第16話 モテ期到来!?で裏方移動
ペシャミンが、何かとミリオンを目の敵にして食って掛かるコゼルト薫香店の日常。かといって店の雰囲気がギスギスしている訳でもない。穏やかに微笑んだミリオンがのんびりと言葉を返した。
「ペシャミン様の仰る通りですわ。コゼルト様には感謝しかありませんもの。それもさることながら、ペシャミン様がお客様や商品に対しての細やかな気遣いを、息をするようになさる姿にいつも感動してしまいますわ!」
((―――嫌みが通じていない!))
そう1人は愕然と目を見開き、1人は肩を震わせて爆笑を堪えたのだった。
さらに店が混雑し始めたのには、別の理由もある。
今日も今日とて「コゼルト薫香店」は人々が集まり、盛況―――かと思いきや、どうにも商品が売れていない。
「フローラちゃん、この後の予定はどうなってる?」
「君の作った練香を試してみたいんだけど。こっちに来て教えてほしいなぁー」
「フローラちゃん、配達はやってないの? 残念だなぁ、是非うちに招待したいのに」
それもそのはず。
ミリオンは、素性が明らかになるのを防ぐために本名を隠して『フローラ』と偽名を名乗るだけでなく、特徴的なボサボサの艶の無い黒い長髪を目立たぬように、翠のストールに押し込んでいたのだが……結果、押しも押されぬ美少女が出来上がっていたのだ。だから店内に犇めく客の中には、購入目的ではなく彼女を口説くためだけに訪れた者まで現れて、コゼルトを悩ませ始めてしまった。当の本人は全く自覚がないので、彼らが送る秋波は悉くが素通りしているが……。
売り上げにならない貴族が店内を陣取っていては、常連の平民客が売り場に近付けず、買い物を妨げてしまう。コゼルトは苦渋の決断をするに至った。
「フローラ、君の仕事を販売担当から採取担当に変えてみようかと思うんだ。せっかく慣れてきたところ申し訳ないんだけれど……」
人の良いコゼルトは、そっと店の奥に呼んだミリオンを前に、とことん控えめに、申し訳なさそうに告げる。
「あぁ……っ、済みません。わたしが上手く人の流れに心を砕けると良いのですが、力不足ですよね」
そしてミリオンも、自分の不甲斐なさをとことん悔いるしょんぼりとした様子で頭を下げる。
「え!? ううん、ミリオンちゃんはしっかりやってくれてるよ! そんな落ち込まないで。私の問題なんだよ。あれ以上図々しい貴族が増えたら、ただの平民でしかない私の親戚と云う
バックヤードで、お互いにペコペコと頭を下げ合う2人のエンドレスな謝罪合戦が始まってしまった。
「店はまだ営業中ですよ! 日も高いし、
エンドレスな謝罪合戦を繰り広げる2人に、店舗から焦りを含んだペシャミンの尖った声が響く。
そこでようやく2人はハッと我に返り、お辞儀を止めた。ミリオンが店の奥に引っ込んだことで、やっと令息らが引き上げ、ようやくまともな買い物客らが入り始めたのだ。待たされていた平民の常連客らが一気に入ってこれば、店番はペシャミン一人ではとても回せない。確かに急いで持ち場に付く必要がありそうだった。
「では、わたしは裏の林へ素材採取に行ってまいります」
「あぁ、せっかく表の仕事に慣れたところだったのに申し訳ないんだけど、頼んだよ」
「はい! 本で見た香草、香木やお花をいっぱい集めますね。自然の中で探せるのは宝さがしみたいで楽しそうです」
「ふふっ。沢山集めなくてもいいから、楽しんでおいで」
トラブルによる急な配置転換にも落ち込まず、楽し気にやる気を見せるミリオンに、コゼルトも釣られて穏やかな笑みを向ける。この少女と関わると、どんな時でも不思議と穏やかな気持ちになれるのだ。
「いってきます!」の華やかな声と共に採取道具を手に、勝手口から出て行くミリオン。
その彼女を見送るコゼルトに「旦那様!」と強い声が掛けられる。ミリオンの穏やかさの影響を全く受けないどころか、彼女が来てから不機嫌なことの方が多くなってしまったペシャミンに、コゼルトは微かな不安を覚えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます