第28話 義母を救出
如何にもワケアリなその2人から目を離せない。馬車6台が余裕で並走出来る大通りの反対側を行く義母らは額を寄せ合って親密な様子だ。
義母は、一人では歩けない不調に見舞われているのか、派手な男にしな垂れ掛かり、必要以上にゆっくりと進んでいる。
(顔はにこやかなんだけど、いつもなら踏ん反り返っているお義母様が、あんなに人に寄り掛かってヨタヨタしているなんておかしいわ!)
そっと物陰に隠れつつ後を追いながら、風魔法で2人の会話する声を引き寄せる。すると、やはり聞いたことのない男の声が運ばれて来た。
「日陰の身の俺と、高貴で美しい貴女とが、こうして明るい中を堂々と行けるなんて、お忙しい伯爵に感謝しなければなりませんね。いつもの燭台の灯りで見る、妖艶な姿とは違う趣の貴女も大変興味深い」
「うふふふ、そんなお世辞はけっこうよ。ねぇ、この光の中で呼んでくださらない? 褥の中と同じように……ね?」
「ふふっ。いけない人だ」
(なんだか色々まずそうなんですけど―――!?)
いつも聞いている義母の声とは似ても似つかぬ抑揚と発声に、ミリオンのピントのズレた警戒メーターがグングン上がって行く。
「俺の愛する貴女は、伯爵の手中に収まるつまらない女ではないでしょう? こうして美しい羽根を広げて、イケナイ鱗粉を撒き散らす奔放な貴女は」
「あら、自由な窮屈ですわ。だってあの男の庇護下にあるお陰で、美しい貴方を買うことが出来るのですもの」
義母は伯爵夫人だ。神の遣いである「天使」を子として授けられた、重責を担う者でもあるはずだ。それなのに愛人を買っているなんて言葉や行動に出ているとしたら、ミリオンの中で義母は「正気を失っている」の線がより濃厚になった。――なってしまった。
「分かったわ! 何か混乱するような魔法を使われているか、思考能力が低下する薬でも使われているのねっ!」
はっとして呟くミリオンの表情には、確信に満ちた閃きが宿る。
2人が真っ直ぐ足を向けた先は木賃宿が在る。
なぜ義母が一人きりで家人も従えずに居るのか?
なぜ屋外で堂々と見知らぬ男に支えられながら歩かなければならないのか?
なぜ家から遠く離れた、貴族街の外れに居るのか?
頭の中の「?」は増える一方だけれど、着実に宿に近付く2人の止まらない歩に、いよいよ焦りが増してくる。
「もし、もしもよ? やっかいごとに巻き込まれているなら、偶然ここに居合わせたわたしが、お
街角に隠れてひっそりと情報収集したいミリオンにとって、2人の尾行のために宿に入って人に関わる事になるのは避けたい。そして2人が宿に入ってしまったら、助けたり、助けを呼んだりするタイミングが掴めなくなってしまう。
「助けるなら、今のタイミングよね! 魔導書さん、力を貸して!!」
声に出すと、魔導書を入れた背中の革袋がほんのり熱を帯びる。そして、満を持してミリオンが呪文となる言葉を呟く。
「真昼間のゴーストさん! 不道徳な男の人からお義母様を護って!」
――と同時に、寄り添う二人の目の前に白い陽炎が立ち上り、一人の人間の姿を象る。
「びっ……ビアンカ?! どうしてここにっ!? おっ……お母様は悪いことはしていないわよ!?」
「げっ……伯爵家の天使、なんでっ!?」
突然現れてじっとりした視線を送るゴーストに、疚しいところのある男女は同じ面影を見出し、怯えた声を上げる。ただ、ミリオンが念じたのは「ゴースト」だ。だから以前
「ぎゃああああ――――!!!」
響き渡った悲鳴は義母と男のどちらのものかはわからないけれど、2人は纏わりつくゴーストを追い払うように両腕を大きくバタつかせながら、その場から逃れようと駆け出した。義母がちゃんと男から離れられるように、複数ゴーストを作り出しつつバラバラに追い立てる。
「よし! お
ゴーストの会心の出来栄えに小さく拳を握ったミリオンは、2人の背中がバラバラの方向に見えなくなるのを確認すると、騒ぎを聞きつけて集まりだした人々から逃れようと、そっと人気のない方向へ足を進めた。
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