っていつも通りの微笑みくれる結愛先パイ。あたしは満面の笑顔を返す。
高校生同士として2人で過ごす最後の夜。そしてこれからの未来。きっと素敵な物語になるに違いない。だってこの世で最も幸せな物語を演じられるのはあたしと結愛先パイだけなんだから。
あたし達は目を合わせると笑い合い、2人の未来を描くために手を繋ぐ。そしてあたしたちはもう一度唇を重ねた。
ー完ー
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