第二章 女子高生配信者

第30話 女子高生配信者《ロナ》

 狭い安アパートの寝室、高校一年生の少女、ロナが目を覚ます。

 隣に寝ている母を起こさないよう布団を出ると、ロナは寝室を出て台所へ向かった。二人分の朝食の準備と自分の分の弁当作りに取り掛かる。母の分を作り置きし、自分の分を平らげると身嗜みを整えて制服に着替え、弁当をカバンに詰め込んで静かに家を出た。


 学校までの道を黙々と進み、教室に入ると誰とも挨拶を交わすことなく自分の席に座る。

 既に殆どのクラスメイトが登校し、教室内は賑やかだった。

 ホームルームが始まるまでの時間をいつも通りぼんやりとして過ごす。


「あ、山田テルラ」


 近くで話していた男子の会話が耳に入ってきた。


「誰?」

「今あそこ通りかかった子。知らない?」

「知らない。有名なの?」

「配信者やってるんだよ。あんまり知名度はないけど」

「へー」

「結構可愛いんだぜ?」

「そうなんだ。内容はどんな感じ?」

「ゲーム、雑談、歌ってみた、弾き語り、踊ってみた、高校上がってからはダンジョン探索、色々マルチにやってる感じ」


「多彩だな。ダンジョン探索まで出来るのか」

「それでも伸び悩んでるっぽくて、最近はエロ売りしてる。この前なんか下着みたいな格好でダンジョン潜ってたし」

「え、なにそれ」

「ビキニアーマーってあるじゃん? あれだよ」

「あれかぁ。……ちょっと見てみるか」

「同じ学校の女の子のエロって良くね?」

「分かる。良いこと聞いたわ」


 男子生徒の性欲の滲んだ、嫌な会話だった。

 その山田テルラがロナに声をかけてきたのは、その日の昼休み、ロナが一人、自分の席で弁当を食べている時のことだった。

 彼女と面識はない。ただ、その傍らには中学時代のロナの友人の姿があった。

 教室の入り口に彼女らの姿を見つけた際、二人は何やら立ち止まって話しており、友人の手がロナを指差していた。何となく嫌な予感がした。


 テルラを先頭に、真っ直ぐロナの方へと向かってくる。

 ロナの前までやって来て、彼女は立ち止まる。見下され、ロナは萎縮した。テルラはロナに比べて結構上背がある。百七十センチくらいありそうだ。サラサラとした真っ直ぐな長髪、きつい性格を予感させる吊り目の美人。その目に頭上から見据えられるとちょっと怖い。何の用件だろう。


「日知ロナさんよね?」

「は、はい」


 落ち着きのあるはっきりとしたやや低めの声に、消え入りそうなそれで返事する。


「アタシはC組の山田テルラ。ちょっと聞きたいんだけど、貴方、モンスターテイマーって本当?」


 その言葉にちらっとその後ろにいる友人を見た。彼女は両手を合わせ、ジェスチャーで謝ってくる。彼女が話したようだ。


「そうですけど……」

「実際にモンスターをテイムした経験は?」

「ありません」


 話しながら、彼女はロナを観察するように見つめてくる。


「放課後、少し話せない?」

「え……」

「大事な話なの。お願い」

「わ、分かりました」

「それじゃ、放課後、校舎裏で待ってるから」

「はい」


 真っ直ぐこちらを見て言葉を紡ぐテルラの圧にロナは容易く折れてしまう。何の用なのとか、どうして校舎裏なのとか、聞きたいことはあったが、言い出せなかった。特に場所。教室では駄目なのだろうか。人気のない場所に呼び出されたことがちょっと怖い。

 約束を取り付けると用件は済んだようで、彼女は踵を返して去っていく。


「ごめんね、ジョブのこと勝手に話しちゃって」

「ううん、大丈夫」


 後に残った友人が謝ってきた。特に秘密にしているわけでもないので、それ自体は構わない。

 問題は、テルラの用件にそれがどう関わってくるのか。

 友人は手短な謝罪を済ませると、教室の入り口で足を止め待っているテルラの下へと向かっていった。

 再び一人になるロナ。


「山田テルラ美人だな」

「だろ? あれのビキニアーマーが拝めるなんて眼福だぜ」


 こちらを見ていた男子生徒達の話し声が耳につく。


「日知さんに何の用だったんだろうな」

「さあ?」


 それから午後の授業に耐えること暫し、放課後が訪れる。その間、ロナはテルラの用件が気になって、不安に苛まれていた。授業の内容もあまり頭に入らなかったように思う。

 少しの間、自分の席でじっとして、何の意味もない抵抗を密かに行った後、観念して立ち上がり、荷物を持って校舎裏に向かった。


 怖いことじゃないといいな。

 待ち合わせ場所に着くと、テルラの姿はまだなかった。そわそわと周囲を警戒しながらぽつんと佇んで彼女を待つ。

 まさか集団で来たりしないよね。そうだったら怖いなぁ。

 ロナの心配を他所に、テルラは一人で現れた。お待たせ。短くそう告げる。


「部活とか入ってる?」

「いえ、入ってません」

「良かった。早速だけど、まずは見て欲しいものがあるの」


 テルラはポケットからスマホを取り出して操作し、こちらに画面を見せてくる。動画が再生されていた。最初、ロナはそこに映っているのが誰なのか分からなかった。少しして可愛らしい衣服に身を包み、笑顔で踊るツインテールのその少女が目の前のテルラなのだと気が付いた。全然印象が違う。

 続いて見せられた画面ではテルラがゲームをしながら視聴者によるコメントと雑談していた。ここでも彼女はにこやかで、やはり目の前のどこかクールなそれとは全く印象が異なった。


「配信活動してるの、アタシ」

「……そうなんですね」


 何故それを自分に開示してきたのだろう。ロナは訝しんだ。


「でも伸び悩んでてね。見て、この数字」

「そんなに悪いものなんですか?」


 チャンネル登録者数と幾つかの動画の再生数を見せられるが、ロナにはその数字がどの程度のものなのか判別出来ない。ロナも一視聴者として動画やライブ配信を見ることはあるのだが、配信者目線のことは分からなかった。

 四桁の登録者数と、三桁の再生回数。

 数千人の人が気に入ってくれて、動画を投稿したりライブ配信したりすれば毎回百人以上が足を運んでくれる。ロナにはそれだけでも十分に凄いことに思えた。

 でも、テルラはそれに滿足していないらしい。


「全然駄目。こんなのはまだまだ底辺よ。アタシはもっと高いところに行きたいの」


 彼女はそう言い切った。


「けれど、悔しいけどこのままじゃ駄目そう。色々工夫して、身体も張って、数字はちょっとずつ伸びているんだけど、本当に少しずつ。これじゃいつまで経っても目標に届かない。どこかで大っきくバズるために梃入れが必要なの」


 そして、その目がロナを射抜く。彼女は一度深く息を吸って、それから言葉を紡いだ。


「ロナさん、貴方配信者に興味ない?」

「え……配信者? もしかして私が……?」

「そう! アタシと一緒に活動して欲しいの!」

「で、でも、無理ですよ、私なんかじゃ」

「行けるって! ロナさん可愛いし。それにモンスターテイマーなんでしょ? 知ってる? モンスターテイマーの配信って人気コンテンツなの。モンスターとの日常動画もウケやすいし、ダンジョン探索は勿論、進化の瞬間なんてカメラに収められたらバズ間違いなしなんだから」


「でも私、モンスターのテイムなんてしたことないし……」

「大丈夫、アタシが付いてる。これでもそこそこ戦えるの。ジョブは魔法剣士ね。貴方はまず、アタシが弱らせたモンスターをテイムすることから始めてくれればいいから」

「でも、でも……」

「美少女モンスターテイマーがいたら絶対にウケるの! お願い!」


 捲し立てるように詰め寄ってくるテルラに対し、ロナは何とか断ろうと言葉を探す。ここで頷いては絶対に駄目だ。配信活動なんかして目立ちたくない。ダンジョン探索なんて危ないことも絶対に御免だ。何より朝に聞いた男子生徒達の会話が思い返される。エロ売り、ビキニアーマー。ここで頷いてしまったら自分までなし崩しにあられもない格好を強要されるのではないか。

 尚も首を横に降るロナへ、テルラは言葉を止め、一歩引き下がる。諦めてくれたのだろうか。

 テルラは真っ直ぐな眼差しを向け一拍の間を挟んだ後、ガバっと頭を下げた。

 ウッと、ロナは息を飲む。


「お願いします!」

「そう言われても……」

「このまま終わりたくないんです! お願いします!」


 こういうのが一番困る。ロナは対処の仕方が分からなかった。頭を下げられていると自分が悪いような気がしてくる。


「わ、私がいなくても、テルラさんならそのうち……」

「そんな甘い業界じゃないの! それに時間をかける程チャンスは遠のいていくし……。お願いします、力を貸して下さい!」

「困ります」


 蚊の鳴くような声でそう言ってみたが、テルラは下げた頭を一向に上げようとしない。暫くそのまま沈黙が続く。


「わかり、ました」


 やがてロナは根負けした。その沈黙に耐えられなかった。


「本当!?」

「は、はい……」

「ありがとう!」


 瞳を大きく見開いて、テルラがロナの手を取り礼を言う。

 やってしまった。ロナは心中で自分の気の弱さを恨む。これで自分も脱衣確定だ。それを同級生の男子にも見られる。最悪である。しかし一度頷いてしまった以上、もう逃げ道はない。


「二人で大手配信者目指して頑張ろうね」

「はい……。あの、大手ってつまり、どのくらいの規模ですか?」

「人によって意見は別れるだろうけど、アタシは六桁目指してる。十何万とかじゃなくて、何十万ね。アザミちゃんとヒカリちゃんって知ってる? いつかあんなふうになりたいの」


 絶対無理。テルラの掲げた高すぎる目標にロナは益々絶望した。そんな領域、例えビキニアーマーどころか裸を晒したって無理だろう。無茶な目標に付き合って、一体自分はどのようにされてしまうのだろうか。

 この時点では、ロナには自身が何に巻き込まれたのか、知る由もなかった。テルラにも、自分が彼女を何に巻き込んだのか、知る由もなかった。

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